テラーノベル
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「おはよう。」
「おはよ。」
「おはよ〜。」
「…てか、あっつ…!二人とも暑くないの?!」
「う〜ん、暑いねぇ。」
「じゃあ、離れたら?!」
「…やだ。」
通常の講義が始まり、春休み気分がやっと抜けてきた頃。
朝の気温もだいぶ上がり、ぼくに抱きついている二人のせいもあるけど、春というにはだいぶ暑い朝を迎えていた。
人という生き物は、環境に慣れる生き物で、初めは二人に挟まれて目覚めるのが恥ずかしかったのに、今ではすっかり慣れ、朝から胸をドキドキとさせる事もなくなってきた。
暑くて身体を捩らせると、若井が離さないと言わんばかりにぎゅっと絡みついてくる。
首元に埋められた顔も更に近くなり、ふいにその唇がぼくの首筋に触れた。
…..どきんっ…!
ま、まぁ…たまには、こういう事もあるけど…!
・・・
「「「いただきまーす。」」」
今日は珍しくトーストじゃなくて、炊きたてのお米と卵、それに納豆がダイニングテーブルに並んでいた。
湯気の立つお味噌汁からは、やさしい香りがふわりと漂ってくる。
「今日はパンじゃないんだねぇ。」
納豆をくるくる混ぜながらそう言うと、若井がすかさず口を開いた。
「おれのリクエスト!納豆ご飯食べたかったんだよねー。」
そう言いながら、もう幸せそうに頬張っている。
「たまにはいいよねぇ。」
涼ちゃんは卵を割りながら、ふっと笑った。
「今日は時間なくて出来なかったけど、お米の時は、また卵焼き挑戦してみようかな〜。」
その一言で、前に出された“悲惨な卵焼き”を思い出し、思わずぼくは苦笑いを浮かべる。
(……あれはほんと、忘れられないなぁ。)
そんな空気を切り替えるみたいに、ぼくも納豆ご飯を口に運んでいると、若井が突然『そうだ!』と声を上げた。
「おれ、今日サークルの新歓あるから、帰りちょっと遅くなるわ。」
「そうなんだ。一年生、結構入ったの?」
「うーん、まあまあかな。でもさ、いい子ばっかだよ!おれが声かけて入ってくれた子も居てさー。」
胸を張って得意げに話す若井に、涼ちゃんと目を合わせて小さく笑い合った。
・・・
朝食を終えて、食器を片付け終えると、ぼくらはリュックを手に取り、玄関に集まった。
それぞれのリュックには、前にお揃いで買ったキーホルダーが付けられていて、キラリと光った。
「「「いってきます。」」」
「じゃ、行こっか。」
「うん!」
涼ちゃんは、慣れた手つきで玄関の鍵を確かめてから、穏やかに微笑んだ。
外に出ると、春の朝のやわらかな風が頬を撫でていく。
通りの桜はもう散りかけていて、地面に残った花びらを踏むたび、しゃりっと小さな音を立てた。
「よーし、今日も一日がんばるぞー!」
若井が両手を突き上げると、横で涼ちゃんが『元気だねぇ。』と笑顔を見せる。
「じゃ、遅刻しないようにダッシュする?!」
ぼくが言うと、三人同時に顔を見合わせて、なぜか笑いが込み上げた。
「そんな事言って、元貴絶対走んないやつじゃん!」
「あはっ、バレた?」
「えぇ〜、なにそれぇ。」
春の朝の空気に包まれながら、ぼくらの一日は賑やかに始まっていった。
・・・
午前中は、一限・二限と若井と同じ講義で並んで座り、眠気と戦いながら何とか乗り越えた。
お昼は、いつも通り涼ちゃんと合流して食堂で済まし、午後からは若井とは別の講義の為、『またね。』と言って三人ばらばらの方向に歩いていった。
「やっほー、もっくん。」
講義室の一番後ろの一番端っこの席に座っていると、ぼくの肩をぽんっと叩いてきた人がいた。
ぼくのことを“もっくん”と呼ぶのは、この講義の初日に隣に座ってきた人――桐山くん。
偶然、他の講義でも席が近かったことが重なって、気づけば話すようになり、大学に入って初めてできた友達と言える存在になっていた。
「あ、桐山くん。」
「隣いい?」
「うん。もちろんっ。」
ぼくがにこっと笑って答えると、桐山くんは『ありがとー』と言いながら隣に座り、ノートとタブレットを鞄から取り出した。
