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「…………今、何て?」
あまりに突拍子のない言葉過ぎて一瞬反応が遅れた私は少しの間を置いた後、眉を寄せて聞き返す。
「だから、暫くここに置いてほしいって言ったんだよ」
「……えっと、ちょっと待ってください、住まいはちゃんとあるんですよね?」
「勿論。ただ、理由あって暫く帰れないんだ」
「帰れないって……いや、そんなことより、私だって急にそんなことを言われても……」
いくら女の人とはいえ、ついさっき知り合ったばかりで名前と年齢しか知らないような人を部屋に置くなんて到底出来るはずがない。
「家賃、光熱費は半分出す。いいだろ?」
(いやいや、いいわけないでしょ!?)
「家賃とか光熱費の問題だけじゃないです! いくらなんでも、よく知りもしない人と同居なんて出来ません!」
「何でだよ?」
「何でって、常識的に考えて普通は無理ですよ?」
「それなら、どうしたら置いてくれる?」
「いや、だから……話聞いてます?」
互いに質問を質問で返す形が続くけど、今度ばかりは流石の私も引くわけにはいかない。
けれど、それは尚さんも同じのようで全く引く素振りがない。
「そりゃ、いきなりこんなこと言われたら戸惑う気持ちは分かる。だけど、人助けと思って置いてくれよ、頼むよ! な? この通り!」
それどころか、両手を合わせて必死に頼み込んでくる始末だった。
失礼な人だけど、恐らく悪い人ではないと思う。
けれど、だからと言って流石に非常識な願いを聞く訳にはいかない。
(……でも、本当に困ってるみたい)
必死に頼み込む姿を目の当たりにすると一瞬、気持ちが揺らいでしまう。
自覚は無かったけれど、どうやら私は困っている人を見ると放っておけない性分のようだ。
「……理由があって帰れないって言っていましたけど、それならその理由を教えてください。それ次第では……前向きに検討してみます」
つくづくお人好しだと思うも、気付けばそんな事を口にしていた私。
そんな私の言葉に、ちらりと上目遣いで様子を窺ってくる尚さん。
「あ、あくまでも理由次第での検討ですよ?」
「それって、理由次第では話を聞いたにも関わらず追い出すつもりか?」
「それは……」
これでも善処したつもりだけど、私の言い分に尚さんは納得がいかない様子だ。
「わ、分かりました。とりあえずきちんと話をしてくれるなら、どんな理由にしても、数日間はここに居てもいいです!」
「数日間……分かった、ひとまずそれでいい。理由を話す。それと、今から話すことは他言無用だ。いいな?」
何とか交渉は成立したのだけど、お願いする立場のくせに何だか偉そうな上に疑り深い性格なのか、やけに念を押してくる。
「分かりました、約束します」
という私の言葉にようやく納得した尚さんが話を始めたのだけど、
「まず言っておくが……っつーか気付いてると思うが、俺は男だ」
「……へ? 男!?」
さっき以上に驚くことを、さも世間話をするかの如くサラリと言ってのけた。
「はぁ!? 男だなんて聞いてないんですけど!!」
「何だ、気づいてなかったのかよ? 鈍い奴だな。これ、ウィッグだし」
驚く私に構わず彼女――いや彼はウィッグを触りながら話を続けていく。
(いや確かに、男っぽい話し方だなぁとは思ったけど、まさか本当に男だったとは……)
「ところで夏子、お前久遠って知ってるか?」
「久遠って、バンドの?」
「そ」
「そりゃ、知ってるわよ」
「……ちなみにお前、ファンだったりする?」
「ううん。私、そういうの興味ないから」
ファンだったらどうなのかという問題はさて置き、興味がないことを告げると、
「そうか、なら問題ないな。俺、久遠のボーカルなんだ」
またしても、突拍子のないことを口にした尚さん。
「……は?」
「だから、俺が久遠のボーカルのナオだっつってんの」
彼はさっきからとても大切なことを軽い感じで話してくるのは何でなんだろう。