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ふく。
天使狩りが終わって世界には平和が訪れた。執事達は悪魔との契約を破棄して普通の人間に戻ったし、私の主様としての仕事も終わり。もうこの世界に私の存在は必要ない。それなのに指輪を外す気になれなかった。だって、指輪を外したらきっともう二度とこの世界に来ることができないと悟っていたから。だって、この世界に来られなくなるということは大好きな執事達とお別れすることになるということだから。
でも、今まで天使狩りや貴族からの依頼でしか役に立っていない私がこの世界に留まってもいいのかな?私がこっちの世界でできる仕事とかあるのかな?
私がひとりベッドの中で悶々と考えていると微かにノックの音が聞こえてそっと誰かが部屋に入ってきた。逆光になっていて見えづらいが白と赤の髪と背中にリボンがついていることでアモンだと分かった。
アモンは暗闇が苦手だと言っていたのに明かりも持たずにベッドに近づいてくる。
ベッドの横の椅子に座ると、私が何とか聞き取れる程度の囁き声で問われた。
「…主様、起きてるっすか?」
『うん、なんか色々考えちゃって…』
「主様はこっちの世界に留まってくれるっすか?それとも元の世界で暮らすっすか?」
『そこなんだよねぇ…もう指輪を外したらこっちに来られなくなるだろうなって思うと外す勇気が出ないの。でも皆パレスに留まる理由もなくなるし、私も元の世界で普通に生きるべきなのかなって。私が居たら皆私のお世話の為に留まるって言いだしそうだから…』
「迷ってるんっすね…俺も迷ってたんっすけど、俺は今覚悟が決まったっす」
『覚悟…?』
「主様は屋敷に留まったら執事達の自由を奪ってしまう気がしてこの世界から消えようと思ってるんっすよね?それなら、俺と一緒に暮らしましょうっす。街で花屋を開いて、小さくてもいいから家を借りて、二人で暮らすんっす。どうっすか?俺に主様のこの先の人生をいただけないっすか?」
アモンは真剣な目で私の手を取って訴えてくる。これはきっとアモンにとっても私にとっても一世一代の告白になる。私はずっと隠していた恋心が溢れ出して涙で視界が滲んだ。もう主様じゃないから恋してはいけないんだと我慢することもない。アモンにずっと担当執事になってもらって、それで満足なんだと自分に言い聞かせる必要もない。
アモンも私のことを想ってくれていて、二人で暮らそうと言ってくれている。それを断る理由なんてあるだろうか?現実世界で誰にも頼れなくて、孤独で、つらいばかりの仕事を延々と続ける生活をするより、大好きなアモンと二人で花屋を営んで、狭いベッドでくっついて寝て、花を育てるような生活をした方が幸せだと思った。執事達はお役御免となってグロバナー家からかなりの額の退職金を貰ったと聞いているから経営が軌道に乗るまでの生活も心配はない。私はアモンの手を握り返して何度も頷いた。
『アモンと暮らしたい…一緒にお花屋さんを開いて、一緒のベッドで寝て、一緒にご飯食べて…そんな生活がしたい…』
アモンは嬉しそうに笑うと私に覆いかぶさるように抱きしめてきたので抱きしめ返すと、アモンも少し泣いているようだった。
それからこちらの世界で生きていくこと、ずっと恋焦がれていたアモンと正式に付き合うことになったこと、花屋を開いてそれで生計を立てていくつもりであることを皆の前で話した。執事達は私がずっとアモンを好いていたことやアモンも私のことを特別に思っていたことなど全部お見通しで、やっとくっついたのか、と口々に言われる始末だった。
皆それぞれ祝福してくれて、いつでも屋敷に帰ってきていいから、とベリアンに送り出されてアモンとの生活が始まった。
街に1階が店舗、2階以上が住居になっている建物を一棟借りて、ボスキに内装を頼んで他の手が空いている執事達に家具の搬入などをしてもらい、あっという間に二人の新居と店は出来上がった。
手伝ってくれた執事達は経営が軌道に乗ったら一杯奢ってくれと笑いながら二人の門出を祝ってくれた。もちろんお返しに他の執事達の引っ越しを手伝ったし、屋敷を孤児院にするのだと語っていたベリアンに庭の定期的なメンテナンスを仕事として貰ったりして、副収入も確保できた。
あとはお店をどうするかだ。
花を専門で扱う卸売業者と契約したり、花を飾るための鉢を大量に購入したり、寒冷地でしか咲かない花を入れるための冷蔵庫を買ったり…と慌ただしく店を開く準備をして、なんとかお店を始めることができた。
経営についてはナックが事細かに教えてくれたし、銀行に勤めるため退職金の使い道がないからと融資もしてくれた。
花の包み方はフルーレが花の色合いや雰囲気に合わせて包み紙の選び方からリボンの結び方まで教えてくれた。これにはアモンも一緒になって綺麗な包み方を模索して、花束を最高の状態でお渡しできるように練習した。
開店してすぐはあまり売れなかったものの、執事達が店を開いたり孤児院を作ったり診療所を開業したりと色々あったので、そのたびに大きな花束を作ってお祝いに行った。
街の至る所に私たちの店の名前が書いてある花束が飾られていたので、それが集客に繋がり、経営は少しずつだが黒字になっていった。
ベリアンに頼まれた庭の手入れをする日は店休日として設定して、アモンと私は子供たちに「花屋のお兄さん、お姉さん」と呼ばれるようになった。