少しチャラそうな見た目で、雰囲気通り…なところもあるけれど、頭の回転が早くて、意外と真面目。
正直、最初は苦手かも…と思っていたのに、気づけば案外話しやすくて、自然と仲良くなっていた。
「午後って、めっちゃ眠くならん?」
「分かる。って、午前も眠かったけど。」
「あははっ、確かに。結果ずっと眠いって言うね。」
そう言いながら、桐山くんは眠気覚ましの為か、ミントタブレットをぽいっと口に放り込んだ。
そして、その流れで『いる?』と聞かれたので一つ貰ったけど、ぼくの眠気には全く効き目を発揮してくれなかった。
「えー、うそだろ。俺これないと死ぬレベルなんだけど。」
「桐山くん、体質ミント仕様なんじゃない?」
「なんだよそれ!」
くだらないやり取りに、自然と笑みがこぼれる。
一年前までは、こんな風に“大学の友達”と肩を並べて笑う自分なんて、想像も出来なかったな…と思う。
結局、午後の講義は眠気との戦い。
でも、横で時々小声で突っ込みを入れてくる桐山くんのおかげで、なんだかんだ楽しく乗り切れたのだった。
・・・
今日は、ぼくは三限で終わりだったので、四限がある桐山くんとは講義室を出たところで別れ、正面玄関へと歩いていく。
すると、前方に見慣れた青髪が揺れているのが見えて、思わず駆け足になった。
「涼ちゃんっ。」
すぐ後ろまで追いついて声を掛けると、涼ちゃんはくるっと振り向いてにこっと笑顔を向けてくれた。
「あ、元貴おつかれぇ。今日はもう終わりだっけ?」
「うん!涼ちゃんはー?」
「僕はこの後ゼミがあるんだよね。」
「…そうなんだ。ねぇ、ぼく図書室で勉強してるから、一緒に帰らない?」
若井はサークルがあるし、自分だけ先に帰るのはちょっと寂しくて、そう聞いてみると――
「え!嬉しい〜。じゃあ、ゼミが終わったら図書室に迎えに行くね。」
「ほんと?やったあ!」
涼ちゃんの笑顔が返ってきて、ぱっと顔が明るくなるのが自分でも分かった。
涼ちゃんはくすっと笑って、『じゃ、後でね』と片手を軽く振る。
それだけなのに、なんだか放課後がちょっと楽しみになった。
二時間後…
図書室の静かな空気に包まれながらノートを閉じたところで、少し早歩きで涼ちゃんが姿を現した。
「元貴、ごめ〜ん。遅くなっちゃった。」
「んーん。大丈夫!涼ちゃんお疲れ様。」
立ち上がったぼくに、涼ちゃんは少し照れたように笑って、肩をすくめる。
「ありがと。…ねぇ、このままご飯行かない?」
「え、いいの?」
「うん。頑張った後はお腹空くからさ。元貴も待たせちゃったし、ごちそうする!」
思わず顔がぱっとほころぶ。
涼ちゃんと並んで校舎を出ると、夜の空気がひんやりして心地いい。
なんだか、勉強の疲れよりもご褒美の時間が始まるようで、胸がちょっと弾んだ。
・・・
「どこ行く〜?」
「どこでもいいの?」
「うん、元貴が行きたいとこでいいよ。」
「じゃあ、ファミレス!」
「ファミレスでいいの?」
「うん!ファミレスがいい!オムライス食べたい気分!」
「いいね、オムライス〜。」
「涼ちゃんは何食べる?」
「僕?うーん…ハンバーグかなぁ。あ、でもパフェも気になるなぁ。」
「え、ずるい!ぼくもパフェ食べたい!」
「じゃあシェアしよっか。」
「やったあ!」
笑いながら歩く帰り道。
たわいない会話なのに、どうしてこんなに楽しいんだろうって、胸の奥がふわっと温かくなった。
店内に入ると、ほんのり温かい空気とお腹が空く匂いに包まれる。
奥のテーブル席に案内されて、向かい合って腰を下ろした。
メニューをぱらぱらめくる涼ちゃんが、すぐに目を輝かせてこちらを見上げる。
「ほら、元貴の好きそうなオムライス、チーズのせだって。」
「ほんとだ!これにする!」
「じゃあ僕は…やっぱりハンバーグかな。」
注文を終えると、テーブルの上に二人分の水のグラスが置かれた。
氷の音がカランと鳴る。静かなその響きに、妙に心が落ち着く。
「…なんかさ、こうして二人きりでご飯食べるの、久しぶりな気がする。」
「え、そうかな?」
「うん。最近は元貴と一緒でも、若井もいたりするからさ。」
「…あ、そっか。」
何気ない涼ちゃんの一言が、胸の奥に小さく響いた。
“二人きり”っていう響きが、ほんのり特別に感じてしまう。
