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 その森は不気味なほどに静まり返っている。

 無音なだけでなく、完全なる暗闇だ。夜空には万を越える星々が輝く一方、この地には光源の類が一切見当たらない。

 昆虫による合唱も閉幕しており、無風ゆえか枝葉の音さえ聞こえてはこない。

 この地の名前は迷いの森。無数の樹木が織りなす、人間も魔物も寄り付かない不思議な土地だ。

 そのはずだった。


「ヤっと来てくれタ」


 その姿は人間と瓜二つだ。

 顔は美しく、いくらか口が大きいものの、それさえ蠱惑的とさえ思えてしまう。

 手足はすらりと長い。きめ細かな肌は同性さえも嫉妬させるだろう。

 しかし、これは人間ではない。

 頭皮から生えるそれらは毛髪ではなく、炎そのものだ。細い炎が髪として疑似的に振る舞っている。

 体に関しても人間とは似ても似つかない。

 火の玉だ。頭部よりは大きな火球を胴体と見なし、その周辺に顔と四肢が配置されている。

 これは魔物だ。

 人間の言葉を話す、正真正銘の化け物だ。

 もっともそれは、もう一人にも当てはまるのかもしれない。


「こんな真夜中に呼ばないでくれない? 私だって寝てるんだけど……」


 足音さえも響かせず、女が暗闇の中から現れる。

 長すぎる髪は血のように真っ赤だ。毛先がズボン越しに太ももを撫でており、その毛量はあまりにも多い。

 素朴な寝間着の上に大きな白衣を羽織っている理由は、叩き起こされたということもあるが、侵入者が顔見知りの魔物ゆえ、体面を取り繕う気になれなかった。

 その特徴的な瞳で、挨拶代わりに眼前の不届き者を睨みつける。

 魔眼。眼球の虹彩部分に赤線の円を宿す、奇妙な瞳。これの持ち主を魔女と呼ぶのだが、そう定義づけているだけで人間であることに変わりない。

 闇に沈んだ森で、魔物の体が焚火代わりの光源となり、二人の姿だけがぼうと照らされる。


「会って来たヨ。キミが見つけたニンゲン、エウィンに、ネ」

「そう。随分と早かったわね。もっと手間取ると思ってたけど」


 密談の始まりだ。

 彼女らは同志でもなければ友人でもない。

 それでも、目的が合致している以上は情報を共有し合う。


「手間なんてかかるはずがなイ。アっちの方からワタシを見つけてくれたからネ」

「どういうこと?」

「ソういうことが出来るニンゲンってことサ。ドう? 運命を感じないかイ?」


 不敵な笑顔だ。

 魔物だけが楽しそうに振る舞う一方、赤髪の魔女は眉をひそめずにはいられない。


「私はそんな報告受けてないのだけど、もしかして覚醒者なの?」

「ソうみたイ。殺気の類ヲ、感じ取れるってサ」

「だから魔物の気配にも気づける、と。便利そうだけど、代償があまりに大きい。で? 超越者だった?」

「ウうん、残念ながラ……」

「だったらこの話は終わりね。今回も不合格……」

「イや、合格だヨ」


 女が立ち去る素振りを見せるも、魔物の発言がそれを食い止める。

 話し合いは終わらない。本題にすら入っていないのだから。


「なんでよ? あんたもわかってるでしょう? あれと渡り合えるのは、生まれながらの超越者だけだって」

「ン~、ワタシはそう思わなイ」

「馬鹿言わないで。人間の寿命なんてせいぜいが七十年とか八十年。生まれた時点で超越者でもない限り、絶対追い付けない。王でさえ、滅ぼしきれなかったのよ?」


 意見のぶつけ合いが加熱しようと、この森は真っ暗だ。

 唯一の例外は彼女らだけ。


「キミの言いたいこともわかるヨ。確かニ、アルジと戦えるニンゲンなんているはずがなイ」

「才能の壁と人間の壁。探すのなら、初めからどっちも越えた人間しかありえない。ウイルは確かに良い線いってた。だけど、ダメだった。あの子でさえ届かなかった。だったら、エウィンって子も落第でしょうに……」


