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レオンの泣き声で目が覚める。部屋の中の灯りは遠くに置いてある蝋燭だけみたい。私の後ろから伸ばされた腕が目の前のレオンの腹をくすぐったり頭を撫でたり、足を持って左右に振ったりしている。泣き止むように宥めているのかしら。
「ふふっ乳が欲しいの?おしめが汚れた?」
「起こしたか」
振り向くとハンクの顔が近くにあった。私が我が儘を言ったせいで食事もとっていないはず。あんなにめそめそして情けないわ。
「ハンクありがとう。落ち着いたわ」
私自身、お腹のむかつきは馬車酔いと思っていたし、ふと頭をよぎっても、まさかと結論づけていた。本当に身籠ったと確信したのは馬車で吐き気に襲われてから。
「レオンも付き合わせてしまったわね、ごめんなさいね」
「気にするな。こいつもよく寝てた」
私の後ろからは腹の空いた音が聞こえる。
「お腹を空かせても側にいてくれたのね」
額に口を落としてくれる。
「ああ」
「私もお腹が空いたわ」
ハンクはベルに手を伸ばしソーマを呼んだ。
「食えるか?」
「ええ、スープがいいわ」
ソーマが扉を叩きハンクが答えると開いた隙間からハロルドも確認できた。皆を待たせたかしら?ハンクは説明する時などあったかしら?
「閣下、話しました?」
いきなりライアン様を呼んで部屋に籠ってしまった。私が寝ている間、側を離れていないならハンクも寝室から出ていない。
「これからだ。ソーマ、これが身籠った、邸の者に周知させていい。ここに食事を運べ、スープを用意しろ。こいつは乳母に渡していい」
ハンクはレオンの背中の下に手を差し込んでそのまま持ち上げソーマに渡す。レオンは驚いたのか泣き止んでソーマの腕に包まれている。扉が閉まると太い腕が私に巻き付き抱き締め、大きな手は下腹を撫で温めて私に安心をくれる。
「皆驚くわね」
「ああ」
また痩せてハンクに心配させてしまうかしら。当分外には出られなくなったわね。次の夜会のシーズンに私は参加できないわ、ハンクとカイランに任せないと。
「ゾルダークに女児は生まれないの?」
この部屋に置いてある歴史書には記載がなかった。
「らしいな」
「面白いわね」
「確実じゃない。何処かで産ませていれば残らんからな。書いてないだけかもしれん」
それでもきっと少ないのね。
「吐いても離れん」
「ええ」
見せたいものではないけど、ハンクに窶れてほしくないもの。二人目なら世間に大々的に披露しなくてもいい。ディーターにも悪阻が終わってから伝えればいいわね。
ライアン医師が辞して一刻、父上とキャスリンは部屋から出てこない。少し前から執務室の扉の前で壁を背に待っていた。
レオンを抱いたソーマが父上の執務室から出てくる。
「ソーマ、事実か?」
トニーの報せを確認する。ソーマは愚図るレオンの背を撫でなから答える。
「はい」
「キャスリンの様子は?」
「悪阻が始まったようです」
想像よりも早く二人目ができたな。父上は僕に言ったことを覚えているか?戻ったばかりだ、落ち着いたら王太子のことを話さなければ。勝手に名前を使ったからな。
「外に触れは出すのか?」
「今は邸のみです」
そうか。またキャスリンに会えない日々が始まるな。レオンのときはこの時期二人は離れていたが、もう離さないだろうな。子が増えればキャスリンの意思は変わるか…
邸に戻り空色が眠って、起きたのが夜だった。目を覚ました空色はいつもの落ち着いた様子に戻り笑顔を俺に向けるが泣き腫らした目元が赤く俺を過保護にするのは仕方ないだろう。寝室に食事を運ばせたが、俺の食事の匂いが気になるらしい。食事は離れて取らないとならない。空色と湯に浸かり、体を洗って髪を乾かし二人で寝台に横になったのは夜も更けた時だった。
