テラーノベル
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ダンジョンに到着した。
天を貫かんばかりの──というか実際に貫いているのだけれど──塔が聳え、物々しい雰囲気が、|人気《ひとけ》のない草原を睥睨する。
石壁から現在地点まで約五キロメートル。一分少々で辿り着くかと思っていたが、やはり前線から退いていた期間は大きかったようで、予想よりも三十秒ほど余計に掛かってしまった。
俺は僅かに肩を上下させながら、陽射しを遮る塔を見上げる。
そして首を傾げた。
「なんか様子が変わってる……?」
歴史を感じさせる古い石造りの塔。それは変わらない。
ただ、どこか外観が老朽化しているような。
結界が張られたのとほとんど同時期に生み出されたダンジョンが、数年かそこらで老朽化することなどあり得ないのだが。
思い出補正って奴だろうか。
まあ見た目なんて関係ない。大事なのは中身だ。
結界の穴から魔物が溢れないよう、塔の中に閉じ込めておく機能。
それが働いているのであれば、まったく問題はない。
俺はぐるりと肩を回して、塔に設けられた小さな扉に触れた。
身体に流れている魔力に反応し、分厚い金属のそれが動く。
扉と説明したものの、実態としては、塔に挿された蓋のようなものかもしれない。
魔力を持たない──魔女以外では開けられない蓋。
大地を揺るがすような音で以て、はたしてダンジョンの入り口は開かれた。
「相変わらず凄い瘴気だな」
瞬間、重たい空気が外に溢れる。轟々と。
その正体はダンジョン内に充満する魔力。
瘴気と表現したほうが差し支えないほど、禍々しい気配をしている。
俺はすっかり慣れてしまったが、初めてここを訪れた人は、あまりの濃度に気持ち悪くなって、最悪の場合、意識を失うかもしれない。
「とと」
扉が閉まらないうちに中に入った。
魔物が外に出ないよう、一定時間で勝手に閉まる造りになっているのだ。
「懐かし」
ダンジョンの外観は塔そのものだが、ひとたび中に入ると、まるで洞窟のような光景が広がる。
ごつごつとした岩肌に、壁に掛けられたランプ。
空気の流入が少ない洞窟内でランプを使うとなると、酸素の消費が気になるところだが、青く光るあれは魔石を燃料にしているため、特段の問題はない。
ちなみに魔石とは、魔物を殺した際にたまに得られる物である。
ゲーム的な立ち位置としては単なる金策アイテムだけれど、現実に即して考えると、魔力の塊である魔物を構成するための核──的な存在だろうか。
別に魔石を燃料に魔法を使えたりはしない。
ただ、魔力を流し込むと「イメージどおり」の現象が起こったりする。
それを魔法と呼ぶのでは? と訊かれると──この世界の魔法とは、少し定義が異なる。
ひとまずあのランプは「光あれ」という願いによって光っている。
それだけ。
「さて……珠姫たちが来るまで隠れてるか」
俺は近くの物陰に身体を潜めた。
何も起きないならそれでよし。万が一バッドエンドになりそうな出来事が発生したら、なんとか解決する。そうなるとゲームの展開からだいぶ逸れてしまうので、できれば、何も起きないで欲しいのだが。
ああでもないこうでもないと思考を重ねていると、扉が「ごごご……」と動きはじめた。
「ここがダンジョン──」
「油断しないでくださいね。入り口の近くには結界が張られているので、魔物が居る可能性はほとんどないですが……絶対に居ないとは言い切れないので」
「油断した者から死んでいく」
「そうです。よく覚えていましたね。魔女としてダンジョンに潜る者は、何があっても油断してはいけません。できるだけ、魔法を使わざるを得ない状況に陥ることも避けましょう」
生徒と教師らしき十数人の団体。
魔女を育てる『学園』だからといって、如何にもな格好はしていない。
動きやすさ優先の服装は、いわゆる冒険者のイメージに近いだろう。
この世界に魔物の討伐で生計を立てる冒険者は存在しないが。
加えて──彼女らの武装。
剣とか杖とか、ファンタジー色の強いものではなく。
ライフルやマシンガン、マチェットなど……むしろ軍隊のような装備だった。
現代の技術によって効果的な武器があるのだから、前時代的な物に頼る必要はない。
ここで一つの疑問が生じる。
銃などの、使用者によって威力の変わらない武器を使うのであれば、わざわざ魔女がダンジョンに潜る必要はないのでは?