 超越者。人間の規格から大きく外れた、超常の強者。

 銃弾さえも追い越し、その打撃は山すら砕く。魔物すらも霞む実力者であり、イダンリネア王国は二十を越える超越者を保有していると言われている。


「安心してくれて構わなイ。エウィン達は選ばれたニンゲンだったヨ」

「たち? どういうこと? わかるように説明しなさい」

「モう一人のニンゲン、名前はアゲハ。モしかしたラ、コっちこそが本命かもしれなイ。ソう思わせる何かヲ、持っていタ」


 エウィン・ナービスと坂口あげは。

 似て非なる二人だが、今ではウルフィエナの片隅で肩を並べて歩いている。

 力を持たない男女だが、転生時に贈られたプレゼントが彼らの前に道を切り開いた。

 この魔物、オーディエンは既に体験済みだ。その片鱗でしかないのだが、十分過ぎる手応えだった。

 対して、こちらの女性は何も知らない。両腕を組みながら、疑うように口を開く。


「そういえば、女性を一人保護してるって報告があった。そのアゲハって子も傭兵なの?」

「サぁ、知らなイ」

「何よ、それ……」

「ダけど……、アゲハはワタシですら知らない何かを持っていタ。ソうだナ、白紙大典のような異能とでも言えばいいのかナ?」


 その単語が魔女の思考をかき乱すも、反論を諦めたわけではない。左足を支点に体を傾けながら、苛立つように異論を述べる。


「ふざけるのも大概にして。それこそあり得ない。マリアーヌ様の封印術は天技の中でも際立って特別よ。どれほどに強力かは、あの女で証明済み」

「ソうだネ、ソの点は否定しなイ。ダけどネ、嘘もつかなイ。コの目で見たんダ、アゲハとエウィンが、契約するところヲ……」

「契約? どういうこと?」

「新たな奇跡ガ、コの世界に誕生したってことサ。シかも、タだの奇跡じゃなイ。キミにも披露しようかナ、ソの一節ヲ……」


 オーディエンのもったいぶった言い回しが彼女をヤキモキさせるも、ここからが本題だ。

 演じるように、あの時のシチュエーションを再現する。


「色褪せぬ記憶ハ、永久不変の心を顕ス」

「な⁉」


 冒頭部分だけで十分だ。

 赤い長髪を揺らしながら、魔女が前のめりに驚嘆する。

 その反応を待っていたのだから、魔物は心底嬉しそうだ。


「ソっくりでしょウ? デもネ? 発現した奇跡は全くの別モノだったヨ。正直言うト、アルジと戦うには不向きな能力だったけド、ソこはエウィン達の努力に期待するとしよウ」

「どういうこと? なんでそいつらがマリアーヌ様の天技を?」

「イやいヤ、違うって言ってるでしょウ。タだ、儀式と言うか手順が似通ってるだケ。ワタシは運命だと思ってるけド、ハクアがどう思うかは自分で調査してから考えてヨ。ホント、キミの言ってた通りダ。スぐに次が現れてくれタ。シかも今回は二人モ。本当に最高ダ、実に愉快」


 静かすぎる森の中で、魔物が楽しそうに笑いを堪える。騒がない理由は、この感情を独り占めしたいからか。

 一方、魔女は確認するようにつぶやき始める。


「色褪せぬ赤は、永久不変の心を顕す……。単語が一つ違うだけ……。単なる偶然?」

「ソれだけはありえないヨ。キっと意味があル。コういうのはワタシの管轄じゃないかラ、ワタシはワタシで知り合いにでも話してみようかナ。興味があるわけじゃないんだけド、エウィン達を釣るためには餌を与え続けないとネ」

「ふ~ん、本当にその子達に決めたのね」

「当然ダ。キミが見つけテ、ワタシを見つけてくれタ。探していたのはワタシの方なんだヨ⁉ 何百年モ! アぁ、最高のシナリオじゃないカ」

「はいはい。傍観者にお似合いの不甲斐なさね」


 彼女としても皮肉の一つも漏らしてしまう。

 呼び出された理由としては申し分ないのだが、オーディエンがはしゃぐ様は見ていて心地の良いものではなかった。


「時代ガ、動くヨ」

「どうかしらね? 焦ったところで、また空振りに終わるかもしれないのよ? 今は見極めることに徹するべきだと思うのだけど。少なくとも私はそうさせてもらう。敵はあんた達だけじゃないのだし……」

