これはスラム街で産まれたある男の物語
『そんなにッ…ありがとうございます…ありがとうございます…』
最後に聞いた母親の声。
どれ程の月日が経ったのか自分にはわからない。
金に目が眩んで俺を売り飛ばした糞女。
あいつが今どうなってるかは知る由も無い
否,知りたくも無い
『奴隷番号1182,点呼の時間だ。起きろ』
聞き慣れた声に起こされ,眠気が残った体に鞭を打って起こす。
いつもの様に手首を差し出し,手錠をかけられ乱暴に引っ張られる。
痛みに耐えつつも,今日の仕事内容を聞き,作業効率を考える
どうやら今日は王から直々に依頼で,俺を含めた奴隷15人と支持者5人の計20人で,
山奥に住んでいる青鬼とやらを討伐しに行くらしい
今まで何百人もの剣士や魔法使いが討伐しに行っても全員死体で発見されるのに
たったの20人で討伐出来るとは思わない
おそらく上の奴らが俺達を必要としなくなったのだろう
生きて帰ってこれる わけがない依頼を受け持たせ,処分する。これがここの家主のやり方
気持ち悪いなと思いつつ,見慣れた点呼場に立たされる
自分の番号が呼ばれるまで下を見ていたところ,隣からぼそりと声が聞こえた
『お前,青鬼討伐隊のメンバーになったんだってなw』
嘲笑するような声が聞こえた方に少し顔を傾けると,案の定,俺をサンドバッグにしてくる奴と目が合った
『可哀想wお前はもう主様から必要とされなくなったんだなw』
『俺のサンドバッグが減るわ〜w』
と捨て台詞を残して 屋敷へ消えていった
(そっか…死んだらもう殴られなくて済むんだ…)
(死んだら楽になれる…)
そう思ったら自然と口角が上がってしまい,『何笑ってるんだ!!』と指揮官に鞭を打たれた
でもそんな生活も今日で終わり
こんなに晴れがましい気分は初めてかもしれないな
点呼が終わってから,足早に部屋に帰る
そして指定された物を鞄に詰め込み,再び手錠をかけられ集合場所まで行く
(どうせ生きて帰って来ないんだから少しは優しくしてくれよ…)
心の中でそう呟いてみるが,いつもの様な不快感は無かった
きっとこれは今日死んで解放されるからなのだろう
『これから青鬼討伐へ向かう,途中で逃げ出す様な事があればその場で爪を剥ぎ,目玉を抉り,皮を全て剥ぐ,覚悟をしておけ』
力強い声が辺り一体に鳴り響いた
それとは裏腹に出発の号令を待っている奴隷達は小刻みに震え
『死にたくない』と言いたげな顔をしていた
何故そんなに生に縋るのか
生きて帰って来たところで待っているのは地獄のみであるというのに
『それでは出発する,全員私についてこい』
門が開く鐘の音と共に俺達は動き出した
全く整備されていない山道の小枝を掻き分けながら進んで行く
草木が刺さって痛いなとか思っていたら一人の支持者が
『1182〜お前どうせ死んでも変わんねぇから俺らの盾なw』
とか言って俺を蹴り飛ばして来た
その瞬間ぐちゃりと歪な音が森に鳴り響いた
さっきまで冷んやりとしていた地面はいつの間にか生温くなり異臭を放っていた
嗅ぎ慣れた生臭さ
気持ちが悪い生温さ
きっとこれは血液なのだろうと理解したころには,自分もその気持ち悪さに包まれていた
「ぁ”………ぅ”あ“……。」
数える程しか聞いたことの無い自分の声に戸惑いながらも
やっと地獄から解放される喜びに嬉しくなり
少し口角を緩め俺は眠った
「……ぁ…?」
自分は今この状況を飲み込めずにいる
最後の記憶は,目の前に男が現れて一緒にいた奴隷や支持者を殺し
最後に俺の事も殺した
確かにあの時俺は死んだ
死んだ筈なんだ
生きてたらまた地獄が待ってる
嫌だ
絶対に嫌だ
「…ッ……。」
近くの机に置いてあった注射器を乱暴に持ち上げ首に突き刺した
でも痛みどころか出血さえしなかった
「ッぁ…?」
ゆっくりと目を開く
するとそこには,少しの痛みに耐えているような男の顔があった
「はッ!?」
思わず声が出てしまい,それと同時に注射器から手を離した
離した後男はゆっくりと体を起き上がらせ,ずぶりと注射器を手から引き抜いた
⁇ 『痛ッ…てぇ……。手刺すなんて何百年ぶりだか……』
男はへらへらとした声で手を揺らし,血を拭き取った
青いニット帽に赤マフラー,少々長めの上着の中にフォーマルな格好
恐らく俺が居た国とは違った文化の人間?なのだろう
様々な思考を巡らせながら男を見ていると
