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十月一日。今日は私の二十五歳の誕生日。
同期入社の仲良し、沙希と美野里が、美味しいと評判のイタリアンレストランでお祝いしてくれている。
ライトアップされた中庭が見渡せる窓際のテーブル上には、オレンジ色に灯るキャンドルがゆらゆらと揺れていて、暖かなムードを演出している。
前菜の色鮮やかな海老はプリプリとしていて絶妙な歯応えだったし、ウニのパスタは濃厚なのに全くしつこくなくてあっと言う間に食べ終えてしまった。
評判通りの美味しさで大満足だ。
最後には赤い苺が載った、ふんわり生クリームの美味しそうなバースデーケーキまで用意してくれていて……二人の優しさが嬉しくて涙が出そう。
最高に幸せな誕生日。悩みなんて何も無い。
……いや、一つは有ったっんだった。
たった一つだけど私にとっては深刻で将来にも影響する問題が。
「花乃」
私と同じように食事に満足した様子の美野里が、食後のコーヒーを口に運びながらこちらに目を向けた。
「どうしたの?」
「花乃も二十五歳だね。今年の目標とかあるの?」
その言葉を聞いた沙希がすかさず口を挟んでくる。
「花乃の目標は彼氏を作ることでしょ?、彼氏居ない暦二十五年だもんね……今年できなかったら二十六年?」
二人はまるで見てはいけないものを見てしまった様な目で私を見た。
失礼な!と思いながらも、私は言い返さずにゆっくりとした動作で紅茶を口に運んだ。
まずは落ち着いて冷静に。
二人に悪気は無いんだしね。
誕生日を祝ってくれる大切な友達だ。遠慮ない物言いは親しさの表れ……のはず。
まあ何にしても私、青山花乃に彼氏が居ないのは紛れもない事実。
しかも今まで一度も彼氏と呼べる相手が居た期間が無い。
できそうな気配も無いし、来年の誕生日に記録を更新してしまう可能性は結構高いかも。
いや、それどころかこのままじゃ一生独身かも?……いやだ、そんなの!
男嫌いって訳でも、潔癖症でも、異常に理想が高い訳でも無いのに、私には恋人と呼べる相手ができたことがない。
いつチャンスが訪れてもいいように、おしゃれには手を抜いていないつもり。
お世辞かもしれないけど時々綺麗だねって言って貰えるし、背中の中ほどまで伸びた長い髪は丁寧に手入れをしていつも艶々。
体型管理だった気を抜かず、百六十センチ四十五キロをキープしている。
それなのに!
良いなって思う人が現れても、私の恋は上手くいった試しがない。
だいたいがアピールなんて一切できずに、それどころか好きな相手に対して《興味無いわ》って無表情のクールな態度をとってしまい、なんの進展も無く終わってしまう。
好きなのにどうしてそんな愛想のない態度をとってしまうのかと言えば、全ては私の異常に意識してしまう性格のせいだった
昔から私は好きな人の前に出ると、顔が真っ赤になって心臓がバクバクして、ろくに言葉が出てこなくなる。
周りから一目で、《あーこの人のこと好きなんだな》って気付かれる、あからさまな反応。
それを必死に隠そうとするために、好きなのに避けてしまい自らチャンスを逃してしまうという目も当てられない現状。
おかげで二十五歳になった今も、リアルな恋愛経験ゼロという危機的状況に陥ってしまっているという……。
はあ、この負のスパイラルから早く抜け出したい。
「彼氏ほしいな……」
溜息交じりに口にすると、沙希と美野里が困った様な顔をしてお互いの顔を見合わせた。
それから、二人揃って私に諭し始める。
「今のままじゃいつまで経ってもむりだよ! 花乃が男だとして、能面みたいな顔してる女を可愛いと思える?」
の、能面? 沙希ってば相変わらず容赦無い。でも……どう考えても可愛くないよね、能面って。
あの何とも言えないフォルムが頭に浮かび、かなり切ない気持ちになる。
そんな私に向かって、いつもは優しい美野里までもがはっきりと言う。
「私達は花乃の性格を知ってるけど、知らない人からは誤解されてるよ。愛想の欠片も無い人なんだって」
「……やっぱり……そうだよね」
能面から愛想の欠片なんて見つけられる訳がないもの。
でも私だって本当は好きな人と笑顔で話したい。
心のままに笑ってみたい。
だけど、そうしようとすると顔と態度に好きな気持ちが、これでもかってくらい出てしまう。
この状況、どうすればいいの?
