テラーノベル
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ロシアの優しさは、刺さった棘みたいだった。
ほんの少し触れただけで、
心のどこかがズクンと痛んで、
それを隠すために俺は、また黙る。
朝が来た。
空が白くなるのが、怖い。
今日が始まるということに、心が拒絶する。
体が動かないわけじゃない。
歩こうと思えば、歩ける。
手も動くし、言葉だって出せる。
でも、それをする理由がわからなかった。
「生きてるだけで、十分」と、誰かは言う。
でも今の俺には、それが一番の呪いだった。
ロシアが、朝食を置いていった。
味噌汁みたいな、やさしい匂いがした。
「口に合わなかったら言って」
そう言って、彼は部屋を出て行った。
食べなきゃ、とは思う。
せっかく作ってくれたし、
きっと彼は、心を込めてくれた。
──でも、
それの優しさが「重い」。
一口、飲もうとしたけど、
唇に触れた瞬間、吐き気が込み上げてきた。
まだ匂いに反応してしまう身体。
“産んでいる”はずの体が、
何も生み出してくれない。
「我は、何をしてるんだろう」
呟いた声が、自分の部屋に吸い込まれていく。
答えなんて、どこにもない。
ただ、涙が出そうになったのを、指で止めた。
泣く資格も、
怒る資格もないと思っていた。
この体が、
この心が、
この命が、
何かを傷つけた気がしてならなかった。
ロシアが、時々こちらを見てる。
遠巻きに、気を遣って、
踏み込みすぎない距離で。
我がそれを望んでると、
たぶん、思ってくれてる。
──でも本当は違う。
その距離が、苦しい。
優しい言葉が怖い。
そばにいられると、
「ちゃんとしなきゃ」って、
「期待に応えなきゃ」って、
また自分の首を締めてしまう。
声が出せない。
助けてって言えない。
黙っているのは、
甘えてるからじゃない。
ただ、
声が届かない場所に、
自分が沈んでいるだけなんだ。
夜──
ロシアが、薬を渡してくれた。
「これだけは飲んでほしい」
そう言った彼の手が、
ほんの少しだけ震えていた。
その手を見た瞬間、
何も言えなくなった。
ごめん。
ありがとう。
苦しい。
死にたい。
言葉が全部、同じ意味に聞こえた。
だから俺は、
ただ静かに、
薬を受け取った。
そして、心の中で、
繰り返し呟いた。
「生きてるだけで……ごめんなさい……ごめんなさい(泣)」
この数週間、
中国はまだ、、、やっぱり一度も笑ってない。
声も少ないし、
目が、あの頃の目じゃない。
それでも俺は、泣かないって決めてた。
俺が泣いたら、
中国が「自分のせい」だと思ってしまう気がして。
だから、
平気なふりをした。
「大丈夫」って顔を、
何回も鏡で練習した。
夜、
中国が薬を飲み終えたあと、
俺はキッチンで手を洗いながら、
静かに肩を落とした。
ふと、
あいつの布団の横に落ちていたメモが目に入った。
それは──
「我は、いなくてもいいのに」
そんなふうに書かれた、くしゃくしゃの紙切れだった。
息が止まった。
身体が震えた。
握った拳が、力で白くなる。
泣いちゃいけない。
中国の前では、絶対に。
……でも。
耐えられなかった。
胸が、詰まったみたいだった。
どうしてこんなにも、
何もしてやれなかったんだろう。
音を立てないように、
そっと、リビングの隅で膝を抱えて座った。
気づかれないように、
声を押し殺して、
ただ、涙がこぼれるままに任せた。
こんな俺じゃ、
中国を救えないのか。
“守りたい”って願ってるだけじゃ、
誰かの心には届かないのか。
「……っ、ごめん……中国」
自分の声が、喉の奥で潰れた。
「……俺が、もっと……」
涙は止まらなかった。
怖かった。
このまま中国が壊れてしまうことが。
二度と笑わなくなることが。
夜、
水を飲もうとしただけだった。
なのに、
ふと聞こえたんだ。 ロシアの“すすり泣く音”に、我 の心が止まった。
驚いた。
あの人が──泣いてる?
頭が真っ白になった。
身体が勝手に動いた。
薄暗い廊下を、足音を立てずに進んだ。
そして、
リビングの隅。
肩を震わせるロシアの背中を見た瞬間──
……何かが、胸の奥で、
「きゅっ」と音を立てて動いた。
初めてだった。
この数週間、
誰の言葉も、光も、温度も届かなかったのに。
ロシアのその姿を見て、
俺はようやく、
“悲しい”と思った。
“苦しい”と思った。
そして、
その感情は、他人のものじゃなくて、
ちゃんと自分の中にあるものだった。
気づいたら、ロシアの背中に手を伸ばしていた。
ほんの少しだけ、
その大きな背中に触れた瞬間──
ロシアが振り向いた。
目が赤くて、
びっくりした顔で、
でもすぐに、弱々しく笑った。
「……ごめんな、中国」
「泣いてるの、バレたな」
その笑顔に、
俺の目からも、
一粒の涙がこぼれた。
“あ、泣けるんだ”って思った。
ずっと、何も感じなかったのに。
痛みも、怒りも、悲しみも──
全部、戻ってくる気がした。
ゆっくりでいい。
壊れた心が、
少しずつ、
ほんの少しだけ、
コメント
3件
うおお少しずつだけどいい方向に向かってるッッ!!!