テラーノベル
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「この『聖血の杯』は、注がれた血と魔力に反応し、王家の血統を光と紋章によって示します」
大神官代行が厳かに告げ、小さな銀の針を差し出した。
「ユリウス殿下。こちらへ」
ユリウスが、聖杯の前へ進み出る。震える手で針を受け取り、指先へ小さな傷をつける。
そして。聖杯へ、血を一滴――。ぽたり、と落とした。続いて、おそるおそる手をかざす。
杯の表面に刻まれた古代文字が、ぼんやりと輝き始めた。現れたのは――消えかけた蛍のような、淡い光。確かに、聖杯は反応している。
けれど。その光は杯全体を包み込むこともなく、今にも消えてしまいそうに、頼りなく揺れていた。
「ほら、ご覧なさい!」
カサンドラが、ここぞとばかりに声を張り上げる。
「聖具が反応したわ! ユリウスは、間違いなく正統なる王族です!」
勝ち誇るように、胸を張る。しかし、大神官代行は、表情一つ変えなかった。
「はい。ユリウス殿下が、王族の血を引いておられることは間違いありません」
「でしょう!?」
「しかし――」
大神官代行は、淡い光を放つ聖杯へ静かに目を向ける。
「先王陛下の直系を示す紋章は、現れておりません」
大広間が、大きくざわめいた。
「なっ……!?」
「直系でなくとも、王家の血を引いていれば、聖杯は光を放ちます」
大神官代行は、古代文字へ指を添えた。
「ですが、この聖杯は、戴冠した国王の血統を記憶しています。先王陛下の直系であれば、聖杯は白金の光を放ち、王冠と四枚翼を持つ神獣の紋章を示すのです」
「そんなもの……」
カサンドラの顔が強張る。
「では続いて、レオン殿下にもお願いいたしましょう」
大神官代行に促され、レオンが前へ出た。銀の針を受け取ると、迷いなく指先へ傷をつける。
そして。レオンが手をかざした――その直後だった。
――ドォンッ……!
「……っ!」
聖杯から、凄まじい白金の光が噴き上がった。
光は大広間の天井と壁まで広がり、列席する貴族たちの頭上へと降り注ぐ。
それはまるで、長い夜を切り裂く夜明けの光。先ほどの淡い銀光とは、比べることすらできない圧倒的な密度だった。
さらに、溢れ出した白金の光が、聖杯の上空へ集まっていく。
光の中に形作られたのは――王冠を戴き、白銀の四枚翼を広げた神獣アリコーン。 玉座の背後に刻まれている、王家の紋章と、まったく同じ姿だった。
「王冠と四枚翼の神獣……!」
「あれこそが、先王陛下の直系を示す光なのか……?」
「ユリウス殿下のときには、紋章など現れなかったぞ!」
「では、王太子殿下は……いったい……?」
光が静まり。大広間に、再び重い静寂が戻る。
呆然と立ち尽くす貴族たちの間から、抑えきれない動揺が波紋のように広がっていった。
レオンは、光の余韻が残る聖杯から手を離す。青ざめるカサンドラを見つめ、僅かに首を傾けた。
「どうやら、聖杯は壊れていないみたいだね」
「くっ……」
カサンドラの口元が、僅かに引きつる。大神官代行が、改めてユリウスへ目を向けた。
「ユリウス殿下に王家の血が流れていることは、聖杯も認めております。しかし殿下は――先王陛下の御子ではありません」
「……っ」
ユリウスは、自分の手を見つめたまま、膝から崩れ落ちた。
「では……僕は……」
「でたらめよ!」
カサンドラが、声を張り上げる。銀の枷を鳴らしながら、大神官代行を鋭く睨みつけた。
「そのような古びた聖具の結果だけで、ユリウスを陛下の子ではないと決めつけるつもり!?」
身を乗り出す。
「よくも、そのような妄言を……!」
「ええ」
大神官代行は、静かに頷いた。
「ですから最後に――すべての真実を知る証人を、お連れいたしました」
その言葉と同時に、大広間の扉が開いた。
――ギィィィ……。
近衛騎士に付き添われ、一人の男が姿を現した。年の頃は、四十代半ばほど。身にまとっているのは、装飾一つない質素な神官服。
頬は少し痩せている。けれど、背筋はまっすぐに伸び、その立ち姿には、どこか気品があった。その男が視界へ入った途端。カサンドラの顔から、完全に血の気が引いた。
「……え」
唇が、小刻みに震える。
「どうして……っ」
大きく見開かれた瞳。息をすることすら忘れたように、カサンドラは男を凝視している。
そのまま、よろめくように後ずさった。両手を拘束する銀の枷が、金属音を立てる。
「嘘……」
何度も、首を横へ振る。
「嘘よ……っ!」
絞り出すように叫んだ。
「あなたは……死んだはずでしょう!?」
神官服の男は、カサンドラを複雑な表情で見つめていた。懐かしむような。悲しむような。そして、長い年月を悔いるような瞳。
男は、口を開いた。
「……久しぶりだね、カサンドラ」
#執着
ひより
76
鷹槻れん

53,685
#ギャップ
ひより
2,239
#ロマンスファンタジー
百はな🍑
828
コメント
1件
わあ、第95話……すごかったです……。聖杯の光の描写が美しくて、ユリウス様の淡い光とレオン様の白金の光の対比が胸に刺さりました。それでいて「直系じゃない」って宣告される瞬間のユリウス様の崩れ落ち方、読んでて息が止まりました……。最後に現れた「死んだはずの男」、カサンドラの動揺が伝わってきて、続きが気になって仕方ないです。重い真実の予感がして、ドキドキが止まりません。ひよりさんの伏線の張り方、本当に巧みで大好きです……🤍