悶々と悩んでいると、美野里が爆弾発言をした。
「ねえ花乃って営業部の須藤さんを好きでしょ?」
「ええっ?!」
いきなり図星をつかれて声がひっくり返ってしまう。
「な、何で?」
まだ誰にも言ってないのに、なんで早くもばれてるの?
「花乃の態度見てたら分かるよ。須藤さんに全く話しかけないもんね」
美野里の言葉に、沙希が同意する。
「そうそう。でも須藤さんにはその気持ち伝わってないよ。あんなに避けてたらむしろ嫌われてると思うんじゃない?」
「そ、そんな……」
今までの経験から予想出来る話しだけど、はっきり言われるとショックが大きい。
営業部の須藤さんは、今年三十歳のイケメンエリート社員。
今から一ヶ月前の九月の人事異動で、アメリカの支社から東京本社営業部に戻ってきた。
早くも好調な営業成績。
百鉢中センチは有りそうな長身に、バスケをやっていると言う噂の引き締まった身体。
きりっとした眉にすっきりとした鼻梁。
そして意思の強そうで男らしい眼差しが、本当にかっこいい。
とにかく非の打ちどころの無い極上の男性で、私は初めて会った時言葉も無く見とれてしまった。
そう、まさに一目惚れ。
でも、一度意識してしまうといつもの様に近寄れなくなり、残念ながら今のところひと言も口を利いたことがない。
「どうすればいいのかな……」
この厄介な性格を、何度も変えたいと思ったけど変えられない。
それどころか、直そうと意識すればするほど赤面症が悪化して、年々悪い方向に進んでいってる気がする。
「花乃は好きだと意識すると顔が赤くなるんだよね。意識し過ぎるのは男に慣れて無いならなんじゃないの? だからいきなり付き合うより慣れるのから始めた方がいいんじゃない?」
沙希の提案に私は顔を曇らせた。
「そんな都合よく出来るならとっくにしてるよ」
「これからはもっとハードに行動するんだよ」
「ハード? 具体的にどういうこと?」
嫌な予感を抱きながら私は恐々とお伺いを立てる。
「たとえば実際男と付き合ってみるとか。二人きりで出かけたりしたら少しは慣れるんじゃない?」
沙希はあっさり言うけれど……。
「その相手がいないんだけど」
「花乃に相手がいないのは意識した相手と上手くいかないからでしょ? だったら意識していない男と付き合ってみれば? 花乃だって告白された経験はあるでしょう?」
「まあ……何回かは有ったけど、私は好きになれそうにない相手だったよ?」
いくら相手がいないからって気が乗らない相手とは付き合えない、そんな気持ちで付き合うなんて相手に対しても失礼だし。
「そんなこと言ってる場合じゃないよ、本当に彼氏が欲しいなら、ありとあらゆる努力が必要なんだよ!」
沙希は真剣な目で力説する。
でもしょっちゅう彼氏を変えている沙希は大して努力をして無い様に見えるんだけど。
「とにかく花乃が変わりたいと思うのなら今までと同じじゃだめだよ」
美野里が真面目な顔をして言った。
美野里は高校時代の同級生とずっと付き合っていて、最近では結婚の話も出ているそうだ。
そのせいか、私達の中では一番落ち着いている。
そんな美野里に真面目に忠告されると、危機感を覚える。
でも、どうすればいいんだろう。
いくら変わりたいからって……。
「好きでもない人と付き合えるのかな」
口に出して呟くと、沙希と美野里はまたふたりで口を揃えて言った。
「とりあえず、付き合ってみたら?」