─エリス視点─
私は幸せ者だと思った。
隣には、いつもルーデウスが居て。我慢出来ずに好きって言ったら微笑みながら抱き締めてくれる。
彼に好きって言われながらキスをされる。その事実が本当に幸せだった。
私は捨てられると思った。
いつも守られてばかりの私。乱暴で殴ってしまう私。
フィッツ、じゃなかったわね。シルフィが来た時、私は捨てられる。そう覚悟した。
でも違った。
ルーデウスはシルフィと話した後、私の所に来て、また笑ってくれた。
優しくて、料理も出来るシルフィ。
乱暴で、家のことなんて何も出来ない私。
そんな私をルーデウスは捨てないでくれた。
ルーデウスは、すごく強い。
無詠唱で魔術が使えて、優しくて、カッコよくて、すごい。
でも、分かったことがある。
ルーデウスは完璧じゃない。すごいけど、無敵じゃない。
ちょっぴりえっちで、すぐに興奮しちゃうし。サキュバスの攻撃を受けて無理矢理シちゃうこともある。
状況判断が遅くて反応が遅れることもある。
闘気が纏えなくて攻撃を受けてしまうこともある。
あぁ、私は幸せ者だ。
そんな彼を、大好きなルーデウスを守れるのは、本当に幸せだ。
砂漠で彼の興奮を受け止めて。
決戦前に怖そうに震える彼の手を握って。
ヒュドラに睨まれた彼を突き飛ばして守る。
きっと、私は、この時のために生きてたんだ。
彼を、ルーデウスを守るために産まれてきたんだ。
「ルー、デウス……」
最後の最後で彼を守れた。
血反吐を吐きながら、彼を庇えた。
だから、胸を張って言える。
この言葉を、優しい彼に。
「だいすきぃ……」
痛みも、後悔もない。
無くなった左足の代わりに溜まるのは『幸せ』それだけだった。
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─ルーデウス視点─
結婚なんて誰がするか。
前世の俺は、そう言っていた。
女なんてのは、ただの性欲の捌け口で。
太っている俺に悪口を言ってくる嫌な存在。
そう、思ってた。
「ねぇ、ルーデウス?」
こんな感情は初めてだった。
赤い髪が俺に抱きついてきた時。
幸せすぎて、死んでもいいと思った。
「私の家族になりなさい」
家族、結婚。彼女とならしたいと、本気でそう思えた。
楽しいことも、辛いことも、全部分かち合って。
その上で『愛してる』って言いたい。
本気で、本気で、そう思ってた。
「エリス?」
不思議だった。
俺を突き飛ばしたのは万全な状態だったパウロじゃない。
エリナリーゼでも、タルハンドでもない。
俺の大好きな、他の誰でもないエリスだった。
きっと、エリスは俺だけを見てたんだ。
魔力結晶に囚われたゼニス、クズな俺。パウロは二つを見てた。
でも、エリスは、エリスだけは、最低な俺だけを見てたんだ。
だから、吐血して苦しくても俺を守れてしまったんだ。
本当に、俺はクズだ。
好きって言って、守るって決めて。
強くなるって、覚悟した気になって。
ただ、何も出来ずに終わっていく。
そんな俺をエリスは吐血しながら笑って、守った。
大好きなエリスが俺を庇った。
本当に、おかしいよな。
クズな俺を守って。その上で、こんな言葉を言うなんて。
「だいすきぃ……」
呟きと絶望。
俺の試練は、焦げたヒュドラの匂いと共に終わりを告げた。
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─エリス視点─
「眩しい」
私は、窓から刺す日の光に照らされて目を覚ました。
久しぶりに当たった日の光は、すごく眩しく感じた。
記憶が無い。
ルーデウスを守った後、どうやって帰ってきたのか、どうやって眠ったのか。
何も覚えていない。
