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餅千 @ 別 后 。
こさめにキスをされたあと、らんの記憶はほとんど残っていなかった。心臓がうるさくて、頭の中が真っ白になって、何を話したのかも曖昧だった。ただ覚えているのは、こさめが嬉しそうに笑っていたことと、手を引かれて部屋を移動したことくらいだった。気づいたときには、柔らかいベッドの上で眠っていた。知らない天井、知らない匂い、でもどこか落ち着く空気だった。
「……あ、起きた?」
「……おはよ、らんくん」
ドアのところからこさめが顔を出していた。トレーを持っていて、どうやらご飯らしい。らんはゆっくり体を起こし、まだ少しぼんやりした頭で周りを見渡す。ここがこさめの家だということを思い出すまでに、少し時間がかかった。
「……おはよ」
「めっちゃ寝てたね」
「今お昼すぎだよ」
こさめは楽しそうに笑いながらベッドの横にトレーを置く。らんは少し恥ずかしくなって視線を逸らした。
「……昨日」
「途中から覚えてない」
こさめは少し驚いた顔をしてから、くすっと笑った。
「ほんと?」
「じゃあキスしたのも?」
らんは一瞬固まる。
「……それは覚えてる」
こさめは満足そうに笑った。
「よかった」
それから数日が過ぎた。らんはなぜかこさめの家に泊まり続けていた。帰るタイミングを完全に逃していたのもあるし、こさめが「もうちょっといて」と言うからでもあった。二人でゲームをしたり、配信を横で見たり、夜遅くまで話したりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。気づけばらんは、この家のソファーにもキッチンの場所にも慣れてしまっていた。
その日の昼も、らんはソファーでぼんやりしていた。こさめは隣でスマホを見ている。静かな時間が流れていた。
突然だった。
「ええええ!?」
こさめが大声を出した。らんはびくっと肩を揺らす。
「な、なに!?」
「どうしたの!?」
こさめはスマホを見たまま固まっていた。
「やばい」
「やばいやばいやばい」
らんの心臓が少し早くなる。
「なにが?」
こさめはゆっくり顔を上げた。
「メンバー来るって」
らんは一瞬理解できなかった。
「……え?」
こさめはスマホを見直した。
「あと5分後」
らんの思考が止まる。
「え?」
「え?」
二人の声が同時に重なった。
その時だった。玄関の方からドアが開く音が聞こえた。静かな家の中に、その音がやけに大きく響く。らんの体が完全に固まる。
「こさめー?」
聞き覚えのある声がした。なつだった。
次の瞬間、リビングの扉が開く。なつが一番乗りで入ってきた。そしてソファーに座っているらんを見た瞬間、完全に動きが止まった。
「……」
数秒の沈黙が流れる。
なつはゆっくりこさめを見る。
「こさめ」
「お前、まさか、」
その後ろから他のメンバーも入ってきた。いるま、すち、みこと、他のメンバーたち。全員が部屋に入った瞬間、真っ先にらんに目を向けた。空気が一瞬止まる。
すると、こさめが急に笑った。
「見て?」
こさめはらんの手を掴む。
「ほら」
「もう結婚ずみでーす」
こさめがそう言って掲げたのは、らんの左手だった。薬指に光る指輪。らんはその瞬間、ようやく気づく。いつの間にか、自分の指に指輪がはめられていた。こさめの左手にも、同じ指輪がついている。
「は???」
「ちょっと待て」
「意味わかんねぇ」
メンバーたちの声が一斉に上がる。
こさめは満足そうに笑った。
「新婚でーす」
メンバーたちは頭を抱えながらも、とりあえず今日は会議があるらしく、そのままリビングに集まり始めた。らんはどうしていいか分からないままソファーに座っていた。すると、こさめが当然のように隣に座り、ぎゅっと抱きついてきた。
「……こさめ」
「なに?」
「離れて」
「やだ」
こさめはさらに抱きしめる。
