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マーテルの国境付近にある宿。
クロはベッドでぐっすり眠るディオナの頬をぺろりと舐めると、彼女を起こさぬよう静かに部屋から出た。
リチャードが泊まっている隣室のドアを前肢でカリカリ引っ掻くと、すぐにドアが開かれた。
「お待ちしておりました」
リチャードは待ちかねていたかのように、クロを中へ入れる。
ドアが閉じられた途端、クロが体をふるりと震わせた。
その輪郭があやふやになったと思ったら、精悍な青年が現れた。
黒髪に赤褐色の目はクロと同じ。頭にはベルベットのような三角形の耳があり、黒くてふさふさの尻尾もある。
「お久しぶりです。ご帰還をお待ちしておりました」
リチャードはガウンを掛けながら名を呼んだ。
「待たせた」
ロイズは、やれやれとでも言いたげなため息をつく。
「あの国には奇妙な黒魔術を使う魔女がいてな。力を封じられていた」
「なんと!」
リチャードが目を丸くする。
「ディオナとともに出国できてよかった。もちろん賓客として歓迎するから、その準備を」
ロイズの口元が緩むのを見たリチャードが笑いをかみ殺す。
「随分とご執心ですね」
「ああ。同衾する仲だからな」
ドヤ顔をするロイズを見て、リチャードはますます笑いをこらえるのに苦労した。
「お元気そうでなによりです。ロイズ王太子殿下」
己の肩書を耳にしたロイズが顔をしかめる。
「ディオナには、俺の正体はまだ秘密にしておけ」
なぜだと首を傾げるリチャードに、ロイズは苦笑を返す。
「彼女は母国の王太子に酷い目に遭わされて傷ついている。俺が犬のクロではなくマーテルの王太子だとバラしてみろ、どうなるか想像できるだろ」
リチャードは、いかにも真面目そうなディオナの受け答えを思い出す。
「距離を置くでしょうね……」
「そうだ。だからディオナの前では、俺はしばらくクロのままでいようと思う」
拳を強く握るロイズの様子に、再びリチャードは笑いをかみ殺したのだった。