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『でも、キーボードの君…もっと頑張らないと捨てられちゃうよ~?』
その言葉は俺たちの…元貴の、最大級の地雷だ。
デビューして、少しずつ音楽番組に出させてもらったり、バラエティ番組にゲストで呼んでもらったり…ということが増えて。
そこそこの場所でライブもできるようになって、そこそこファンも増えて。
よく言えば、ミュージシャンとして一定の成功を収めていて、でも欲を言えばきりがなく。そこそこ止まりで燻ぶってた時期。
そんな時に、もう名前も忘れた、なんだっけ。
音楽番組に毛が生えたような程度のバラエティ寄りの番組のプロデューサー。
君たちの音楽、すごくいいよーこれから伸びていくよ。
なんて、ものすごく上から目線でモノを言ってきて、続けて出た言葉がそれだった。
あのダメプロデューサーにしてみれば、ちょっとした冗談だったのかもしれない。
大物でもない、中途半端な若造ミュージシャングループを少し揶揄ってみたくなっただけなのかもしれない。
けれど、イジリだろうが何だろうが、その言葉は到底許容できるものではなくて、その言葉を聞いた瞬間に元貴の纏う空気が絶対零度まで下がったのを感じた。
後に、それは俺の勘違いではなくて、みんなそう感じたと言っていたし、当の本人である元貴は「あいつ殺してやろうかと思った」と無の表情で言っていたから、気の所為じゃない。
距離を詰めるためのイジリなのだとしても、最低だし、愛がないし、言葉選びを間違えてる。
それが涼ちゃんじゃなくても、ギターやドラム、ベースだったとしても、元貴は怒っただろうけど。
よりによって、あのダメプロデューサーは、一番の地雷を踏み抜いたのだ。
当然、俺にとっても非常に不快な言葉だった。
加入したての頃に少し苦手意識を抱いていた涼ちゃんだけど、その頃には俺にとってもかけがえのない存在になっていたし。
元貴の表情が無になって、空気が冷えて、でも体の底から湧き出る怒りの感情が取り繕えないほどになりそうで。
俺はいつでも元貴を制止できるように気を張っていたんだけど。
『そうなんですよぉ。皆の才能がすごすぎて、僕ついていくの必死なんです~』
なんて、にこにこの笑顔で、少し眉を下げて涼ちゃんが明るく返した。
いじられた当の本人が、ほんわかした声でゆるっと返したもんだから、誰も、そいつに嚙みつくことはできなくて。
その涼ちゃんの顔を見た時の元貴の表情は、一生忘れないと思う。
俺は、正直すごく、悔しかったのを覚えてる。
元貴も俺も、22とか23のまだまだガキで。一発殴ったって文句言わせない、ってくらいの勢いでいたんだけど。
一応、こんなくそみたいなやつでも、プロデューサー。
気分を損ねて、この先の自分たちの活動に悪影響が出ることはしちゃいけない、っていう涼ちゃんの咄嗟の返し。
そのときに、初めて、涼ちゃんが大人びて見えた。
今となっては、あの時の涼ちゃんの返しがあの場をやり過ごす最善の返しだったのか、とは思うけれど、だからって涼ちゃんが全く傷ついてないとは思ってないし、今でもやっぱりあいつは一発殴ってもよかったな、と思ってる。
…まあ、あいつはもう、この業界は干されたんだけどね。
あれから数年後に音楽界でもそれなりの場所を手に入れて色々な繋がりができて、色々と顔が利くようになって、どこの誰が執念深く根回ししたかなんてのは、知らないふりをしてるけど。
当時、俺でもあれだけ悔しい思いで言葉を噤んだのに、元貴はどれだけの気持ちだっただろう、と思う。
出会った瞬間から、今までに見たこともないくらい瞳を輝かせて涼ちゃんに恋をしている親友が、どれだけの気持ちだっただろう。と。
そんな言葉を涼ちゃんに言わせてしまったこと。
涼ちゃんをプロデュースしているのが自分だってこと。
涼ちゃん自身が、己を卑下していることは強ち冗談でもないってこと。
多分、俺が思っている以上に、元貴の心と頭の中は色んな感情でぐちゃぐちゃだったんだろうと思う。
ごめんなさい。とキレイに両手を前に揃えてお辞儀してきっぱりとフラれても、元貴はめげることなく何度でも涼ちゃんにアタックしていた。