「ニンゲンって大変だネ。加勢しようカ?」

「思ってもないことを口にして。あんたはあんたで王国軍の相手で忙しいでしょうに」

「マあ、ネ。呼び出しちゃった手前、抑え込まないといけないシ。ダけど、エウィン達が見つかったことだシ? ソろそろ出番を与えようかナ……」

「好きにしたら? 私達を巻きこんだりしたら、私が全部蹴散らすけど」

「オぉ、怖い怖イ。確かにキミなら、ワタシの部下を殲滅出来ちゃうネ。気を付けよウ」


 この瞬間、森の空気に変化が訪れる。山脈を下った風が木々を揺らし始めた結果だ。

 暗闇に溶け込みながら、魔女は締めの言葉を紡ぎ出す。


「他に当てがないのも事実。一先ず、当面はその二人組に賭けてみましょう。だけど、私は私。あんたはあんた。それだけは忘れないで」

「モちろんだヨ。ワタシ達は所詮、ゴっこ遊ビ。主役じゃないからネ」

「そして、友人でもない。もしもこれ以上封印を解いたりしたら、私があんたを殺す。この命に代えても……」


 この魔女は、それほどの超越者だ。眼前の魔物を討てるという自信も、妄想ではなく事実に裏付けられている。


「安心しテ。封印を解くのハ、ワタシじゃなイ。ソれもシナリオに織り込み済みだからネ」

「そう。あの子達にやらせるの。だとしたら長い道のりになりそうね」

「時間はいくらでもあるかラ。特ニ、ワタシ達ハ……」


 オーディエンは楽しそうにつぶやく。事実を淡々と述べているに過ぎないのだが、それすらも面白くて仕方ない。

 対照的に、眼前の女はため息をつく。


「思ってたよりは有意義な情報だったわ。それじゃあね」

「ニンゲンなんかに殺されないでヨ」

「平和ボケしたこの時代で、私を殺せるとしたら、それはあんたとあの女くらいよ」


 密談は終了だ。

 別れの挨拶もなしに、魔女が森の奥へ姿を消す。

 その結果、炎の魔物だけが取り残されるも、余韻を楽しむようにその言葉を走らせる。


「忙しク、ナりそうダ」


 次の瞬間、その周辺から光さえも消え去る。

 夜空よりも暗い、夜の森。昆虫さえも眠る時間帯ゆえ、いかに耳を傾けようとほぼ無音だ。木々の葉がカサカサと揺れるも、騒音とはほど遠い。

 腐葉土の匂いに包まれながら、この地もやっと眠りにつく。

 今日という一日に別れを告げれば、新たな一日の到来だ。

 この世界にとっては当たり前のサイクルであり、人間も明日の訪れを当然のものとして受け入れる。

 ありふれた昨日。

 平凡な明日。

 差異などないのかもしれない。

 それでも、立ち止まることが許されない以上、考えも無しに進むだけだ。

 エウィン・ナービス。彼は死に場所を求めて。

 坂口あげは。母に謝罪するため。

 この世界の片隅で、二人は手を取り合って歩き始めた。

 その身に宿した奇跡が、彼らをどこへ誘うのか? それは神々にすらわからない。

 魔物の名前はオーディエン。

 魔女の名前はハクア。

 最強の二人が暗躍する理由もまた、神のあずかり知らぬ領域だ。

 光流暦千十八年。

 彼らはついに出会った。

 冒険の始まりだ。広大なこの大陸を、思う存分楽しめば良い。

 戦いの幕開けだ。行く先々で、魔物が立ちはだかるだろう。

 使命を胸に。

 野心を胸に。

 それぞれがそれぞれの思惑で、動き始める。

 その果てで待つ、一万年の厄災。

 イダンリネア王国が滅びるのか?

 誰かがそれを阻止するのか?

 舞台の上には二人の演者が立っている。

 エウィンとアゲハ。

 神に選ばれ、ついにはその力の一端を宿した男女。

 今はまだ未熟なれど、それを自覚しているのだから不安を努力で塗り替える。

 この世界は戦場だ。人間と魔物が生存をかけて日夜争っている。

 生き残るためにも。

 死に場所を見出すためにも。

 そして、彼女を地球へ戻すためにも。

 あらゆる障害を突破する。

 死が二人を分かつのか?

 帰還の果てに別の道を歩むのか?

 あるいは……。

 二人の旅の終着点は、今はまだあまりにも遠い。

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