連れて行かれるエリアスを見て、私はその場で崩れた。
「お嬢様!」
駆け寄ってくれたニナに支えられて、どうにか椅子に座る。が、背もたれのない椅子だったからか、ニナは私の傍にずっといてくれた。
それがどれだけ有難かったか、計り知れないほどに。
「ニナ、これからどうしたらいい?」
エリアスもそうだけど、お父様も。
顔を上げて、ベッドに横たわるお父様を見た。あれだけ騒いでいたのにも関わらず、目を閉じて眠っている。
それだけ、毒がお父様の体を蝕んでいるのだろうか。
「とりあえず、気持ちを落ち着かせてみてはいかがですか?」
「気持ち?」
「そうです。旦那様もエリアスも、それを望んでいると思いますから」
「お父様とエリアスが?」
そう言いながら、ベッドと扉を流れるように視線を動かした。
私に知らせないようにしたお父様。何もできずに見送るしかなかったエリアス。
そんな二人が果たして、望んでいるのだろうか。
ふと、二年前のことを思い出した。
私の護衛を外された時のエリアスの反応だ。
『いくら爵位を継ぐとはいえ、これはあんまりじゃないか』
さらに私との逢瀬も制限がかけられた。
お陰で最初の頃は、散々愚痴を聞かされたっけ。途中から仕事の愚痴なのか、お父様への不満なのか、区別がつかなくなるほどに。
だから少なからず、お父様に対してよくない感情を持っているのは確かだった。
ポールの言う通り、お父様がいなければと考えるかもしれない。
けれど、頭のいいエリアスなら気づくはずよ。私たちはまだ、婚約していない。
そんな状況下でお父様がいなくなったら、どうなる?
成人していない私では、カルヴェ伯爵家を維持することはできない。加えてお父様がいなければ、エリアスは養子になることだってできないことくらい、分かるはずよ。
さらに伯爵家を維持するために、私はそれ相応の相手、つまり貴族令息と結婚する必要も出てくる。
つまり、エリアスとは結婚できないのだ。
それをエリアスが望むの?
ううん。そんなはずはない。
昨日だって、急いで来てくれたのは、一緒にいられる時間を少しでも長くしたい。そう思ってくれたからでしょう?
いつもの時間よりも遅れていたから。確か遅れた理由って……。
「ニナ。ポールが言っていたことは本当なの? 昨日、エリアスと話していたんでしょう」
「はい。その、注意していたんです」
昨日エリアスに触れられた鎖骨の下に手を当てた。
「その時に、お嬢様よりも旦那様を心配した方がいい、という話になりまして……」
「ニナはお父様が伏せられていることを知っていたから……なのでしょう?」
「申し訳ありません」
「いいのよ。お父様の指示には逆らえないもの」
いくらニナが私にとって姉のような存在でも、立場はメイドだ。
雇用主たるお父様の命令は絶対である。
裏切られたような気持ちはあったけど。
「冷静に考えれば、別におかしいことは言っていないのよね。私は健康そのものなわけだし。お父様を優先するのは、むしろ当たり前じゃない」
「しかし、捉えようによっては、旦那様の死期を心配しろ、とも聞こえます」
「湾曲し過ぎているわ……」
「はい。ですから、恐らくポールが仕掛けたのではないかと思われます。エリアスの自室を調べさせたのも含めて」
ニナの考えに私は賛同した。
お父様の寝室に誘導されたこと。寝室に入る前に許可を取らなかったことなど。今になって思えば、そこからすでにポールの術中に陥っていたのだ。
「そうね。小瓶だって前もって用意していたんだろうし。中身だって毒かどうかも分からない」
「宿舎の部屋は、時々抜き打ちチェックをするんです。奥様の件があってから、旦那様がするように指示されていましたから」
四年前に亡くなったお母様。私が転生した時、棺の中にいた。
そのお母様の死因は病気だったけれど、実際は少しずつ毒を盛られていたのだと、お父様から聞いた。
「まるでお母様の時を思い起こさせるものね。今のお父様の状態は」
「はい。そのため、皆、不思議に感じないばかりか、むしろ協力すると思います」
それさえも策略の材料にしたのね。
「ねぇ、ニナ。エリアスの部屋と厨房に行きたいんだけど」
「なぜですか?」
「調べてみようかと思って。エリアスを助けたいの」
「でしたら、私はオススメしません」
「どうして?」
今ここでエリアスを助けられるのは、私しかいない。それなのに、ダメなの?
「お嬢様がエリアスを贔屓にすることは皆、知っています。公平ではない判断を誰が信じますか?」
「あっ……」
「それに、治安隊がやってきます。テス卿が以前、所属していた」
ニナの言葉に私はハッとなった。
思わずテス卿を見上げると、にこりと笑って頷く。
「彼らが邸宅内を調べますから、心配はいりませんよ」
「うん。ありがとう。そうだ。ケヴィンを頼ってみるのはどうかな。犯人を捜すのを手伝ってもらうの」
邸宅の中は治安隊が。だったら私は外を調べるのはどうだろう。ケヴィンも一緒なら、ニナも許してくれるかな?
「いい案だと思います。しかし、この状況で外に出るのは難しいかと」
「確かに」
「でしたら、お医者様を探しに行くというのはどうですか?」
テス卿が珍しく案を出してきた。
「すでに主治医がいます。それなのに探すだなんて、失礼にもほどがありますよ」
「ならば、私のお使いだったらどうだ?」
聞き慣れた、でも意外な人物の声に、私とニナ、テス卿の視線が一つの方向に向けられた。
「お父様。いつお目覚めになったんですか?」
「これだけ話し声が聞こえれば、寝てなどいられない」
いや、さっきの騒動でも寝ていましたよ?
そう尋ねる前に、ニナが口を開いた。
「お使いとは、具体的にどのようなものでしょうか」
「手紙を渡しに行ってもらう。今は具合が悪いから会えない旨を、娘のマリアンヌが言いに行ったとしても、誰も疑わない。私の頼みならば、治安隊が来ていようが大丈夫だろう」
まぁ最悪、お父様の言いつけは守りたいだの、動けないお父様に変わってできることをしたいの、とか色々言い訳はできる。
「分かりました。それで、どなたなんですか?」
「キトリー・エナンに会ってきてほしい」
「えっ?」
「昨日、会ってきたのだろう」
私は思わずお父様の元に駆け寄った。
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