「らんくん充電してる」
結局、らんがいるまま会議が始まった。メンバーたちは普通に話し始める。ライブの話、新曲の話、今後の予定。らんは段々と居心地が悪くなってきた。
(これ聞いたらダメだろ)
そう思った瞬間、らんは両手で耳を塞いだ。
その様子を横から見ていたいるまが吹き出した。
「なにしてんだよ」
らんは少しむっとした顔で答える。
「……聞いたらダメだろ」
いるまは肩をすくめて笑う。
「別に聞いてもいいぞ?」
「らん友達居なさそうだし」
「言いふらす人も居ねぇだろ」
その瞬間、メンバー全員が爆笑した。
「ひどっ!」
「いるまそれ言う!?」
らんの顔は一気に赤くなる。その横で、こさめはいるまをじっと睨んでいた。
「いるまくん」
「らんくんいじめないで」
そう言いながら、こさめはさらに強くらんを抱きしめる。
「こさめの旦那さんなんだから」
また笑いが起こる。らんは顔を真っ赤にしたまま、しばらく動けなかった。
会議はそのまま続いていた。ソファーに座ったままのらんは、こさめに抱きつかれながらぼんやりとその様子を見ていた。話の内容はライブのことや曲のこと、今後のスケジュールなどだったが、らんには半分くらいしか頭に入っていなかった。そもそも自分がここにいること自体がまだ現実味がなかった。
「次のライブ会場どうする?」
「そろそろ大きいとこ行きたいよな」
メンバーたちが真剣に話し合っている。らんはぽけーっとその様子を見ていた。なんとなく耳には入ってくるが、完全に聞いているわけではない。
「アリーナとか?」
「でもまだ早くない?」
そんな会話をぼんやり聞いているうちに、らんの口が無意識に動いた。
「……横浜アリーナ…」
静かな声だったが、部屋の中でははっきり聞こえた。
その瞬間、空気が止まった。
すちが一番最初に反応した。
「え?」
そして次の瞬間、腹を抱えて爆笑した。
「ちょ、待って待って!!」
「横浜アリーナって!!」
みことは隣で完全にスリープしていて反応がない。いるまは一瞬ぽかんとしたあと、苦笑いを浮かべる。こさめは目を丸くしてらんを見ていた。
「え!?らんくん!?」
らんはみんなの反応を見て、ようやく自分が何か言ったことに気づいた。
「……え?」
数秒して状況を理解する。
「あ」
顔が一気に赤くなる。
「す、すみません!!」
らんは慌てて頭を下げた。
「勝手に口から出ました!!」
すちはまだ笑いが止まらない。
「横浜アリーナって!!」
「急にスケールでかすぎ!!」
いるまは立ち上がって、らんの肩をぽんっと叩いた。
「お前さ」
らんはびくっとする。
いるまはニヤッと笑った。
「メンバーかよ」
その言葉に、またメンバーたちが笑い出す。らんは完全に顔を真っ赤にしていた。
そのときだった。
こさめが急にらんの方を向いた。
「らんくん」
真剣な声だった。
らんは少しびっくりしてこさめを見る。
「……なに?」
こさめは少し考えるようにしてから言った。
「らんくんさ」
「イケメンだし」
らんは固まる。
「かわいいし」
メンバーたちが静かに聞いている。
こさめはにこっと笑った。
「うちのグループのメンバーになってよ」
部屋が一瞬静かになる。
らんの思考は完全に止まった。
「……え?」
理解が追いつかない。
「え?」
もう一度聞き返す。
すちは笑いながら手を上げた。
「賛成」
いるまもすぐに言う。
「まあ面白そうだしな」
みことはまだ半分寝ながら手を上げた。
「さんせー…」
他のメンバーたちも次々と頷く。
「いいんじゃない?」
「キャラ強いし」
こさめはらんの腕をぎゅっと抱きしめた。
「ほら」
「満場一致」
数分後。
本当に、満場一致で決まった。
らんはまだ状況を理解できていない顔のまま固まっていた。
「……え?」
こさめは楽しそうに笑った。
「今日からメンバーだね、らんくん」
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