叶が出ていった後、俺は1人になった部屋で布団から体を出して、窓の方に近づいた。
窓から見える海の方を見ると、何かを持ちながら暗い浜辺の方へゆっくりと歩く叶の後ろ姿が見えた。
どこか叶の背中が弱々しく見えた。
はぁー、どうするか。
俺は夜の公園の匂いを思い出していた。
しょうがないな。
あいつを見かけといてほっとくわけにはいかない。
赤いワンポイントのジャージを羽織って、スマホをズボンのポケットに入れ部屋のドアを開いた。
「さみぃな」
昼は暑かったといえ、夜は一気に冷え込む。もう、一枚何か着てくればよかったなと思いつつあいつの行った浜辺に向かった。
辺りに電灯などの光は無く、月灯りとスマホのライトだけが唯一の光だった。
その光を頼りに歩いた。
足先は、既に冷え切って冷たくなっていた。
暗い道を一人で歩いていると、あの夜を思い出す。
あの夜を忘れることはないだろう。泣き出す親友の声も虫の鳴き声も。帰った後の冷たい玄関も静かな布団の中も。
そんなことを思い出しているうちに、あいつの向かった浜辺についた。
辺りを見渡しても人気はなく、昼のような騒がしさも明るさもない。
海の方へ近づき目を凝らすと、月明かりに照らされながら流木に座って何かをしている人影を見つけた。
あいつだ。
一息吐いてから、人影の方に近づくと、砂の沈む音が聞こえたのか、ゆっくりと振り返り俺の顔を薄目で見た。
後一歩の距離で歩みを止めると、あいつは俺に気づいたようで「葛葉」と名前を呼んだ。
首を傾け「どうしたの」と何もおかしいことが無いように俺に落ち着いた声で問いかけた。
俺はその問いかけが誤魔化しだってことに気づいていた。
「お前こそ、こんな時間に何してる。」
「何って、、寝付けなかったから散歩でもって、」
「じゃあ、お前の右手にあるもんはなんだ」
そう言うと、叶は少し困ったような顔をして黙った。
言い訳しないのかよ。
「はは、あー、葛葉にはバレたくなかったのになぁ」
そう言って、眉を八の字にして柔らかく笑った
叶の右手にあったものは、煙草だった。
正直心中では、かなり驚いたがすぐに冷静さを取り戻して、あたかも「知っていた」ように振舞った。
たまに、叶から香水や柔軟剤とは違う匂いがしたことがあった。
しかし、特に深堀もせず気にとめなかった。
どこかで嗅いだことがあるような匂いで、でも、「優等生」「叶」としての印象が強く結びつくことがなかった。
「半分そこあけろ」
叶の座っている流木を指差して言うと、半分ほど横にずれ俺の座る場所を作った。
静まり返った暗い夜の中、波の音が沈黙をかき消すように流れた。
まるで、俺と叶しか世界にいないようだった。
「聞かないの?」
先に口を開いたのは叶だった。
俺が叶の方を向くと叶は、無言で口に煙を運んだ。
「聞いてもいいのかよ」
「優しいねくーちゃん」
「優しくねーし、その呼び方やめろ」
ふふっと叶が軽く笑って「ごめん」と謝った。
「で、こんな夜中に何してんの元優等生」
そう言うと、叶は煙草を持った右手を前に突き出し煙の流れを懐かしい思い出を見るような目で追った。
「葛葉が聞きたいのは煙草のこと?それとも、こんな時間まで起きていること?その他のこと?」
「どれでもない。お前の話したいことが聞きたいのかもな」
海風が砂をさらし、あいつの少し長い髪を遊ばせた。「かもって」そう笑うと叶は、前を向いた。
「この煙草の事は、葛葉には秘密にしておこうと思ったんだ」
そう言って、煙草を口に近づけ煙を肺に入れる。
「お前の母親煙草吸ってたっけ」
そう言うと、叶は首を左右に振った。
「煙草を吸ってたのは、前の父さん」
「そうか」
「もう、父さんがいなくなってからこんなに時間は経ったのに父さんの吸っていた煙の匂いが頭に残ってる。」
叶が目を閉じる。何かを思い出すように。
