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小川の流れは、想像していたよりもずっと緩やかなものであった。
相変わらず、川面に叩きつけるような大雨が振っているのだが、その割には水の濁りも少なく漂流物も殆(ほとん)ど無い事にナッキは驚いていた。
川底に生えている水草も見た事も無い美しい種類だったし、何よりも川縁(かわべり)が土ではなく、様々な大きさの石や岩を組み合わせたように並んだ、なんとも不思議なものだったからだ。
只、泳ぐのは格段に楽になって、ほっとしたからなのだろうか、ナッキは急に酷い疲労を感じ同時に強烈な睡魔にも襲われていた。
小川に入ってから、かなりの距離を泳いで来たが、川底には小さな砂利が薄く堆積しているだけで、掴んで眠れる石や枝は勿論、身を潜ませるのに丁度良い砂利も見つける事が出来無いままであった。
ナッキはもうフラフラで、今にも眠ってしまいそうになっていたが、目の前に変なものを見つけたお蔭で、何とか正気を保つ事が出来たのである。
ナッキの右側の川縁に、ぽっかりと空いた洞窟の入り口が見えたのだ。
洞窟の空いた川縁の上に視線を移すと、ぎゅうぎゅうに詰まった藪が壁のようにそそり立っているのが見て取れた。
――――しめた! 学校で教えてもらった話通りの避難所じゃないかぁっ!
避難所、数日前に学校の授業で教えて貰ったばかりの知識であった。
丁度、その日から降り始めた雨が長引き、更に激しくなる事を危惧した、教師役の鮒が、念の為にと前置きしてから説明してくれた幾つかの条件の内、今ナッキの目の前にある景色と寸分違わない物があった。
曰く、
『万が一、水流に抗えずに見知らぬ場所まで流された時は、慌てて動き回るよりも、その場で留まって天候が回復するまで体力を温存した方が安全な場合が多い、注意深く探せば案外、身を守れる避難場所と言う物は随所にあるんだぞ? いつも言っている砂利の無い場所だったら、大きな岩の下流側とか、段差の下段だったら上流に向かって最奥、滝つぼと言うんだが、これらは総じて水流が弱いものなんだぞ? 他にも水草や葦(あし)の群生地に身を潜める事でも、随分体力を温存できるだろう! とは言え理想を言えば――――』
そう言った後、教師役の鮒は間違いなく言った筈である。
『川の本流に交差するように開いた横穴があれば最高なんだがな、溝でも良いが一番良いのは横穴、洞窟だ! 雨の影響が減るのは勿論だが、当然水の流れる勢いも減るからな、洞窟の上部、地上に木や大きな草が生えていれば尚良い! 大概の場合、洞窟内に根や地下茎があるから掴んで寝る事も可能だからだぞ!』
ナッキは思った。
――――この洞窟の中に入って、もしこの植物たちの根っこが伸びていたら、そこに掴まって休む事が出来るぞ、この夜を生き延びられれば、明るくなれば…… 皆の居る川に帰れるかもしれないっ! やった、ツいてるじゃないかぁ!
頭部にダメージを受け、どこだか判らない場所に流されている時点で、ツいているかどうかは微妙だろうが、割とポジティブな思考に偏りがちなナッキがそう思ったのなら仕方がないことであろう。
迷う事無く、洞窟に飛び込むナッキの姿には、一切の迷いを見つける事が出来なかった。