(場所考えろよ…と思ったことは一度や二度じゃない)
告白してフラれて、が日々の挨拶かって言うくらいに定例で繰り返されていて、嫌になって逃げたっていいものなのに、それでも涼ちゃんは元貴の世界に住まうこと、俺たちと一緒に音楽を作ることを選んでくれていた。
涼ちゃんの奏でる音楽は美しい。そんなの、一緒に音楽をしてるんだから身に染みて知ってる。
だけど、もともとピアノ専攻でもなかった涼ちゃんだから。
努力したことを知らない人からの心無い言葉にショックは受けるだろうし、多少自分を卑下したって、仕方がないことだとは思うけれど。
元貴は多分どれもが許せなかったんだと思う。
ダメプロデューサーは当然として。
一言でもそんな言葉を投げられてしまう間を作ったこと。
どれだけ必要なんだって伝えても、自分を過小評価する涼ちゃんさえも。
仕事終わり、何かを察して、いやだ、って本気で嫌がってる涼ちゃんを引きずるようにして連れて行った元貴。
制止するべきか悩んだけれど、何を言っても聞き入れないときの、能面みたいな感情が無になった表情を見たら、何も言えなくて。
あと、いい加減過小評価するのはやめなよ。と涼ちゃんにもしっかりと自覚を持ってもらいたいのもあって、悩んだ挙句、迷った挙句に制止しなかった。
まさか、そのあとに涼ちゃんを力づくで押さえつけて無理矢理えっちした、なんてことにまでなってるとは思わなかったけど。
そうなるって知ってたら必死で止めた…いや?それで結果、涼ちゃんは自分がちゃんと元貴にとって必要なんだって自覚が持てた?元貴の気持ちを受け入れた…から?…結局止めなくて正解だったのかも?
いや、やり方としては最低だし、それを元貴の口から知らされた時は、いの一番に「それ逮捕されるやつだよ?」って言ったけども。
まあ、なんやかんやあっての、今の元貴と涼ちゃんの関係があるわけで。
ものすごく珍しく体調を崩した元貴のところに向かった涼ちゃんがどうなったかなーなんて、まあ想像に難くない。
なんか涼ちゃんが風邪うつっちゃったみたい、と白々しく言う元貴と、寝込んで仕事を休む羽目になる涼ちゃんか。
風邪なんて嘘だったかのようにつやつやした元貴と、風邪が原因ではないなんかアレでボロボロになった涼ちゃんか。
どっちかなーなんて思いながら、先に楽屋入りをして二人を待っていたんだけど。
正解は後者だった。
元貴のところへ行くと言った涼ちゃんを送り出したとき、マネージャーに言われた言葉に約束はできない、と言いながらも風邪はもらってこなかったから、そこに関してはマネージャーは、まあ及第点。と、言っていた。目は笑ってないけど。
「ねえ、俺言ったじゃん?元貴には無理させないようにしてよ、って」
苦笑しながら、俺の隣の椅子にゆっくりと腰を下ろした涼ちゃんに言葉を投げかける。
お腹の下の方をずっと押さえていて、動きがおじいちゃんみたいだ。
元貴は楽屋に着くなり、荷物を置いて一旦外に出て行ったからここにはいない。
暦の上では初秋とはいえ、まだまだ夏日の続く暑い時期に、そんな首周りに限らず全身着こんでる人いる?ってくらい、逆に怪しい人になってる涼ちゃんがジト目で俺を見る。
「…そんなの、僕がなんとかできるわけないじゃない」
だって元貴だよ?
あの日に、善処はします。と大人っぽく笑っていた涼ちゃんはどこへやら。
いやいや、涼ちゃんだって、それなりに予想はしてたでしょ?…とは言わないけど。
ものすごく気怠そうな表情で溜息をついて、首に巻いていた薄いスカーフを外す。
うーん、そういうところだよね。
咄嗟に頭が回って大人の対応ができる涼ちゃんなのに、本当に色々無自覚で無意識だから困る。
楽屋だから、俺たちしかいないから、って涼ちゃんの気が緩むのは、信頼されている証だからいいと思う。
でも、多分、昨日の夜は散々元貴に抱かれまくったんだろうなーっていうのが安易に想像できてしまうくらいに、アレのソレが色濃く残るような表情とか。
首周りのえげつない数のキスマークとか。
長く強く握られたのかな?っていう、手首の薄っすらと残る痣とか。
そういうの平気で見せちゃうのは、どうなの?
