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月曜日の朝。
新しい一週間が始まる。
この月曜日の朝に、元気になれるよう、私がしていることがあった。
それは。
某有名ホテルの冷凍パンケーキのお取り寄せ!
電子レンジで1分半温めるだけで、部屋中に甘くていい香りが漂う。数種類の果物でフルーツサラダを作り、あとはヨーグルトを用意し、この冷凍とは思えないハイクオリティのパンケーキをナイフとフォークで優雅にいただくのだ!
ちゃんとバターと蜂蜜も付属でついてくるのが嬉しい。
月曜日の朝からパンケーキを自炊するのはちょっと手間がかかる。でもこれなら短時間で用意ができ、気持ちが上がる。
ということで気持ちが盛り上がったところで着替えをして、部屋を出る。
白いブラウスに赤いウールのVネックを着て、黒のロングスカート。上着は綺麗めのベージュのボアジャケットだ。ショートブーツを履き、最寄り駅へと向かった。
勤務先は上場企業で、コンビニにもスーパーにも自社の商品を卸している、サンアップ食品という会社。系列企業に飲料やお酒の会社もあり、社販で年に数回、いろいろな物が安く買えるのが魅力。
仕事は本社勤務の営業企画で、営業さんのプレゼン資料作りをサポートしたり、必要な数値データを用意したりと、営業サポートを行っている。
「鈴宮、おはよう!」
「あ、中村先輩、おはようございます!」
二年前に異動で配属されたが、3歳上の中村先輩こと中村潤先輩はとても面倒見がよく、イイ人だった。見た目はスポーツマンタイプで、実際学生時代はバスケをやっていたという。清潔感のある黒髪短髪で、よく日焼けした肌をしており、実に頼もしい。
異動してしばらくすると、この中村先輩と会社の最寄り駅で、バッタリ遭遇することが増えた。
「鈴宮さ、今日のランチ、俺と行ける?」
「はい、大丈夫ですよ」
「そっか。良かった。実は俺と鈴宮、ボージョレ・ヌーヴォーの幹事に選ばれたんだよ。選ばれた……というか、順番が回ってきた感じ」
ボージョレ・ヌーヴォー。
フランスのボジョレー地区で、その年に収穫された葡萄を使った新酒ワインのことを「ボージョレ・ヌーヴォー」と呼ぶ。そしてこのボージョレ・ヌーヴォーには解禁日があり、それが毎年11月の第3木曜日と決まっていた。
サンアップ食品は系列会社にお酒を扱う会社もあるため、年4回、その系列会社のお酒を扱うお店で飲み会を開催すると、会社が飲み会の料金を全額負担してくれる。いわば福利厚生の一環となっている。夏は暑気払いの飲み会、秋はボージョレ・ヌーヴォー、冬は忘年会、春は歓送迎会だ。
この飲み会は部署単位で行われ、幹事は部署内で順番に回ってくる。そして今回、ボージョレ・ヌーヴォーの飲み会の幹事は、私と中村先輩というわけだ。
そしてこの年4回の飲み会では、ただ飲むだけではなく、ちょっとしたイベントも同時にやるのがお決まりになっている。例えばビンゴゲームとかクイズ大会とか、そういった余興だ。
中村先輩が私とランチをしたいのは、この余興で何をするか決めたいということだと思う。
ということで午前中の仕事をこなし、中村先輩と会社の近くのパスタ屋にやってきた。
自社ビルには社員食堂があり、そこはリーズナブルで種類も多いので、多くの社員がそこでランチを済ます。でも今回は余興について話すので、みんなに聞かれたくない。ある意味、余興はサプライズだからだ。そこで社員食堂ではなく、パスタ屋へと向かった。
「なんか鈴宮、今朝から元気になったよな」
「え!?」
「ここ三ヶ月、なんか朝からずっと浮かない顔をしていたけど、今朝は以前みたいに元気な顔になっていた。……以前よりもさらに元気かな?」
そう言われると……。
いや、間違いない。
朝から有名なパンケーキを食べた。それも要因の一つだが、最大の理由は……。
シュガーの待ち受け画面!
