*キーンコーンカーンコーン*と聞き慣れたチャイムが学校に響き渡った。 午後4:30の光が、教室を包み込み並んだ机を反射する。
学生鞄に今日の授業で習った範囲の分の教材と、問題集を入れてカチッとチャックをする。僕がいる教室と、それに繋がる一直線の廊下には、これから帰るだろう人が今日の晩御飯やら、1週間後には始まる学年末試験の意気込みやらでがやがやとしていた。それに紛れて特別男前で安心するような声が僕の聴覚を刺激した。
「花京院、帰るぞ。」
「承太郎!今帰り支度が済んだところなんだ。君は本当にタイミングが良いな。」
「ふ、やれやれだぜ。」
伏目でほくそ笑む彼。なんだかんだいつも僕を迎えに来て、一緒に帰ってくれるこの男は空条承太郎。かつて共にしたエジプトの旅では、目的であったDIOを倒し無事全員で帰還することができた。
今ではこうして、平和に学校生活をおくることが出来ている。彼には感謝してもしきれないことでいっぱいだ。玄関前の靴箱に向かい、革靴を取り出して履いている間、その 回想にふけった。
「1月は寒いですね〜。」
すっかり暗くなった帰路の中、冷えきった手を温めようと息を吐きかける。冷たい空気の中に白い息が溶ける。空気を吸うと鼻をツンと刺す冷たさだ。学ランの上からコートを羽織り、マフラー、手袋を身につけているにもかかわらず、気を抜くと歯がガチガチと震えだしてしまう。
「花京院、そんなに着込んでやがるのにまだ寒いのか。」
やれやれ、とでも言いたげに僕の鞄を持っていない方の手を握り、承太郎は自分の着ているコートのぽっけにつっこんだ。
「君は僕より体温があったかいから、僕のぽっけより暖かいな。」
承太郎は、のほほと笑う僕を見るとふっと微笑んでくれた。
「そういえば承太郎。もうすぐ学年末だが、どうだい?いい結果を残せそうか?」
「ああ、もちろんだぜ。それにもうすぐ受験も始まるから、こうして一緒に帰れるのもあと少しだけかもな。」
「そっか。…そうだな。」
言葉が詰まってしまう。喉につっかえてわかりやすいように動揺してしまった。
「花京院…。」
「今まで君と一緒に帰っていたから、やっぱり寂しいや。承太郎、君は海外の大学へ行くんだろう?ジョースターさんと話していたのを偶然聞いたんだ。」
「……もう話も進んでるぜ。荷造りも始めてこっちの知り合いに挨拶して回ってる。俺1人じゃ心配だからと、おふくろとじじいも着いてくるみてぇだから、日本に戻ってくるのがいつになるか分からねぇ。もしかしたら戻ることもないかもしれねぇ。」
冷たい空気なのに、僕の目は熱くなり視界もぼやけた。
「本当はお前にもっと早く伝えるべきだった。すまねぇ…こんな時に言っちまって。」
「いや、いいんだ…。きっと…いつ言われたってこうなってただろうから……。」
遂には歩が止まってしまって俯くことしか出来ない僕の頭を、彼は撫でた。嗚咽してしまうほど涙が止まらない僕を、彼は抱きしめた。
彼の手は、スタープラチナで敵を力強く再起不能にしているとは思えないくらい優しくて、そんな彼に改めて惚れてしまった。
「ごめん……ごめん。堪えようとすればする程、涙が…止まらないんだ……。」
「ああ。しっかり抱き締めてやるから、すっきりするまで泣きな。」
僕は、安心して彼の腕の中で泣いて泣いて泣いた。周りに人がいなかったのもあって、泣き止んだ時にはすっきりしたんだ。
「承太郎…いよいよか。あっちに行っても頑張ってください。」
冬朝の空港。出発時間まであとちょっとしかない。
「花京院も元気にやってろよ。あとこれ。じじいからお前にだとよ。」
「こ、これは…。」
渡されたのは一枚の写真だった。
かつてエジプトの旅を共にした僕たちの写真だ。ジョースターさんが焼き増ししてくれたものらしい。
「こんなもの貰ってしまったら、また未練が残るじゃあないか。承太郎。」
涙が出そうになるのをぐっと堪えて微笑む僕に向かって彼は、
「花京院。存外、感情豊かな奴なんだな。エジプトの旅を一緒に出来てよかったぜ。」
と、僕に追い討ちをかけた。
堪えてた涙はいつの間にか頬を伝ってぽたりと落ちてった。セットした髪の毛だって、ぐしゃぐしゃにしてしまう程彼に抱きついた。それはもう駄々をこねる子供みたいに。彼は、そんな僕を払い除けることもせず、僕を抱き締めた。あの帰路の中で僕を抱き締めたように。空港だから人が沢山いたのに、そんな事気にせず僕は泣きじゃくった。というより、気にする余裕がなかったんだ。ずっと一緒にいたかった。けれども時間は待ってくれない。分かりきっているのに割り切れない。
「承太郎、行ってらっしゃい。」
「……行ってくるぜ。」
そう言うと彼はキャリーケースを転がして行ってしまった。最後の最後だというのにこちらを振り向いて手も振ってくれず、顔も見せてくれなかった。後ろ姿だけだったが、彼は確かに泣いていたんだ。いつもぽっけにつっこんでいる片手が、今は顔を覆っていたから。
「最後くらい、顔を見せてくれたっていいじゃないか。」
どこに向かって言うわけもなく、ただぼそっと呟いた。彼の大きい背中はどんどん小さくなった。
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