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天使と最強
T県T市S町。地元の女子高生17才三堂隼夏(みどうはやな)は追い詰められていた。
夏休みの夜に若気の至りの肝試し。よくある話だ。恐怖心は何かが起こると錯覚させるが、 本当のところ何も起こるはずもない。
そのはずだった。
舞台になったのは町の外れ、草むらに囲まれた中にある三階建ての廃病院。
参加したのは同級生五人。男子二人、隼夏も含めた女子三人。
当初、隼夏に参加する気はなかった。しかし、参加する女子のうち一人が幼なじみであったこともあり一緒に来るように頼まれて参加した。
怖いから一緒に来てというやつだ。
中に入ったときには別に何も起こらなかった。何かあったのは、幽霊が出ると噂の三階隅の部屋に入ったとき。古くは患者の入院に使われていた部屋だということであったが、そこに入るやいなや、それまでとの雰囲気の違いに隼夏は気がついた。明らかに重い空気が漂う部屋に「それ」は居た。
「逃げろ!」と叫びたかった。しかし、それが声になる前に意識が遠のくのを感じた。気がついたときには床に倒れこんでいた。他の皆も同様である。
皆が意識があるのかどうか分からなかった。隼夏自身も間もなく意識を失うだろう。
白衣を纏った「それ」は少しずつこちらに近づいてくる。人のようでいて絶対にそうではない。確信だった。
このままではまずいと思いながらも、隼夏の意識は深く堕ちていった。
……
深い闇の中に、小さな光が射していた。そこを目指して歩いて行くと声が聞こえてきた。
「選ラバレシ者ヨ。目覚ヨ。彷徨エル魂ヲ救済スルコトモ、ソナタノ役目デアル」
隼夏が呆れるほど、その声は酷い片言だった。今はこんな夢を見ている場合ではないのだ。一刻も早く目覚めてあの場から逃げなくては。
「夢ではない!」
さっきと同じ声ではあるが、今度はわりとしっかりとした口調で聞こえた。
「全くさっさと起きろと言っているのに!」
声の主は今だ見えないが何か怒っているのは確かだ。
「あなた誰なの? 何なのこの夢は? 私は急いでいるのに!」
隼夏はそう問い返した。声答えて曰く、
「質問は一つずつにしたまえ。それに時間は大丈夫だ。ここには時間の概念は無い」
「じゃあ、あなたは誰なの?」
「私はこの星を神より任された者」
「神?」
「神はこの宇宙を統べる御方」
「これは夢なの?」
「夢と言えば夢だ。君は今気を失っている。その君の精神世界に私は直接問いかけているのだよ」
「さっき片言で言ってたことはどういうことなの?」
「あれは雰囲気を出したくて……まあいい。君は選ばれたのだよ。天使として」
「天使?」
「そう。天使。彷徨える魂を救済し、堕天使から人々を護る者」
「魂? 堕天使?」
「彷徨える魂は今まさに君の前にいる者だ。堕天使は……その内に出会うだろう」
「よく分かんないけど……私にその天使になれっていうの?」
「その通りだよ」
「私の意思は?」
「悪いが尊重されない。というか私にもどうすることもできないんだ。私はただのメッセンジャー。私が選んでいる訳ではないからね」
「……その天使になれば今皆を助けられる」
「ああ、全ての魂を救済できるさ。そろそろ目覚めたまえ」
隼夏はゆっくりと目を開いた。
「これが今回の依頼にあった廃病院ですよ。先生」
仲間周(なかましゅう)は16才の男子高校生。何処か頼りない見た目だと周囲からはよく言われる。
「へえ。さすがに雰囲気あるねえ」
その仲間に先生と呼ばれた男、斉木誠(さいきまこと)。ルックス良しで高身長、高収入、高学歴の3Kの揃った男だ。性格はお世辞にもいいとは言えないが、彼に対して最も特筆すべきことは別にある。
「この最強の天使である僕にとって相応しい依頼だったらいいけどね」
この斉木。自称最強の天使である。
「先生が楽しめるような霊なんて、そうそういませんよ」
「まあ、そうだろうけど。いつもそれじゃつまらないじゃないか」
斉木は準備運動とでもいうように、首を左右に動かし肩を鳴らした。
「腕がなるねえ」
「鳴らしたのは肩でしょ?」
「今回の報酬いくらだったっけ?」
「着手金500万。成功報酬でさらに500万の合計1000万ですよ」
「はっ。こんな簡単な仕事で。やめられないねえ。この家業は」
斉木は高らかに声をあげて笑った。
「先生やめて下さい。深夜ですよ。人が来てしまいます」
「それ、夜だからって問題でもなくない? さあ、そろそろ行こうかな」
斉木たちが廃病院に足を踏み入れようとしたその時だった。大きな力のうねりと共に三階の一部の壁が大きな音を立て崩れ、中から二つの影が外に向かって落ちてきた。
「先生」
「ああ、一つは人で、一つは霊だね」
「それより……」
「うん。間違いなくホーリー(聖なる力)だ」
斉木は大きくため息を吐いた。
「参ったねえ。他にも同業者を雇ってたのか? あのタヌキ爺め」
隼夏は驚いていた。
隼夏の実家は拳法道場を開いている。隼夏も昔から稽古をつけられていたため、腕には覚えがある。
だが、この力はなんだ?
