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私の目の前にいるのは、第五王子のオルテッド殿下だ。
王族の中でも最年少である彼は、私の顔を見てあまり気が乗らないというような顔をしている。
それはそうだろう。まだまだ子供と言える年齢の彼にとって、私との婚約なんて考えられるものではないだろう。
「……父上も何を考えているのか、俺にはわからないな」
「えっと……」
「あ、あのさ。あんまり気を遣ったりしないでいいからね。砕けた感じで喋ってくれよ。年上の人に堅苦しく話されるの苦手なんだ」
「そうですか……あ、いいえ、そうなのね」
オルテッド殿下は、結構友好的な感じで私に声をかけてきた。
婚約に乗り切ることはできないが、私に対して悪い印象を抱いているという訳では、ないのかもしれない。
「いやさ、俺は別に国王になるとかは興味なくてさ」
「あら? そうなの?」
「その辺りは、兄上の中の誰かが継いでくれればいいと思っている。大体、第五王子の俺にお鉢が回って来るなんて、考えていなかったんだよ」
「なるほど……」
オルテッド殿下の言葉に、私は納得していた。
貴族もそうだが、基本的には家を継ぐのは長男だ。その長男が駄目になったら次男、それが駄目なら三男、そういうものである。
第五王子ともなると、ほぼ王位を継ぐなんてことはない。そう思っていたからこそ、今回のことには逆に困っているということだろう。
「まあ、そもそもリルティア嬢だって、俺は嫌だろう? 子供過ぎる訳だしさ」
「それは……でも、こういったことはそういう好みで決めることではないと思うの。国王様も、次期国王に相応しいかどうかで判断するように言っていたし」
「うーん。それじゃあ、俺って次期国王に相応しいか? こんな自ら辞退しようって奴が」
「……そう言われると、確かに相応しいとは言えないような気もしてしまうわね」
本人のやる気もないということなので、オルテッド殿下のことは次期国王候補から外しておいた方がいいのかもしれない。
仮に全員が辞退した時などは、考え直す必要はあるだろう。ただ、そうならなかった場合は、考える必要がなさそうだ。
それは私としては、結構助かる。この選ぶ立場というものは、中々に苦しいものだからだ。
「リルティア嬢も大変だよなぁ。父上も無茶を言うよ」
「無茶……まあ、正直私もそう思っているのだけれど」
「投げやりだよなぁ。でもまあ、確かに父上は失敗したしなぁ。アヴェルド兄上か……」
オルテッド殿下は、苦笑いを浮かべていた。
それに私も、苦笑いで返す。本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
◇◇◇
私は、書庫にいるエルヴァン殿下の元に来ていた。
オルテッド殿下もそうであったが、彼も微妙な表情をしている。それは私と婚約したくないとか、そういった旨の話だったら、地味にショックなのだが。
「リルティア嬢、わざわざ僕の所になんか来なくても良かったのに」
「いえ、そういう訳にはいきません。私には、次期国王を見定める義務がありますから」
「義務ですか? 父上の無理難題のせいですみませんね」
エルヴァン殿下の言葉に、私は苦笑いを浮かべる。
オルテッド殿下といい、皆国王様の判断には呆れているようだ。それはそうだろう。国の命運を私なんかに握らせるなんて、どうかしている。
私も一応は受け入れているのだが、今からでも覆してもらいたいくらいだ。とはいえ、国王様は頑なだったし、多分それは無理だろう。
「ですが、僕は王位には相応しくありませんから、お気になさらないでください」
「王位に相応しくない、ですか?」
「ええ、こんな所で本を読むために入り浸っている僕が、王に相応しいと思いますか? というよりも、王なんかになったら本を読む時間が減ります。僕はそれを望んではいません」
エルヴァン殿下も、弟と同じように王位を望んでいない。その事実に、私は少し頭を抱えることになった。