料理が届いて、ふわふわの卵にスプーンを入れると、中からホカホカのケチャップライスが顔を出す。
「うっま!」
一口食べて嬉しそうに声を上げるぼくに、涼ちゃんがくすっと笑って、自分が頼んだハンバーグを口元に運ぶ。
「元貴ってご飯の食べ方可愛いよねぇ。」
「…え、なにそれ、初めて言われたんだけど!」
「なんかねぇ、ずっと見てられる。」
「やだ…恥ずかしい!見ないでっ。」
頬が赤くなるのを隠すように、オムライスをひと口頬張った。
涼ちゃんは特に悪びれもせず、ただにこにこと笑ってハンバーグをパクパクと食べている。
……ずるいなぁ。ぼくだけドキドキしてるみたいで。
やがてお皿が空っぽになって、店員さんが食後のデザートメニューを持ってきてくれた。
パフェの写真を見た瞬間、ぼくと涼ちゃんは同時に声をあげていた。
『わっ、これ!』
『だよね、気になるよね。』
『これがいい!』
『これにしよぉ!』
二人して即決で頼んで届いたチョコパフェは、思っていたよりもずっと大きくて、ガラスの器にアイスやブラウニー、ホイップがたっぷり盛られていた。
「わあ、めっちゃ美味しそう!」
「ね、これは正解だったねぇ。」
涼ちゃんがスプーンでチョコアイスをすくって、満足そうに口に運ぶ。
「ん〜、幸せ〜。」
「ちょっと、ぼくの分も残しといてよ!」
慌ててスプーンを差し込むと、涼ちゃんが笑いながらスッと器をこっちに寄せてくれる。
「ほら、いっぱい食べな〜。」
「なんか、こういうの恋人みたいじゃない?」
「“みたい”じゃなくて、恋人なんだけどぉ?」
何も考えずふと口にした言葉に返ってきた涼ちゃんの声。
その瞬間、頬が一気に熱くなっていくのを感じた。
(そっか…ぼく達…恋人、なんだよね。)
もちろん忘れている訳じゃない。
でも、涼ちゃんの事を“好き”だと気付く前は、大切な友達で優しいお兄ちゃんみたいな存在で。
だからこそ、こうして“恋人”という言葉を意識すると、胸がぎゅっとして恥ずかしくなってしまうのだ。
テーブルの上に広がるパフェの甘い香りよりも、
“恋人”というたった一言の方がずっと甘くて。
居心地のいい空気が、くすぐったいくらいにぼくを包み込む。
甘い空気に耐えきれず、誤魔化すみたいにスプーンを運んで、パクパクとチョコパフェを口に詰め込んでいく。
そんなぼくの心情を知ってか知らずか…
涼ちゃんはただ優しく見つめて、『 美味しいねぇ。』と、柔らかく笑った。
その笑顔が、口の中のパフェよりも甘くて。
胸の奥までとろけていくような気がした。
・・・
ファミレスを出ると、春の夜風がふわりと頬を撫でていった。
ネオンの光と人のざわめきの中で、さっきまでの甘い空気を引きずったまま、隣を歩く涼ちゃんをちらりと盗み見る。
「…あのさ。」
小さく声をかけると、涼ちゃんは『ん?』と首を傾げてぼくを見た。
恥ずかしくて視線を逸らしながら、そっと涼ちゃんの手に自分の指先を触れさせる。
すると、涼ちゃんは何も言わずに、そのまま自然にぼくの手を握ってくれた。
指と指が絡む。
“恋人繋ぎ”。
あたたかい温度が、掌いっぱいに広がっていく。
「…んふふ。なんか、まだドキドキするね。」
そう笑うと、涼ちゃんはぼくの髪をふわっと撫でて、『ずっとドキドキさせたいなぁ。』と、少し照れくさそうに言った。
「なにそれ、反則…!」
思わず顔を隠すように肩に額を寄せると、涼ちゃんがくすっと笑って、繋いだ手をぶんぶんと揺らしてきた。
「ほら、もっとぎゅってして?」
「…もうっ、子どもみたい。」
そう口では言いながらも、ぎゅっと握り返す。
すると涼ちゃんは満足そうに笑って、『えへへ、やっぱり可愛いなぁ。』なんて言うから――また恥ずかしくなって、ぼくは思わず笑いながら涼ちゃんの腕を軽く小突いた。
そのまま他愛ない話をしながら歩く。
二人で笑って、また手をぎゅっとして――そんな夜の帰り道が、なんだかすごく愛おしくて。
流れる夜の風も、ふたりの距離を邪魔するどころか、柔らかく包んでくれているみたいだった。
コメント
2件
桐山さんだー!!😆︎💕︎ 起きたらこれ見るのが最近の日課です('ᵕ' )