目の前の幽霊を殴った。殴ったら病院の壁ごとぶち破ってしまった。
いや、自分の力のことは理解している。させられたと言ったほうが正しいだろうか。ここまでとは思っていなかったが。
隼夏の能力は聖力を打撃に込める聖拳打撃、そして聖力で肉体を強化する金剛体躯。この二つだと頭の中に流れた謎の声は言っていた。
まあ今はとにかく悪霊退治だ。あの白衣を着ている幽霊を叩きのめす。
幽霊も落ちたところから体勢を立て直してきた。あれだけの攻撃でもそこまでこたえてないようだった。
「殴りがいありそうじゃん」
隼夏は両手を胸の前に構えて臨戦体勢をとった。幽霊の両手には手術用メス。
「幽霊も凶器使うのかよ」
先に動いたのは隼夏だった。先手必勝。一撃で祓ってやる。
幽霊は右手に持ったメスを突っ込んでくる隼夏に向かって真っ直ぐに投げてきた。眼前にメスの姿が迫っても、隼夏は避けなかった。
さっきは聖力を拳に込めただけだった。だけど今度は違う。この力の本質、真髄はこの力にこそある。
金剛体躯
強化するのは筋肉による運動性能だけではない。皮膚、筋肉、骨、内臓。細胞の一つ一つに至るまで、その強度、硬度、駆動性能、柔軟性、再生速度とあらゆる面で人の限界を遥かに凌駕するレベルにまで強化する。
そんな今の隼夏に対しては、飛び道具も手に持った凶器もまるで意味をなすものではない。
放たれたメスは直前で左手で払い、幽霊の左手のメスが振り下ろされるよりも速く、隼夏の突き出した右腕は幽霊の腹部を貫いていた。
「……突き抜けちゃった……」
幽霊の腹から腕を引き抜いて除霊完了と思いきや。幽霊にはまるで堪えた様子もなかった。
「えっ?? 何で」
幽霊が構えていたメスを持った右手を振り下ろそうとしたその時、幽霊は突如爆散した。跡形もなく。
「えっ……何事?」
「ホーリーで攻撃しないからだよ。悪霊はホーリーでしか成仏させられない」
後ろからの突然の声に驚き振り向くと男が二人立っていた。
話しかけてきたのは背の高い、どこかいけすかない雰囲気の男の方らしい。
「ホーリー?」
「聖力のことです」
今度は背の低い、恐らくは年の割に若く見えるタイプの寝暗そうな男の方が口を開いた。
「先生は聖力のことをホーリーと呼びます」
「そう……聖力でも大概ダサいのに、ホーリーはもう最悪のセンスじゃない?」
「まあ、そんなに感心しなくていいじゃないか」
「いや。誰もしてないけど」
「そんなことより。自己紹介しよう。僕は斉木誠。君と同じく天使の力を持っている。ただ君と違うのは僕は最強だという点だ」
天使。自分がそうなっている以上、その存在を疑うことはできないが、まさかこうもあっさりと同じく天使に出くわすとは。しかし、恥ずかしげもなく最強を名乗るこの男。一体何者なのか。
「君の名は?」
「……三堂隼夏」
「そうか。隼夏よろしくね。こっちの彼は仲間周。僕の弟子だ」
仲間が軽く頭を下げた。しかし、この斉木という男、初対面でいきなり名前呼び捨てとは。印象は最悪だ。
「自己紹介もすんだところで、隼夏。君は誰に雇われた?」
「雇われ……何のこと?」
「君もさっきの悪霊を退治しに来たんだろ? クランケをモルモット扱いし、自らの命が尽きた後も霊となり、この廃病院に立ち入るものを切り刻む元院長の霊。まさか、君ほどの実力者が何の利害もなく霊を成仏しにはこないだろ? やっぱりここの地主のタヌキ爺かい?」
「いや。私は同級生と肝試しに来てただけだけど。この力だって変な声がして、今さっきよく分からないけど使えるようになったんだから」
そう隼夏が言ったとたん、斉木と仲間は表情を変えた。
「先生」
「ああ。隼夏。今君が言ったこと本当だよね」
「本当だけど? 本当だったらなんなの?」
それを聞いて、斉木はくすりと笑った。