だから、てっきり私は死んでしまったと思ったのだけれど。
「生きてるわね」
生存確認。
上半身を起こして、伸びをする。
拳をグーパーと握り、力を込める。
首を回して瞬きをする。
やっぱり私は生きてる。
身体に力を込めることが出来る。
生きている証拠。でも違和感があった。
有るはずの物、私の身体から消えた物。
「左足は消えたままね」
左足、ヒュドラに食べられた左足。
状況から察するに私は治癒魔術をかけられたのだろう。
きっと、ルーデウスが私のために。
それによって吐血したダメージは治ったけれど、欠損した部位、左足は治らなかった。
恐らく、そういうことだろう。
私は部屋を見渡した。
ルーデウスにお礼を言うために。一緒に戦ってくれて、守ってくれて、『今まで』ありがとうと伝えるために。
だけど居ない。
久しぶりだった。彼と添い寝をしなかったのは。
同じベッドで、彼の寝顔を見なかったのは本当に久しぶりだった。
なんというか、少しだけ寂しいわね。
隣にルーデウスが居ないのは、少しだけ寂しい。
私は、そんな気持ちを抱えて。
右足だけでバランスを取って立ち上がる。
そして、ヒンヤリと冷たいドアノブに手を掛けて。
彼を、ルーデウスを探すために、やけに静かな廊下へと足を運んだ。
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─ルーデウス視点─
俺の試練、迷宮探索を終えてから二日が経った。
俺は無くなった左腕を見つめる。
「なんで、俺が生きてるんだろうな」
迷宮の帰りは皆静かだった。
気絶したエリスを抱えて歩くだけだった。
誰も死ななくて良かった。そんなことを言う人は誰も居なかった。
あの、うるさいパウロでさえ、あの日は一言も喋らなかった。
俺は悩んでいた。
気絶しているエリスの様子を見に行くかどうか。
二日間眠っている彼女。
治癒魔術はかけた、心配もした。
行きたい、彼女の状態を確認したい。そんな願望が尽きなかった。
でも、出来ないんだ。
俺に確認することなんて出来ない。
だって、俺には、そんな権利は無いのだから。
守るなんて嘘を吐いて、彼女を傷付けた俺は…
…クズなのだから。
一人ぼっちの二日間。俺は何もしていない。
あの光景。エリスが傷付く光景を思い出して、泣いて、嘔吐する。
胃に何もないから、何も出ない。
それでも、べちゃべちゃと音を鳴らして吐く。
そんなことしかしていない。
今日も涙を流しながら、醜くエリスを思い出す。
そんな日々になると、そう思ってた。
コンコン
唐突にドアがノックされた。
一体誰だろう。
パウロか、ロキシーか。
別に誰でもいいか。
どうでもいい。誰も部屋に入れたくない。
俺の考え。しかし、その考えは覆ることになる。
「ルーデウス、居る?」
その声を聞いた瞬間、俺の瞳からドバッと涙が溢れ出した。
何度も、何度も聞いた声。聞き逃すはずがない。
守りたいと、何度も何度も願った人。間違えるわけがない。
そこに居たのは、俺の大切な人。
『エリス・グレイラット』
彼女に相応しくないとか、守られてしまったとか。
そんなことを考える前に俺の身体は動いてた。
無意識に、勝手に、ドアの前まで歩いてた。
ガチャっ
「エリス」
「ルーデウス、おはよう。随分と痩せてるわね」
ドアを開けた時、彼女は笑ってた。
俺の痩せ細った姿を見て、笑いながら心配してくれた。
守れなかったとか、強くなれなかったとか。
色々考えた、思った。でも俺は、その上で、この言葉を吐き出してた。
「エリスが生きてて、本当に良かった」
右腕だけで彼女に抱きつく。
左足のない彼女が、少しバランスを崩す。
微笑む彼女と涙を流す俺。
二日ぶりに見た彼女は、すっごく可愛かった。
