藍がくれた「ちょうどいい」という言葉が、俺の心を温めた。
あの日の帰り道、俺たちは互いの手を握ったまま、ただ静かに歩いた。
もう昔のようにはしゃいだり、無邪気に笑い合ったりはしない。
けれど、隣にいるという確かな温もりが、二人を包んでいた。
それから季節は巡り、高校生活最後の夏が訪れた。
藍が抱えていた「何故悲しませるかは未だ謎」という問いの答えは、まだ見つかっていない。
でも、俺たちは焦っていなかった。
もう、一人で謎を抱え込むことはないから。
《愛のために生きるのならそれに口出しはしないけども》
藍はSNSを少しずつ離れ始めた。
以前のようなキラキラした投稿は減ったけれど、その代わり、彼女の描く絵が少しずつ変化していった。
色鮮やかで、でもどこか不安定だった藍色の絵は、今は優しく、穏やかな光を放っている。
《大きな声で唄を歌うことは僕にはまだ無理だろう》
俺も、相変わらず言葉数は多くない。
それでも、藍の描いた絵を見るたびに、言葉にならない想いが溢れてくる。
藍が描く絵は、俺が写真に収めようとした、あの頃の青空の色と、今の俺たちの空の色を、優しく繋いでくれているようだった。
ある夏の日、二人で海へ行った。
幼い頃、一度だけ行ったきりの、遠い記憶の場所。
砂浜に座り込み、夕焼けに染まる空を眺める。
「ねえ、覚えてる?」
以前同じように藍が、小さな声で呟く。
「うん。覚えてるよ」
「あの時も、空が藍色だった」
「あぁ」
「あの頃は、空が藍色になるのが、少しだけ怖かった」
「どうして?」
「藍色って、なんだか寂しい色だと思ってたから」
藍の言葉に、俺は少し驚いた。
藍色こそ、藍そのものだと、俺は勝手に思っていたから。
「でもね、今は違うんだ」
藍はそう言って、俺の方を向いた。
「藍色って、夕焼けの赤とか、星の光とか、いろんな色を受け止めてくれる、優しい色なんだって、思うようになったの」
藍は、俺の顔を見て、心からの笑顔を見せた。
その笑顔は、幼い頃に見た、あの屈託のない笑顔とは少し違う。
色々なことを経験して、たくさんの涙を流して、それでも見つけた、本物の笑顔だった。
《笑って近寄って遭ってほらまた笑顔な顔》
俺は、藍が抱えていた謎の答えを、少しだけ理解できたような気がした。
藍は…藍は、一人で、寂しさを抱えていたんだね。
SNSの光に紛れ、笑顔の仮面をつけて、それでも、本当の自分を見失いそうになっていた。
「もう大丈夫だよ」
俺は、藍の手を握った。
「俺が、藍の隣にいるから」
《描いて歩いた道 見えた景色はお空は青》
二人が歩んできた道は、決して平坦ではなかった。
でも、その道があったからこそ、俺たちは、お互いの弱さや痛みを、知ることができた。
《何故ここにいて何故生きていて 何故悲しませるかは未だ謎》
「もう、謎じゃないよ」
藍は、俺の手を握り返し、空を見上げた。
「私、ここにいてよかった。
あと……ここにいて、君と会えて、本当によかった」
夕焼けが終わりを告げ、夜空が藍色に変わっていく。
その空に、一番星が光り始めた。
俺と藍は、つないだ手を見つめ、互いに微笑んだ。
もう、迷いはない。
ここから始まる、新しい二人の物語。
その空は、どこまでも優しく、そして、どこまでも穏やかな藍色に染まっていた。
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これにて、この「藍」というお話しは完結いたしました。このお話の続編はフォローしていただいた方限定となりますので、していただけると嬉しいです。
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