テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
Happy Valentine. ですね。
皆さんは本命にチョコレート渡しますか?私は昨日渡しました。
ヨコハマの街が灰色の雪に埋もれた日、世界から音が消えた。
異能の暴走か、あるいは神様の気まぐれか。原因なんてどうでもよかった。気づけば、この街には中原中也と太宰治、たった二人しか残されていなかった。
「……おい、太宰。返事しろ。死んでんのか」
中也の声が、誰もいない大通りに虚しく響く。隣を歩く太宰は、いつもの砂色のコートを雪で真っ白に染めながら、所在なげに空を見上げていた。
「死んでないよ。残念ながらね。……誰もいないヨコハマ。素晴らしいじゃないか。私の入水を邪魔する人間も、君に無駄な任務を押し付ける首領もいない。完璧な終末だ」
太宰の声は軽やかだったが、その瞳には色がなかった。 二人はあてもなく歩いた。電気が消えたコンビニ、主を失った野良猫、信号が変わることのない交差点。
世界には、彼らの足音しかない。
「なぁ。お前、さっきから一歩も俺から離れねぇな。あんなに死にたがってるくせによ」
中也の指摘に、太宰の肩がぴくりと跳ねた。 そう、太宰は、数メートルでも中也との距離が開こうとすると、まるで酸素を失った魚のように顔を強張らせ、無意識に歩調を早めて中也の隣に戻ってくる。
「……勘違いしないでよ。君がいなくなったら、誰が私の最期を見届けてくれるんだい? 一人で死ぬのは寂しくないけれど、『観客が誰もいない』のは退屈だ」
「へぇ。じゃあ、俺がここで勝手にどっか行ったら、お前泣くのか?」
「泣かないよ。ただ、いたずらする相手がいなくなって、少しだけ退屈するだけさ」
太宰は冗談めかして笑ったが、その指先は中也のコートの袖を、縋るように強く握りしめていた。 「嫌いだ」「死ね」「顔を見るのも汚らわしい」。そんな言葉で塗り固めてきた関係は、世界が消滅した瞬間に、剥き出しの「ふたりぼっち」へと変貌した。
やがて夜が来る。 二人は中也の行きつけだったバーのカウンターに座った。バーテンダーのいない店内で、中也が勝手に棚から取り出したワインを二つのグラスに注ぐ。
「……中也。もし、明日になっても誰も戻ってこなかったら」
太宰がグラスの縁を指でなぞりながら、ぽつりと溢した。
「もし、この広い世界に、本当に私と君だけが取り残されてしまったら。……君は、私を殺してくれるかい?」
「……。いいや、殺さねぇ」
中也は琥珀色の液体を煽り、太宰を真っ直ぐに見据えた。
「俺は、お前をずっと生かしてやる。お前が嫌がっても、死にたいと泣いても、俺がお前の隣にいてやる。世界に二人しかいねぇなら、俺はお前の『全部』になってやるよ」
それは、告白よりも重く、呪いよりも深い約束だった。 太宰は数秒の間、驚いたように目を見開き、それから諦めたようにふっと息を吐いた。
「……最悪だね、それは。地獄以上の拷問だよ」
「だろうな。……覚悟しろよ、クソ太宰」
太宰は中也の肩に頭を預け、目を閉じた。 誰もいない、音もない、色彩を失った世界。 けれど、肩越しに伝わる中也の体温だけが、太宰にとっては唯一の、耐え難いほど確かな「生」の証明だった。
「……ふたりぼっちか。……悪くないね」
雪が窓の外で静かに降り積もる。 世界が終わった夜、二人はかつてないほど近くで、お互いの呼吸を数えていた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!