ベリアンはアモンにしかできない剪定などをしている時間にお茶を出してくれて、最近悩みは無いか、ちゃんと食事を摂っているか、他の執事達の様子はどうだろうか…など相談や雑談を聞いてくれた。
「それで、主様のお子様を抱けるのはいつ頃になるのですか?」
仕事を終えてお茶を飲みに来たアモンと三人でテーブルに座って雑談をしていた時にベリアンがいきなりそんなことを言い出したので二人揃って思い切りむせた。
「ベリアンさん、今やっと店が黒字経営になってきたところなんっすよ?子供はまだちょっと早いって思うんっすけど…」
アモンがそう言うとベリアンは不思議そうに首を傾げた。
「ですが、主様はもう妊娠していらっしゃいますよね?」
私もアモンもびっくりして慌てて手帳を開いて最終の生理がいつだったか確認する。そして、確か2月ほど前の危険日に体を重ねたことを思い出す。
「あっ…あの時の子っすか…」
「心当たりがあったようですね。まずはルカスさんの診療所で赤ちゃんが順調に育っているか診てもらってくださいね。主様があまり好みではなかった柑橘系のパウンドケーキをたくさん召し上がるのでもしかしたらと思ったのです」
ベリアンの観察眼に舌を巻く。そんなことから妊娠を当てられるだなんて思わなかった。
「生まれたらすぐに知らせてくださいね。お仕事に差し障りがあるのであればお子様をしばらくここに預けていただいても良いですし、二人だけで育てようだなんて気負う必要はありませんからね」
私はベリアンの言葉に勇気づけられて、子供を産むことに前向きになることができた。でも、親子関係でのトラウマを持っているアモンは子供を望んでいるだろうか?アモンが二人きりで生きたいと言うのならばこの子は堕ろすしかない。でも折角私たちのところに来てくれた命を絶つのは憚られる。アモンは俯いたまま黙っている。
『アモン…大丈夫?』
私がアモンの手を取ると、アモンは私を抱き寄せた。
「俺は…ちゃんと良い親になれる自信がないっす。正直、子供が生まれたらって考えると、どう接したらいいのか、泣き止まないときはどうしようとか、イヤイヤ期が来た時に耐えられるかとか…とっても不安っす…」
『アモン…じゃあこの子は…』
「でも…でも、貴女となら…二人なら乗り越えられるって信じたいんっす。ちゃんとした父親がどんなのか分からないっすけど、ミヤジさんやハナマルさんに習って子育てのこと勉強するっす。だから、一緒に子育ても頑張ってみたいっす」
『ありがとう…!』
私が涙をこぼしながら抱きしめ返すと、アモンは照れ臭そうに笑って「こんなところで皆に貸しを作っていたのが役に立つなんて思わなかったっす」と彼らしい言葉を返してくれる。
「お子様が生まれたら是非抱かせてくださいね。三人で暮らす未来が明るいことを祈っていおります。アモン君、あまり気負いすぎず周囲を頼るのですよ?ここにお子様を預けるという選択肢もあるのですから」
アモンはそれを聞いてやっと身体から力が抜けた。が、私を抱きしめる腕はがっしりと私を捕らえて離さない。
「あんまりベリアンさんに借りを作りたくなかったんっすけどね…」
「アモン君、これは貸し借りではなく協力ですよ。誰も一人で親になれるわけではありません。子供と一緒に成長して親になっていくのです。その過程でぶつかる壁は誰もが経験することであり、それは一人で解決する必要はないのです。私達は家族のようなものではないですか。一緒に子育てをして何が悪いというのですか?」
『そうだよ、きっと皆助けてくれる。だから不安に思わないで。その不安はこの子を愛したいから出てきてるんでしょう?』
「…そうっすね。主様の子を抱きたいって皆口を揃えて言うっすよね。夜中に泣き止まなかったらラトが飛んできて、ミヤジさんが深夜に子守してくれたりするかもしれないっすよ?それにフルーレはベビー服を馬鹿みたいに作ってくれるはずっす。あと、ボスキさんとかハナマルさんが酒持ってきて飲みながら子守してくれたり…。大きくなったらミヤジさんの学校に通わせたいっすね。ナックさんに算盤を習ったら計算が早い子になるかもしれないっすし、バスティンとかテディさんとかハウレスさんに剣術を習わせるのもいいっすよね」
『うん、うん…私達は二人きりじゃないから絶対大丈夫。三人で幸せに暮らそう』
そう言うとアモンは私の頬にキスをしてやっと安心したように微笑んでくれた。
家に帰って二人でベッドに寝ていると、アモンが抱き着いてくる。
「このベッドじゃ狭いっすかね?買い替えるっすか?それともベビーベッドを買ったほうが良いんっすかね?」
まだ妊娠三ヶ月にもなっていないというのに気が早い。まだ先の話でしょ、と笑うとアモンは私のお腹に手を当てて優しく撫でる。
「そのくらい生まれてくるのが楽しみで、愛してるってことっすよ。俺、きっといい父親になってみせるっすから、応援してくれるっすか?」
『もちろん。私もいい母親になりたいな。二人で頑張って育てようね』
少し狭いベッドの中で二人は生まれてくる子供のことを考えながら抱き合って眠った。
コメント
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第1話、めちゃくちゃ良かったです!アモンの告白シーン、『俺に主様のこの先の人生をいただけないっすか?』は本当に胸に刺さりました…。元主従から恋人へ、そして親になる決意まで、感情の流れが丁寧で泣けました。ベリアンの観察眼で妊娠バレるシーンとか、周囲の執事たちが協力してくれる温かさが最高です。アモンの『いい父親になる』って誓い、絶対叶うと思う。続きが気になりすぎます!