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ひより
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鷹槻れん

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#ロマンスファンタジー
百はな🍑
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「名を、お名乗りください」
大神官代行に促され、神官服の男は大きく息を吸った。
広間中へ届く、凛とした声で答える。
「……エリアスと申します。神殿へ入り、家名を捨てる以前は――エリアス・アルディノと名乗っておりました」
その名が告げられた途端、大広間に、どよめきが駆け巡った。
「アルディノ……!?」
「王家の傍系に連なる、あの大公家か?」
「神殿へ入られた、アルディノ大公家の三男……」
「だが、エリアス様は十五年前に亡くなったはずでは……?」
アルディノ大公家。
王家の傍系に連なる、由緒ある名門だ。
「私とカサンドラは、かつて――互いに想い合っていました」
「……っ」
カサンドラが息を呑む。
「出会ったのは、大神殿の懺悔室です」
エリアスは、遠い過去を見つめるように目を細めた。
「当時、神官見習いだった私のもとへ、彼女は何度も懺悔に訪れていました。
父親から、年の離れた国王陛下との婚姻を命じられたこと。それを拒むことが許されないこと。彼女は毎日のように、顔の見えない私へ悩みを打ち明けていたのです」
本来懺悔を受ける神官が、相手へ顔を見せることは許されていない。
「けれど、ある日……一目だけでいいから、顔を見せてほしいと……彼女に懇願されました。顔を合わせた瞬間から、私たちは惹かれ合ってしまったのです」
やがて。二人の間には、小さな命が宿った。エリアスは神殿を離れ、カサンドラと生きる決意をし、求婚状を携え、マレフィカ侯爵家を訪れた。
しかし――。
***
『娘の前から、今すぐ消えろ』
薄暗い応接室。
マレフィカ侯爵は、冷え切った目でエリアスを睨みつけていた。
『……お断りします』
エリアスは、真っ向からその視線を受け止める。
『私は、カサンドラを愛しています。たとえ王家との婚姻が決められていようとも、彼女と生まれてくる子どもを見捨てることはできません』
『黙れ』
マレフィカ侯爵が、一枚の紙を机へ投げつけた。
そこに記されていたのは。
エリアスの両親。
兄弟。
そして親族たちの名前と、現在の居場所だった。
『……これは』
『今すぐ王都を離れろ』
侯爵は、紙に並ぶ名前を指先でなぞる。
『二度と娘へ近づくな。辺境へ消えろ』
『拒めば、ここに名を連ねる者たちがどうなるか……分からぬお前ではあるまい』
『……っ』
『もちろん』
マレフィカ侯爵の口元に、冷酷な笑みが浮かんだ。
『娘の腹にいる子も含めてだ』
エリアスの拳が、強く握りしめられる。
『すべてをご存じでありながら……カサンドラを国王陛下と結婚させるおつもりですか?』
『当然だ』
侯爵は、鼻で笑った。
『子どものことなど、いくらでも誤魔化せる。早産だとな』
『そんなことが、許されると……!』
『許されるかどうかを決めるのは、お前ではない』
マレフィカ侯爵が、ゆっくりと立ち上がる。
『本来なら、お前など今すぐ始末するところだ。だが、王家の傍系に連なるアルディノ大公家の三男を殺せば、いらぬ疑いを招く。だから、死んだことにしてやる』
『……何を』
『今夜、身元の判別できない遺体に、お前の神官服と所持品を持たせる』
『明日から、お前はこの世に存在しない人間だ』
『断ると、言ったら……?』
マレフィカ侯爵の指が、紙の上を滑る。
『まずは、お前の母親からにするか?』
次に。
カサンドラの名前へ触れた。
『それとも――娘の腹にいる子からにするか?』
『……っ』
『どちらを先に始末してやろうか?』
長い沈黙が落ちた。
エリアスは怒りに震えながら、固く握りしめていた拳を、ゆっくりと開いた。
***
「……私は……自分の家族と、カサンドラと、子どもを守る道を選びました。たとえ二度と、愛する者たちに会えなくなるとしても……」
「……そんな」
カサンドラの膝が震えた。
「嘘よ……」
力なく首を横へ振る。
「そんなの、嘘……っ!」
「十五年間」
エリアスは、苦しげに目を伏せた。
「私は名を変え、過去を捨て、辺境の小さな神殿で生きてきました」
「何度も、王都へ戻ろうとした」
カサンドラを、まっすぐに見つめる。
「君のもとへ」
「生まれたはずの、我が子のもとへ」
「……っ」
床へ膝をついていたユリウスが、顔を上げた。
「けれど、私が生きていると知られれば、家族や君たちへ危害が及ぶかもしれない」
「私は……戻ることができなかった」
カサンドラは、何も言えずに立ち尽くしていた。
「先代大神官は生前、十五年前に起きた神官の不審死について調べておられました」
大神官代行の重々しい声が、大広間に響く。
「発見されたのは、身元の判別ができない遺体。エリアス殿のものと判断された根拠は、残された神官服と所持品だけでした」
広間がざわめく。
「……騎士団による捜査は唐突に打ち切られ、当時の記録も大半が失われていたのです」
レオンが口を開いた。
「父上は、生前から疑っていたんだ。エリアスの死に、マレフィカ侯爵が関わっていたことも。ユリウスが、自分の子ではないこともね」
「そんな……」
カサンドラが、力なく首を横へ振る。
「だったら……陛下は、すべてを知っていながら…」
「何もしなかった、とでも言いたい?」
レオンの声が、冷たく響く。
「事実を公表すれば、この国は派閥に分かれて内戦を起こる。だから父上は、民を守るために沈黙を選ぶしかなかった……」
レオンの指先が、僅かに握られる。
「必ずしも正しい選択だったとは、言えないけどね……」
大神官代行に目を向ける。
「僕たちは、十五年分の神官名簿を調べ直した」
「王都から地方神殿へ移された者。過去の経歴が不自然な者。容姿や年齢が一致する者」
そして、レオンは、エリアスを見る。
「三週間前……偽名で辺境の神殿に仕えていた彼を、ようやく見つけたんだ」
カサンドラは、血の気を失った顔で拘束されている実父――マレフィカ侯爵へ、ゆっくりと顔を向ける。
「……お父様?」
震える声が零れた。
「嘘よ……」
「お父様は、私に言ったわ」
銀の枷が、両手に合わせて音を立てる。
「エリアスは……国王陛下に殺されたのだと」
その瞬間。
「違う!」
鋭い声が、大広間へ響き渡った。
「私は、国王陛下に危害を加えられたことなど、一度もない!」
エリアスの声が、怒りに震える。
「そんな……」
「私を君から引き離したのは、国王陛下ではない」
エリアスの視線がカサンドラから、その父へ向けられる。
「君の人生を狂わせたのは――マレフィカ侯爵だ!」
コメント
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ひよりさん、第96話、読み終わりました……! エリアスが名乗った瞬間の広間のどよめき、そしてカサンドラの「嘘よ……」という言葉が胸に刺さりました。十五年前にマレフィカ侯爵が家族を人質に取ってエリアスを消した真相――あの冷徹な脅しのやりとり、読んでいて息が詰まりました。エリアスが愛する人を守るために二度と会えない道を選んだ十五年。「戻りたかった」という言葉に、彼のすべてが詰まっていて切なかったです。 最後の「君の人生を狂わせたのは――マレフィカ侯爵だ!」という叫びが、本当に重く響きました。カサンドラの知らなかった真実と、ユリウスの戸惑い……この先どうなるのか、続きが気になりすぎます。素敵な物語をありがとうございます🌷