⁇ 『…?どうした?』
と聞いてくるので,さっき注射器を刺してしまったことについて謝罪?というものをしてみた
支持者が家主に対して言っていた事を見様見真似で言った言葉なのに
男は優しい顔で一言『いいよ』と言葉を発した
今までそんな表情された事がなかったものだから,何とも言えない感情になった
その感情を整理しようと頭を働かせていると,男は再び落ち着いた顔に戻りこちらに問いた
⁇ 『何でさっき注射器刺そうとしたの?』
正直何をされるかわからなかったのであまり言いたくなかったが
何故かこの男の前だと自然と口が動く
自分は奴隷であり,奴隷からも支持者からも暴力を振るわれていた事
その生活から解放されたくて青鬼討伐で死にに来た事
死ねたと思ったら何故か生きていて,また地獄が始まると思い,注射器で自決しようとした事
聞かれた事以外もペラペラと喋っていたみたいではっと口元を押さえた
今までは過去に何回か喋りすぎて瀕死になるまで殴られた経験がトラウマになって
全く喋れなかったのに,今回は口が止まらなかった
心臓が五月蝿いと感じるほど動き,身体中からは冷や汗が止まらない
小刻みに震える手をぎゅっと固く握りしめ俯く
すると男が震える手を優しく握り,『大丈夫…俺は何もしない』と言い,優しく手の甲を撫でた
段々と心臓が落ち着き始め,震えも治った頃に再び男は問いた
⁇ 『君も奴隷なんでしょ?何で同じ奴隷にも暴力を振るわれるの?』
「………」
⁇ 『無理なら大丈夫。でも俺は君にどんな事情があったとしても気にしない』
宝石の様な瞳が物語っている人間性。
美しく揺らぎがない透明感のある瞳
この男には不思議な力が働いている様にも感じる
根拠のない自信に覆われ,やがてそれが言葉になる
「親に…売り飛ばされたんです……」
⁇ 『売り飛ばされた?どこに?』
「ダイヤ家という…その辺一帯だと結構権力がある家系です…」
⁇ 『あ〜…あのセクハラ家主で有名な…』
「その家主にセクハラをされて…耐えきれずに殴ってしまったんです…」
⁇ 『ェ……』
「そしたら家主がキレてまた売り飛ばされたんです…。売られる際に有る事無い事を言われて,それが一人旅して暴力を振るっても良いって言う…共通認識になってたみたいで…」
⁇ 『………』
一通り話終え,再び沈黙の時間が訪れる
少し怖くなり俯いていると,男はゆっくりと口を開き一言
⁇ 『君は今後どうするの?』
と聞いて来た
確かに今までは家主の命令を聞き行動して,最低限の食事をして眠るという生活を繰り返していただけだから,こうして誰にも縛られない生活なんて考えた事がなかった
頭をフルで回して答えを出そうとしてみても,何一つとして出る気がしない
男も何かに気付いたかのように言葉を詰まらせた
そんな時間が数分続いたのに痺れを効かしたのか,男の上着の中から青くて丸い何かが出て来た
「……?」
その丸い生き物?は男の肩に乗り,何かを伝えていた
⁇ 『嫌だよ…また同じ道を歩む事になるんだよ?』
と男が嫌そうな顔をすると,丸い生き物は男の頬を噛んで引っ張った
しばらく丸い生き物と男の言い争い?が続き,ついに結論が出た様で
男は少し困った風に『君もここで住まない?』と提案してきた
男曰く,この館にある大きな図書館で本を読んだり,生活していけばやりたい事が見つかるかもしれないし,ここは人間がこれないから安全だからというのが理由らしい
確かにここに居たら今までの様な苦痛は無いだろうと思ったので,その提案に乗る事にした
⁇ 『ッとに……まぁ良いや。なったもんは仕方ない…』
⁇ 『俺はらっだぁ…まぁ…好きに呼んでな?君は名前なんて言うの?』
「……奴隷番号1182…?」
rd 『あ〜…そっか…奴隷だったもんな…そりゃ名前無いわ…』
rd 『ん〜…じゃぁ…ぐちつぼとかどう?』
「ぐちつぼ…?」
rd 『そう。一緒に住むんだから俺の愚痴位は聞いてくれよ?って事で,愚痴を吐き捨てる壺。略してぐちつぼ!!どう?』
「良いと思います…?」
rd 『よし決まり〜。これからよろしくな〜ぐちつぼ?』
gt 『はい…』
rd 『俺肩っ苦しいの嫌いだから敬語外して良いよ?』
gt 『わかった』
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