もしかして、この兄弟は誰も次期国王になりたいと思っていないのだろうか。それはそれで、問題であるような気がする。まあ、エルヴァン殿下も第四王子である訳だし、自分が王になんて思ってもいなかったということなのだろうか。
「とはいえ、別に王位に興味がないという訳でもありませんよ。父上は一応、平等にチャンスを与えてくれると言っていましたから、それを目指そうと思った時もありました」
「え? そうなのですか?」
「ええ、ただ兄上達には敵わないと思い知らされました。特にイルドラ兄上やウォーラン兄上にはね。アヴェルド兄上が選ばれたのは正直不本意ではありました。まあこれは、後からなんとでも言えるというだけですが」
エルヴァン殿下の苦笑いに、私はなんとも言えない気持ちになっていた。
彼は彼で、兄との差に色々と悩んでいたということだろうか。それは少し、辛いことである。
ただ、それについて私が何かを言うべきではないだろう。それはきっと、エルヴァン殿下の中では既に片付いていることなのだから。
「……でも私は」
「うん?」
「私はエルヴァン殿下も、王に相応しい方だと思いますよ。今回の件でも、色々と助けていただきました。感謝しています。本当にありがとうございました」
「……いえ」
私のお礼に、エルヴァン殿下は少し照れていた。
そんな彼に対して、私は思わず笑顔を浮かべてしまうのだった。
◇◇◇
私は、王城のベランダに来ていた。
隣には、ウォーラン殿下がいる。彼とも話をしなければならなかったからだ。
という訳でやって来たのだが、ウォーラン殿下の表情は暗い。それでわかった。多分、彼も王位は望んでいないのだと。
「……リルティア嬢、僕は愚かな人間です」
「え?」
「メルーナ嬢のことを兄上から聞いていながら、何もしなかった。僕があの時に動いていれば、今回のようなことは起きなかったかもしれません。メルーナ嬢のことも助けられたし、これ程の犠牲者を出すこともなかった」
ウォーラン殿下は、悔しそうにその表情を歪めていた。
本当に、心から悔いているのだろう。真面目な彼らしいと言えば、彼らしい発言である。
しかしそれは、たらればというものだ。その時のウォーラン殿下に、動きようがある訳がない。アヴェルド殿下があんな人とは、思ってもいなかったことだろうし。
「ですから、僕は王位などは望んでいません。僕は次期国王には相応しくないのです」
「……そうですか」
王位を望んでいない。そう言われるのは、これで三回目だ。
イルドラ殿下にまで断られたら、いよいよ後がない。というか、この時点で彼以外の選択肢が消えているというのも奇妙な話だ。
「次期国王に相応しいとしたら、やはりイルドラ兄上です。イルドラ兄上は、今回の件に一早く気付き、動いていました。結果的に多くの犠牲者が出た訳ですが、イルドラ兄上は最善の手を尽くしていました。リルティア嬢の事情も考慮して……」
「それは……まあ、そうですね」
「イルドラ兄上は尊敬できる人です。アヴェルド兄上の本性を見抜けなかった僕でも、これだけは確信しています。イルドラ兄上は聡明で優しい人だと」
ウォーラン殿下は、兄のことを褒め称えていた。
ただ人の好い彼の場合は、例えアヴェルド殿下でも好意的に捉えていたはずだ。普通の人いよりも、大袈裟に言っていると考えた方がいいかもしれない。
「もっとも、リルティア嬢ならそのようなことは既にわかっているとは思いますが」
「え?」
「リルティア嬢は聡明でお優しい方です。そして物事の本質を見抜ける人でもあります。僕はリルティア嬢が判断を誤るとは思っていません。父上があなたに任せたことも正しいと思っています」
「それは……褒め過ぎなような気もしますけれど」
やはりウォーラン殿下は人を好意的に見過ぎているようだ。
別に私は、聡明でも優しい訳でもない。ただ単純に、貴族として生きているというだけだ。
アヴェルド殿下の件だって、優しさで動いていた訳ではない。エリトン侯爵家のために、色々と画策していただけだ。
そして今も私は、エリトン侯爵家のために動いている。結局私は、そういう合理的な生き方しかできない人間なのだ。