青山悠真が送ってくれたシュガーの可愛い顔を、スマホの待ち受け画面に設定したのだ。これを見る度に私は笑顔になる。……同時に、青山悠真のことも思い出し、自然と胸もキュンとしていた。
青山悠真のことは言わず、この猫の写真の待ち受けに元気をもらっていると、スマホの画面を見せると……。
「これでそんなに元気になれるのか!? 鈴宮はお手軽だな」
「そんな、中村先輩、ヒドイですよ~」
「冗談だよ。それで、何頼むか決まったか?」
中村先輩はカルボナーラ、私はジェノベーゼを頼んだ。
サラダを食べながら、ボージョレ・ヌーヴォーのお店はどこにするか話し合った。
系列店のお酒を扱うお店はある程度リスト化されているので、そこからボージョレ・ヌーヴォーを扱うお店となると、ある程度絞り込まれる。最終的に個室のある創作ダイニングバーに決まり、もうその場で予約を行う。
部署のメンバー20人の出席確認はメールで行い、余興を何にするか考えることになる。
「じゃあ、そのイントロクイズでいこう。あとは景品だな。参加賞と上位3名の賞品を買いに行きたいけど……、鈴宮、週末の予定は?」
「今週末ですか?」
「ああ。でも無理なら、来週でもいいぞ」
「いえ、暇人なので今週末で大丈夫です」
すると中村先輩は食後に出てきたコーヒーを飲む手を止め、不思議そうに尋ねる。
「デートしないのか?」
だが次の瞬間「ごめん。これ、セクハラになるか?」と焦っている。
「なりませんよ、別に。10年付き合った彼氏とは8月に別れたんです」
「……そうだったのか。結婚目前とか言っていたのに」
「まあ、そうですね。……浮気現場を目撃してしまって……」
会社の人に元カレのことを話すつもりはなかった。それに中村先輩と恋バナなんてしたことはなかった。第一中村先輩はおしどり夫婦として知られていたから、恋愛の話なんて興味を持っていないと思っていたのだ。
「……なるほど。そうだったのか。でも結婚した後に浮気するような男と気づくより、今、分かってよかったじゃないか」
「まあ、そうですよね」
「大丈夫だよ、鈴宮なら、きっとすぐにイイ奴が見つかるよ」
中村先輩は優しいなぁ。
ランチもご馳走してくれて、景品は週末の土曜日に買いに行くことが決まった。しかも荷物になるかもしれないからと、中村先輩が車を出してくれるというのだから、ホント、男前!
ということで昼食の後は、定時まで頑張って仕事をして、少しだけ残業し、会社を出た。
駅に着き、ホームでスマホを取り出すと、通知がいくつか届いている。
メッセージアプリを起動し、確認すると……。
「嘘……!」
思わず声が出てしまう。
だって。
青山悠真からメッセージがきている!
ドキッとして、何だろうと考えてしまう。
だって彼は芸能人で自分とは住む世界が違う人間だと思っているし、気軽に連絡をくれるような相手ではないと理解していた。シュガーの写真を送ってもらえたのは理解できるが、一体今度は何……?
「差し入れでラスクもらいました。
鈴宮さんはラスク、好き? 」
メッセージと共に、ラスクの写真が添付されていた。
友達感覚で気軽にくれた感じのメッセージだ。
添付されていたラスクの写真を見ると……。
見たことがある!
確か群馬に本店があって、銀座や新宿にもお店があった。
しかもこれ、期間限定商品! ホワイトチョコレートが片面だけコーティングされていて、ラスクのバターの風味と優しいチョコの味が絶妙なハーモニーを口の中で奏でてくれるのよね。
知っている商品だったこともあり「これ、期間限定品ですよね。とても美味しいですよ。食べたことがあります。好きですよ、このラスク」と返信を送った。
送った後、メッセージアプリの画面をガン見してしまう。
でもさすがにすぐには既読にはならない。
ということでアプリを終了させる。
まさかこんな友達みたいなメッセージのやりとりができるなんて。
夢みたいだ……。
仕事の疲れが吹き飛んだ。