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「よぉ、司波仁。本当に左目が使えなくなったんだなぁ?」
事務所の扉を開けたのは、灰色がかった黒の髪に白とシルバーの間の差し色という特徴的な髪を持つ、序列50位ナイトアウルの記録者、星喰兄弟の片割れ、弟の方、星喰左手だった。仕方なく上体を起こすと同時、上に乗っていたテリーが軽快に飛び降りる。何気ない顔をして星喰左手の隣を通り抜け、事務所から出ていった。テリーもいなくなり、本当の2人だけの空間になってしまった。この状況はあまり良くないな、と首に手を当てる。ソファで寝ていた為、首を痛めたらしい。微かに固まっている。今は警戒を解くにも解けない状況だ。いつ攻撃を仕掛けられるかも分からない、何より……。
「…星喰左手か。今日はネスト所属のハウス全体共通の
休みのはずだが、……何の用だ。」
「別にぃ?ただ、あの千里眼が欠けたって聞いたからなぁ。」
相変わらずの挑発的な物言いに不快感を覚える。用があってもなかなか話さないことに加え、嫌いな相手となると、不機嫌になる条件は揃いすぎなのかもしれないが……、
「そうか」
「…あの長髪の記録者を庇ったからなんだってな?
はぁ、大層なもんだな、探偵さんはよ。
……、お前の目と、レコーダーの命、どっちが大事かなんて、
冷静になって考えれば分かるはずなんだがな」
こういう喋り方は、本当に癪に障る。
「命も千里眼も二度と帰ってこないのは同じだ」
「命はいくらでもありふれてるけどな」
「その人の命の代わりはないだろう」
「……ふぅん」
こいつとの話は好まない。内容も、話し方も、何もかも。
「それより、何故一人で来た 」
「というと?」
「……お前は皇の保護者同様だろ」
「そりゃぁ……、俺よりも兄貴の方だな」
首を傾げ、考え事をする仕草は流石双子、と言うべきか、星喰左手の兄貴…、星喰右手に似ている。
「…」
「なんだぁ?その目は」
「はぁ…、どうでもいい。それより、さっさと帰ってくれ
お前と会話するつもりは甚だない」
「おーおー、冷たいねー」
出入口付近で立ちっぱなしだった相手が、俺の話も無視してこちらに近寄ってくる。警戒しすぎて千里眼を使ってしまったらしい。相手の頬に血液の痕跡が見えた。粗方、喧嘩、事件解決、あとは……何かは特定できないが、とにかく何かの後なのはわかった。相手も俺の目の色の変化に気づいたらしい。好ましくないものを見る目をしている。
「まさか、千里眼を使ったのか?なら、頬の血痕も気づかれたか。
あーあ、つまんねぇの。千トや恵美まどかだったら
気づかねぇのによぉ。なぁ、どうだ?どのくらい血痕が付いてた?」
「……答えるつもりは無い」
「そうかよ。なあ、お茶くんね?
折角の客なんだしもてなしてくれよ」
「誰が客だ」
「俺」
「……」
朝から予告もなく入ってくる、アタマのイカれた野郎を客と言うならこの世は終わってんな、なんて、皮肉を言う気力もない。俺の返事を待つよりも先に堂々と腰を下ろす左手をみて、心做しか頭痛がしてくる。はぁ、と重い腰を上げ茶の準備に取り掛かるが、視線がやけに痛い。朝日もまともに出ていないような時間帯に押し寄せてきて、眠気もどこかへ行ってしまった。
「はぁ、」
「なんだぁ?ため息かぁ?ストレスの溜めすぎはよくねぇぞ」
「誰のせいだ…」
「さぁなぁ。ん、これうめぇな。どこの茶葉だ?」
いちいち癇に障る。
「お前に教える義理はない」
「んだよ、釣れねぇなぁ」
「はぁ……、で?要件は?流石にからかいに来ただけじゃねぇだろ。
からかいに来るくらいなら昼間でも夜でもできるはずだ」
「……、千トが消えた」
カチャンとカップがテーブルとぶつかる、無機質な音が静かな空間に響く。
「は……?」
「誘拐も疑ったが、周りのヤツらに聞いて回っても
誰も知らねぇ様でよ、んで、名探偵さんの力を借りようってわけ」
「皇が消えた……?本当に誘拐なのか?」
「さぁなぁ。俺たちにゃどうも分からねぇ。
だからよぉ……、千トを探してくれねぇか?」
「…、わかった。探偵の失踪は」
「問題だからな」
「「おっさん/枯柳杖道」」
後ろから突然聞こえた声に2人して少し固まってしまった。いくら緊張していたとしても、寝起きのおっさんにも気づけないなんて、俺もまだまだだ。
「おはよう仁、それと星喰左手」
「律儀挨拶なんてなぁ」
「礼儀だからな。それより、皇千トの失踪、だったか?」
「あぁ…。俺たちに黙って出ていくなんて千トらしくねぇ」
「確かに、あの性格じゃぁ、一人で出ていくなんてことは
ないだろうな」
「詳しく話を聞かせてもらっても?」
「千トを見つけられるならなんでもいい」
「失礼な質問をしてすまないが、なんでそんなに焦っている?