「君は僕と同じオリジナルって訳だよ 」
「オリジナル? 何それ?」
「天使には2パターンあるんだ。一つは天使の血筋である者。周はそのパターンだ。もう一つは僕と君のように自分自身が力に目覚めた者。僕はこれをオリジナルと呼んでいる」
どうやらこの男は相手のことも考えずいきなり説明を始めるタイプみたいだ。自分の考えを相手も分かっているていで話されるのも実に困る。さらにこういうタイプは人の話を聞かないことが多い。隼夏はあえて詳しく聞くことをやめた。
「まあ、よく分かんないけど二つあるのね」
「そう。そして基本的にはオリジナルの方が力が強い」
「そうなんだ。つまり、私の方がそこの仲間くんより強いってこと?」
そう隼夏が尋ねると、斉木は少し考えるように視線を上に向けた。
「いや。そう簡単なものでもないんだ。僕の言っている力というのは出力のことだ。能力のことじゃない。能力の相性によっては、血統者がオリジナルに勝つこともある」
ますます隼夏の頭はこんがらがってきた。斉木は構わずに説明を続ける。
「つまり、オリジナルは自らの得た能力を100%の出力で使うことができる。が、血統者はそうではない。100に近いものもいれば70のものもいるというわけだよ」
「ちょっと待って、つまりどういうこと?」
「つまり……」
「先生。ここは私が」
仲間が会話に割って入った。
「そうか。任せるよ」
「はい。三堂さん。つまりです。天使の能力は一つではなく、様々なんです。あなたのさっき使った能力もあれば、私にも私の能力がある。そして、噛み砕いて言えば、血統者の私よりも覚醒者であるあなたの方が力を上手く扱える。先生はそうおっしゃりたいのです」
「……なるほどね。ありがと。そっちの先生よりは分かりやすかったわ」
「どういたしまして」
「ははは。流石仲間くんだ」
隼夏から見て、なぜか斉木は上機嫌だった。
「先生のご指導の賜物です」
「まあそうだろうね」
隼夏は、コイツらはいいコンビだと思った。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、私そろそろ帰るから」
隼夏は早く皆を連れて帰りたかった。妙なことに巻き込まれはしたが、解決したのであればそれでいい。これ以上遅くなって騒ぎになることの方が避けたかった。この力のことは明日目が覚めてから考えよう。隼夏はそう考えていた。
「ああ、長々とすまなかったね。でも最後にこれだけ言わせてくれ」
「何?」
「隼夏。君も私の弟子にならないか」
「嫌」
考える時間もない即答に、斉木も目を丸くしていた。
「絶対やだ」
「そうか。じゃあ仲間でいい」
「私でいいというのはどういうことですか? 先生」
「君のことじゃないよ。ややこしいな。隼夏くんに僕たちの仲間になってくれないかと言っているんだよ」
「仲間に?」
「そうだ」
隼夏は普通に嫌だったが、少し考えてみると天使とやらも能力もほぼ何も知らないことを一人で考えるよりは知っている奴らがいた方がいいかも知れないと思った。
「まあ……仲間だったら」
「そうか。じゃあ決まりだ」
あっという間に決定にされてしまった。
「いや。まだなるって言った訳じゃ……」
「ありがとう。僕たちは仲間を増やさなくちゃいけないんだ。ある目的のためにね」
全然話を聞いてはいなかった。しかし、目的とはなんなのか?
「ある目的って何?」
「ああ、仲間である君には言ってもいいだろう。殺すのさ」
これはまた穏やかではない。
「殺すって誰を」
「さあね。はっきりとは分からないけど」
殺す相手が分からないって、こいつは何を言っているんだ?
「でもまあ、僕はね」
斉木はニヤリと笑った。
「君が力に目覚めるときに聞いたという声。その声の主を殺したい」
続く