魔物は魔力を伴わない干渉のことごとくを無視するため、普通の人間が銃弾を撃ち込んだとしても、暖簾に腕押し、まったく意味を成さない。
あくまでも魔力を持つ魔女が銃を使うから、初めて効果的な攻撃となるのだ。
補足すると、ダンジョンの塔が魔法で造られたのもそれが理由だ。
物理的に穴を塞いだとしても、魔物は平然とすり抜けてくる。幽霊のごとく。
魔力を持った人間──つまり魔女だけが、魔物に対抗できる。
彼女らの観察を続けていると、最後尾に大牟田珠姫を発見した。
手が真っ白になるほど拳を握り込み、表情は緊張に固まっている。
とても普段の落ち着きは見られない。
「大丈夫……大丈夫……」
俺が隠れている物陰の横を通った時。
珠姫の呟きを耳にした。
「これはまずいか……?」
バッドエンドになる一つの原因として、過緊張により普段の能力が発揮できない、というものがある。
今の珠姫は、明らかに異常をきたしていた。
危惧したとおりのことが起きてしまうかもしれない。
様子を見に来てよかった。
◇
十数分ほどダンジョンを歩いた頃。
先頭を行く先生らしき女性が口を開いた。
「そろそろ魔物が出現する可能性のある区域に入ります。警戒を強めてください」
「──!」
途端、魔女たちは重心を下げる。
恐怖を隠そうともせず、辺りを見渡して。
しかし珠姫だけは慣れた様子で──恐怖はまだ見え隠れするものの──構えた。
彼女は生い立ちが特殊であり、ずっと戦闘訓練を受けてきたのだ。
今日が初めての実戦。
練習どおりにいく可能性は低い。
「…………」
息を呑んで彼女らを眺めていると──来た。
ずしん、ずしんと。
地面が薄く揺れる。
曲がり角の向こう。
空間が歪んで見えるほどの、濃密な魔力。
『祭壇の上の羊は薄紫色の血を流して静謐な神託を受けた。巡礼の使徒は狂気に染まり、誰がための傘を差さん。メサイアコンプレックスに陥った人々。阿修羅。遥か彼方の橋の幅員はラクダが通るよりも難しい。悔い改めよ。鶏が道路を渡ったのか、道路が鶏を渡ったのかは、貴方の基準系次第である。鶏が鳴く前に、私を三回知らないと言うだろう。じじむさいネオテニー』
そこに居たのは仏像だった。
仏像に似ていた。
似ているだけだった。
見た目以外はすべて違っていた。
アルカイックスマイルを浮かべる顔には、何匹もの蟲が這っている。
実際に蟲が居るわけではない。そういう模様。動く模様。
身長は三メートルほどだろうか。ゆったりと歩く。その度に地面が揺れる。濃密な魔力に空間が歪んで、近づくほどに圧力が増していく。殺意の塊。いや殺意すらない。自然に、無意識に、なんの目的もなく、人類を殺そうと歩いている。仏像とはまるで真反対。やはりあれは仏像ではない。
冒涜的な見た目である。
口から吐き出される言葉に意味はなかった。
ただ「このように振る舞えば、人間は動きが鈍る」という経験則に基づいて、それらしい振る舞いをしているだけの化け物だ。
それが魔物だ。人類の敵だ。
「あれが……」
「ま、もの」
「気持ち悪い」
「あんなのと戦わないといけないの?」
「おえ──」
「嫌ああああ!?」
「駄目だよみんな目を逸らさないで!」
「攻撃しろオ!」
「魔女なんてならなければよかった」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
魔女たちは突然、正気を失ったように悲鳴を上げはじめた。
狂ったように髪を振り乱す。
常軌を逸して銃を乱射する。
四方八方上下左右、至る所に弾痕が刻まれた。
魔物は人類をバラバラにする。
物理的にも、精神的にも。
魔力を全身に張り巡らせていないと、あのように発狂してしまうのだ。