君の兄の方ならまだしも、君はそんなにあの子を
重宝してるようには思えないが……」
「その兄貴が問題なんだよ。朝から柄にもなく面倒くせぇ状態だよ」
「なるほどな……。そうだな、とりあえず、その様子からして君も
朝から調べ回ったんだろう?調査結果を聞かせてくれないか?」
「あぁ」
星喰左手の話によると朝からバタバタとしていてうるさかった為、兄に何があったと聞いたところ、皇千トが行方をくらましたと言われたらしい。皇千トが姿を消しただけでなく、自身の兄が珍しく焦っていたこともあり、事務所を飛び出したとのこと。そこで周りのチンピラ共と、 話という喧嘩をしてみたが、何の手がかりも得られず、仕方なくここに来たと。
「なるほどな……。とりあえず、事務所への案内を頼む」
「はいよぉ」
「……ここにはない皇の痕跡以外ない…、か」
「こっちはどうだぁ?」
「あぁ………、ここも特にはないな」
「やはり、ここも皇千トと記録者以外の痕跡はないか」
「どこいっちまったんかねぇ……」
事務所の入口からトイレ、シャワールーム、手当り次第探したが皇千トの姿どころか、犯人の痕跡すら見当たらない。もしかしたら星喰左手、星喰右手が俺を誘い込むためにやったものかとも疑ったが……、生憎、そんな細工が施されたような痕跡もなかった。
「ネスト本部には報告したのか?」
「兄貴が一番に報告済みだよ。たくっ、仕事が早ぇなぁ」
それは同感だな、と言うところで来客、かと思ったがどちらかと言えば帰宅らしい。兄の星喰右手が帰ってきた。珍しく髪が下ろされている。相当焦ったのか、それとも、別の理由か。
「左手、と、ホークアイズの司波仁に枯柳杖道ですか」
「兄貴、帰ってきてたのか」
「それはこちらのセリフです。ところで…、おふたりはなぜ?」
「星喰左手からの依頼だ。皇千トを探して欲しい、とな」
「左手が動くなんて……珍しいですね」
「兄貴が焦ってるからだろ」
「心配してくれてるんですか」
「そりゃ気のせいだ」
「仲良く話しているところ悪いが、その顔、
何か手がかりがあったんだろ」
髪の乱れも……。
「おや、そんなことも見抜かれてしまいますか。
千里眼は便利ですねぇ 」
そういう星喰右手の顔はさすが兄弟と言うべきか星喰左手の挑発的な顔とよく似ている。嫌味ったらしい笑い方や喋り方はどちらも癪に障る。
「別にそういうのじゃない。様子を見ただけでも分かることはある」
「そうですか。流石16歳でネスト入を果たしただけありますね」
「……そんなのはどうでもいい、情報を渡せ」
「分かりました…そうですねぇ、
1人だけ千トらしき人物を見たという人が、
ですが行き先は分からなかったと言っていました。
人数は一人、持ち物はいつものリュックと、あの人形ってことしか」
一人で歩いていた、持ち物はいつもの通り、星喰兄弟にすらも報告はない……。
「…いや、それだけあれば充分だ」
「え?」
「そうだな…ネストの協力が必要だ」
「おいおい、話の流れがわかんねぇぞ」
「仁は早く解決するために、 必要な説明は後でするタイプでね…」
「……、仕方ないですね」
「つか、枯柳杖道はわかってんのか?」
「そうだな、何となく察しはついたかな」
「…そういう事、ですか」
「……?ぁ?もしかして、ネストの協力がいるってこういうことか?」
「さぁな、さっさと行くぞ」
「は?おい、何処にだよ」
「皇のいる場所にだ」
「もう連絡したのですか……?」
「当たり前だ」
「扱いにきぃなぁ」
「ははっ、」
「ここに千トがいんのかぁ?ほんとにぃ?」
「さぁな、私には分からない」
複数人でくるべきではなかったか、と今になって思った。どうにも複数人じゃぁ、ここはやりにくそうだ。
「あ、あ!!めてくん!ゆんでくん!!
それに仁くん!うわぁぁん!!怖かったよぉぉぉ!!!」
「うるせぇぞぉ、千ト」
「おやおや」
「後で詳しく聞かせてもらうぞ。今はこっちの対処が先だ」
「うん…」
「それで?なんで姿を消した?」
「それが…… 昨日大雨の影響で停電が各所で起きたじゃない
ですか…。 だから、僕たちも事務所で寝泊まりした方が
いいかなってことで 事務所で寝てたんですよ……、それで、朝方、
何か僕宛てに連絡が来て、 なんだろうって見てみたら、
『一人で来い、一人で来ない場合、お前の周りの人物が
痛い目に会う』っていうメッセージが来てて、 2人に言おうかな
って思ったんですけど、寝てるしで、それで」
「黙って出ていったってことか」
「はい……」
「全く、心配したんですよ?」
「ごめんなさい…」
「とにかく、何ともなくて良かったです」
「ぅ、めてくぅん!!!!」
星喰右手に抱きつく姿は相変わらずだ。
「こら、千ト落ち着いて」
「うぅぅ……。」
「ともかく、これで一件落着か?」
「…あ、あの…!仁くんも、ありがとうございました…」
「気にするな」
「で、朝から事務所にいなかったってことかよ」
「すまない1人にしてしまって」
「ほんとだ!俺焦ったんだぞ!」
「……」
「おい、仁も何か言えっ、 仁……?どうかたしたのか?」
「…いや、なんでもない」
「「?」」