いや、俺は、元貴ほどの感情は涼ちゃんに抱いていないけどね?
それでも、たまに思うわけ。
長い人生のこの先、男を抱けって言われたら断然涼ちゃんがいい。その一択しかない。…って思うくらいには、まあ、妙な色気はすごくあるなあって。
…まあ、それどんな状況?っていう話だから、本当に例えるなら、ってことだから。
あのね。長年一途にひとりを想い続けて、拗れに拗らせて歪みまくった純愛を実らせた親友を敵に回すほど馬鹿じゃないし。
俺、まだ、死にたくないし。どこぞの誰かみたいに、消されたくないしね。
「立って動けそ?」
「微妙。今日は音合わせだから座ってやらせてもらおうかなって」
じゃあ椅子でも用意しといてもらおっか、と言ったと同時に、楽屋に元貴が戻ってきて
「俺が先にちゃんと椅子用意してもらったから。気遣いのできる男前っぷり発揮するのやめてくれませんかー」
なんて、半目で俺を見て言う。
おー、嫉妬してる。
つつくと後が怖いけど、元貴も普段の姿からは想像できないほど感情むき出しになるから微笑ましい。
微笑ましい、って言葉があってるのかはわかんないけど。
俺に向けるそれは嫉妬の中に信頼もあって、俺たち以外に向けるものとでは、もちろん違う。それが分かるからこそ、すごくおもしろい。
「涼ちゃんに言ってあったんだよ、俺。元貴に無理させないでって」
苦笑いしながら元貴にそう伝えると、そうなの?と元貴は器用に片眉をあげた。
「そりゃそうでしょ、元貴が涼ちゃんに会わないって思うくらいの風邪なんて珍しいじゃん」
マネージャーに送られた、風邪ひいた。の一言は、所謂そう言うことなんだろうという予想はついていたし。
あれだけ涼ちゃん大好きな元貴が、遠回しにそう伝えるくらいだから、相当だったんだろうなって思うし。
まあ、それでもなんやかんや、結局えっちすんだろうなー。とは思ってたけど。
「や、僕が、元貴に無理させたわけじゃなくて…っ」
元貴が無理に、と珍しく涼ちゃんが反論する。
内容が内容なだけに、顔が真っ赤だけど。
涼ちゃんが、おなかの下の方を押さえて、うぅ~痛い…と呻く。
大きな声を出すと、何が原因とは言わないけど体に響くんだろうな。
でも、そんなおなかの辺りが痛いの?一体どんなえっちしてんの?
その言葉を聞いて、元貴がにやりと笑った。
あ、すごく、嫌な感じの笑顔だね?それ。
無理するつもりはなかったけど、と前置きのように一言おいて
「名前呼んでくれたら壊してもいいよって言っといて俺に責任擦り付けるの良く無いよ涼ちゃん」
と淀みなく早口で言って、弓なりに目を細めた。
一瞬、楽屋内がしぃんとして。
あー、今ここにいるのが俺たち三人だけでよかった。と俺は心底そう思った。
「なんで、そういう…っう」
取り繕えないほど顔を真っ赤にさせて表情を歪ませた涼ちゃんが、がたん、と椅子を倒す勢いで立ち上がろうとして…すぐに、う~…とお腹を押さえて机に突っ伏す。
その様子を見て、元貴は大丈夫?と白々しく優しく背中を擦ってあげてる。
毎回思うけど、俺は、いつも、何を見せられてんの…?
ふたりの良き理解者でありたいとは思っているけど、限度があるよね。
とりあえず。
「うん…いちゃつくのはいいし、そういう雰囲気で壊してって言われたら無茶もするとは思うけどさ」
ほどほどにして、仕事はちゃんとしよ?
至極真っ当な感想を述べれば、元貴は嬉しそうに、はぁい。と返事をし、涼ちゃんは、若井まで…と恨めしそうに潤んだ目で俺を見たのだった。
おわり
コメント
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なんか、苦労人の若井さん…🤭 抱けと言われたら、抱ける!という絶妙な距離感が、たまらなく好きです😍 元貴くんの、直接的なセンシティブ愛が、相変わらずで、安心しました(?)