─────────────────────────
俺の、俺たちの夢は終わりを告げた。
『一緒に』龍神を超える。
そんな夢は叶わなくなった。
左足を失った彼女は、剣士として死んだ。
「ねぇ、ルーデウス。一つだけ、お願いごとしてもいい?」
「俺でよければ、もちろん」
ベッドに隣同士で腰掛ける。
二人にしては小さいベッド。身を寄せ合って、座る。
「私、左足を無くしたわ」
「……」
彼女の言葉が空を切る。
俺は覚悟した。
彼女に許してもらうために、どんな罰でも受けよう。
彼女の左足と同等の罰。俺は受けるべきだと思っていた。
「私なりに分かってるつもり。私の唯一の取り柄。強さは無くなったわ。今の私には何もない」
「そんなこと……」
自らを卑下するエリス。
否定しようとした俺。
そんな会話。しかし、彼女の言葉は終わらない。
「弱くなって、ただ乱暴で。そんな私だけど、ルーデウスを守れなくなった私だけど……」
彼女の唇が動く。
ぷるんとした唇。うるうるとした瞳が俺を射抜く。
剣士としてじゃない、お嫁さんとして。
彼女は、お願いごとをしてくれた。
「ルーデウスの、子猫が欲しいにゃん」
子猫。赤ちゃん、妊娠。
何処かで聞いた、幸せの言葉。
あの時と違うのは彼女が戦えなくなったということ。
左足を無くしてしまったということ。
だから、その分沢山作ろう。
エリスとの赤ちゃん。可愛いお嫁さんの赤ちゃん。
「エリス。ずーっと一緒ですからね」
彼女をベッドに押し倒す。
右腕に力を込めて、抱き締めて、キスをして。
恋人繋ぎをして、熱を分け合う。
大好き、愛してる。そんな言葉を震えながら放つ。
夢を追いかける勇気。
『幸せ』を掴む。彼女と共に歩む勇気。
その一歩目、彼女の妊娠。
震える彼女の中はすごく気持ちよくて。
何度も、何度も彼女の中で果てた。
妊娠させて幸せにする。
龍神から彼女を守る。
涙を流しながら、何度も、何度も。
俺は、彼女の中に精を吐き出した。
─────────────────────────
きっとさ、俺はこれからも何度も何度も失敗するのだろう。
大きな失敗をしてしまうのだろう。
でも、その度に立ち上がって。彼女と、エリスと共に歩むんだ。
大好きな彼女と、笑いながら。
助けて、助けられて。そうやって生きていくのだろう。
「ルーデウス!」
元気な声が聞こえた。
綺麗な朝日が俺たちを照らしていた。
「赤ちゃん、出来れば男の子が良いわね!」
大切な人、エリス。
彼女の声が俺の耳へ。
「そうしたら、沢山作らなきゃですね」
彼女の言葉と俺の言葉。
コツンと、優しい拳が降り注ぐ。
恥ずかしそうだけど、幸せそうに笑う彼女。
俺は、そんな姿を見て、泣きながら…
…にっこりと、微笑んだ。
─────────────────────────
「それじゃあ、ここで」
一人の少女が集団から離れた。
青い髪が特徴的なジト目の女の子。
「なんとかして、ルディのために王級治癒魔術を習得する」
自らの未熟さを痛感した少女。
彼女は、こう考えていた。
『ルディとエリスは私のせいで傷付いた』
私が、もっと強ければ。
ルディは私を庇うこともなく、エリスも傷付かなかった。
だから、せめて、痛みは拭えないけれど。傷ぐらいは…
私が、どうにかする。
覚悟を決めた少女。彼女は恐ろしい手段を使う。
ルーデウスの調べた物、転移魔法陣。
それを使う、最強。
そんな未来へ向けて歩み出す。
たった一人で、一歩ずつ。
笑うヒトガミ、帰りを待つシルフィ。
そして、青い髪が進む先。
物語は佳境へ。
欠如した物。それは物語と運命を捻じ曲げる、大きな、大きな…
『ターニングポイント』であった。