「俺は食堂で食べる。お前はここにいろ」
まだ腹は膨れていない。向かい合って抱き合い、空色の瞳が俺を見上げる。
「ええ、いつ吐くかわからないの。盥は近くに置かないと…」
「ああ」
寝台脇に何個も置いてある。
「ハンクが窶れては駄目よ」
「ああ」
俺の気に入りの薄い茶の髪を撫で指に巻き付ける。俺の胸に頬を擦り付け目蓋を閉じた空色は直ぐに寝息をたて意識を落とした。深く寝入るまで動かず、空色の体を温める。
今でさえこんなに細いがまた軽くなるか。巻き付けた腕を外し、掛け布で小さい体を包む。頭に口を落とし執務室へ向かう。ベルを鳴らすとソーマが顔を出す。
「奴を呼べ」
真夜中に近いが起こせばいい。ハロルドが呼びに行く間にドイルに手紙を書く。ゾルダークの印で封をしてソーマに渡す。
「報せるのですか」
「ああ、忍んで来ようとしてるはずだ。今はあれの具合がよくない」
来ても面倒なだけだ。あれが悪阻だと知れば待つだろう。
扉が叩かれハロルドと共に息子が入ってきた。俺は執務机の椅子からは動かず、ソファを指差す。
「何があった」
ハロルドとライアンの報せで大体は把握しているが聞いてやる。
「王太子と密約を交わしました」
「年寄の真似事か」
「やはり…父上は知っていましたか」
いや、知らなかったがな。年寄が死んでオットーに渡された物の中にドイルとの密約があったのを見たのが初めてだからな。あんなものあってもなくてもゾルダークが強ければ必要ない。国王の頭にその存在を置くことに意味があるんだろ。セシリスを押し付けることしか頭になかったか、国王があんなものを臣下と交わすのは悪手だがな。俺はドイルに感謝しているんだ。セシリスがいなければ空色は俺の隣にいなかった。
「ジェイドに密約の話は出すな。匂わせることも禁じる。知るのはここにいる者だけだ」
あれの子にも伝えんでいい。その密約が発動されるときは国王が狂ったときだ。そのときこの国は終焉に向かう。ゾルダークが何かしてやる義理もない。国など捨てればいい。
「アンダルも放っておけ。助けたいならお前の私財から出せ」
女の脚の腱は騎士に切らせたせいで深いとライアンの報せにはあったからな。歩けても邸の中だけだろう。
「父上、二人目だ」
覚えていたか。腹の立つ奴だ。
「そうだな」
「触れるからな」
「その度に貴様を蹴るがな」
俺の口にしたことだ、あれに怒ることはないが貴様を蹴らないとは言ってない。
「…父上、大人げない」
「いい加減諦めろ。あれは俺を選び、離れん」
「知ってる。けど諦めたら視界にも入れないだろ」
すでに入ってないと思うがな。
「ソーマ、名を考えておけ」
「父上!何故ソーマに?まさか…レオンも?」
先程まで珍しく表情がなかったが、子の名前など気にするのか。
「あれが呼びやすい名がいいと言うからな、挙げさせた中から選んだだけだ」
俺の子の名前を付けたいのか?こいつの思考はよくわからんな。
「悪阻が落ち着いたら外に触れを出せ。ディーターも同じだ」
「会わせてくれ」
「寝てる」
「顔だけでも見たいんだ」
「起こせと?」
「寝室に入れてくれればいいだろ」
それは無理な話だな。貴様に何度もあれの寝顔を見せるわけがないだろうが。
「明日だ」
手を振って奴だけ下がらせる。閉まった扉を見据える。
「奴は邪魔だな。そろそろ殺しても構わんだろ」
「旦那様、キャスリン様は嫌がりますよ」
普通に殺したらそうなるだろうが毒で弱らせていけば殺したようには見えんだろ。病気にすればいい。
「孕めなくなりますよ」
注げば孕むからな。次の子が男児なら奴の子種は失くなっていいな。
「あれは部屋に戻さん。騎士とメイドに伝えろ」