だからこそ奴らと戦えるのは魔女しか居ないのだが──。
助けに行こうか。
そんな俺の考えは、珠姫の一声で霧散した。
「──あたしが殺すッ!」
乾いた破裂音が、石壁に跳ね返って幾重にも響いた。
フルオートが猛威を振るう。
珠姫が引き金を引いた瞬間、銃口から短く鋭い閃光。
影のように蠢いていた魔物がびくりと跳ねた。
弾丸は正確に胴を貫いていた。
作務衣のような体表が裂け、鈍い音とともに肉が抉れる。
遅れて、低く濁った咆哮が洞窟に満ちた。
すでに「言葉らしきもの」を取り繕う余裕はないらしい。
魔物は脚で以て地面を掻き、なおもこちらへ踏み出そうとする。
だが、その動きはぎこちない。
「もう一回ッ!」
今度は間を置かず撃ち込んだ。
発射音が重なり、硝煙の匂いが漂う。
弾丸が頭部に命中し、硬質な何かを砕く音。
アルカイックスマイルに罅が入った。
『…………』
魔物の動きが止まった。
ぐらりと巨体が揺れ、支えを失ったように崩れ落ちる。
地面に叩きつけられた衝撃で、土埃が舞い上がった。
『…………』
しばらくしても、それはもう動かなかった。
静寂の中、銃口から細く煙が立ち上っている。
耳鳴りの残響だけが戦闘の残り香。
珠姫以外の魔女は──先生を含めてすら──硬直していた。
「やった……あたしにも、できた」
先程までアサルトライフルが猛威を振るっていたために、現在の静寂が酷く耳に残る。
そこに囁かれた珠姫の声は、かなりの距離がある俺のところにまで届いた。
「あたしは式子の劣化品なんかじゃない。あたしだって魔物を殺せる。あたしだって魔女になれる。あたしだって二つ名を得られる……!」
喜色満面。
花畑に降り注ぐ陽だまりのような。
およそ暗いダンジョンには似つかわしくない様子の珠姫。
──そんな瞬間にこそ、魔物は牙を剝くのだ。
銃弾を何発も浴び、死んだと思われていた仏像もどき。
奴は気の緩んだ隙を見逃さず、突如として、バネのように跳ね起きた。
「え──」
狙うは最も近い距離に居る人間。
大牟田珠姫だ。
彼女は完全に油断していた。
何があっても油断してはいけない。
ダンジョンの掟を忘れていたのだ。
『悔い改めよ。神の国は近づいた』
魔物は腕を振るう。
拳には膨大な魔力が込められている。
直撃すれば、水風船のように頭が弾けるだろう。
もはや回避できるわけもなし。
終わった。バッドエンドだ。
──もしもここに、俺が居なければ。
物陰から飛び出す。
弾丸よりも速く。
最高速度で。
腰から鉈を抜き放って、勢いそのまま、魔物を一刀両断。
『右の頬を打たれたら、ひだ、りの……』
身体が半分になっても喋っている。
足に魔力を込めて踏み潰した。
何度も何度も。執拗に。死んだふりなどできないように。
油断などしない。万全を期す。確実に殺す。
あまりの威力に地面が罅割れ、陥没し、魔物の頭が液体だけになった頃。
そこまでやってようやく、俺は息を吐きだした。
「危ないところだったな──とでも、言えばいいだろうか」
「世界最強の、魔女……?」
「その呼び方はやめてくれるか。あまり好きじゃないんだ」
振り向くと、珠姫がぺたんと腰を落とすところだった。
「怪我は?」
「だ、大丈夫です……」
「それはよかった」
ぽりぽりと頬を掻く。
……まあ、なんだ。
ひとまずバッドエンドは回避できただろうか。
未来がどうなるかは判らないが。
アルバイトの女の子ひとり守れないようじゃ、店主として失格だからな。
「なんて、格好つけすぎか」
「……?」
俺は思わず苦笑した。
仮面が隠して、珠姫には見えなかっただろうけど。
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