「匂いが頭から離れないんだ。」
「ふーん」
適当な相槌を打つ、きっとこれが正しい。
「ねぇ、葛葉知ってる?」
叶から吐き出される煙を横目で見ていた。
「匂いって記憶の中で一番残るらしいよ」
落ち着いた声に寂しさが混じっていた。
「じゃあ、俺もお前の匂いが忘れられなくなるんだろうな」
叶の顔を見ると、少し嬉しそうな柔らかい表情で俺の方を見ていた。
「そうかもね」
「ねぇ、ちょっと海に近づいてみない?」
「危ないぞ」
「ちょっとくらいなら、大丈夫だよ」
俺の腕を持ち、海の方へ引っ張って歩いた。
「ねぇ、葛葉も言ったら?」
俺の腕を離し、俺の方に身体を向け視線を送った。
「僕、葛葉が思ってるよりも葛葉のことわかってるんだよ」
「何の事だよ」
心当たりが何も無かった。
そんなことよりも、叶の話を聞きたかった。
叶は、俺を無視して続ける。
「たとえばだけど、葛葉家族とあんま仲良くないでしょ」
一瞬時が止まったようだった。
空気がピンと張り、波の音も風の匂いも全てなくなって、何も無い白い部屋に入ったようだった。
そのせいで言い訳するのが遅れた。
「そんなはずないだろ」
家族の事は、誰にも叶にも話したことはなかった。
「嘘、今一瞬空白があったし、目を背けた」
叶には、何もかも筒抜けな気がした。
何もかも見られているような瞳をしていた。
叶の方に視線を戻すと、叶は海の方に振り返っていた。
「いいよ。隠さなくて、僕も隠すのやめるし」
小さいけれど、確かな声で言った。
無意識に叶の腕を掴んだ。
叶がどこかに行ってしまう気がした。
「なんだ、隠してるって。お前は何を隠してんだよ。」
俺の表情を見て叶は、顔を緩めた。
「僕さ、
本当は気づいてたんだ早い段階で、葛葉が多分家族と仲良くないんだなってこと。
なんで気づいたかわかる?
気づいたのは、葛葉のお母さんと何回か話した時だったんだ。
葛葉のお母さんさ、僕と話す時、僕が質問すると大体のことに細かく丁寧に答えてくれるんだけどさ、葛葉の話題になると急に饒舌じゃなくなるんだよね。
なんとなくぎこちないっていうか。
最初は、自分の息子の話をするのが恥ずかしいのか、別の話をしたいからなのかなーって思ってたんだけどね。
話すのは、葛葉のお兄さんの話が多くて、僕は葛葉の友達なのにさ、そこでも少し違和感を感じた。
前にさ、1回葛葉の家に遊びに行った時あったじゃん。
その時に、僕の予想が本物になった。
僕、ゲームの途中にトイレ借りたじゃん。
その時に、下の階に降りて玄関とかリビングがチラッと見えた時に、いくつか家族写真があったんだけどさ、、ふふっ、もうわかったみたいな顔してるね。
多分葛葉の思ってる通りだよ。
写真の中に葛葉の写真だけなかったの。
それっておかしいじゃん。お兄さんの写真はいくつかあるのに、葛葉のだけないって、不思議に思った。
それで、その何日か後に葛葉がふわくんとかイブちゃんと遊びに行った日を狙って葛葉の家に行ったの。
葛葉のお母さんに、葛葉くんと遊ぼうと思って迎えに来たんですけど居ますかー?って
ごめん、こんな探るようなことして。
そしたら、葛葉のお母さんが出てきて、葛葉なら今出ていったって教えてくれた。
そしたら
「ごめんなさいね、叶君。わざわざ来てくれたのに」
「いえ、大丈夫です。僕も唐突に来たものですから」
「ほんと、あの子ったら。いつまで経ってもあんな感じで、嫌になるわ。不良みたいな子とばかり遊んで、お兄ちゃんみたいにいい子だったら良かっ、、、ごめんなさいね。こんな話。聞きたくないわよね。じゃあ、葛葉が帰ったら叶君のこと言っておくわね。じゃあ、気おつけて」
ってさ、何も言い返せなかったけど、内心葛葉のことを悪く言われてた感じがして多少はイラついてたかも。
まぁ、こんな感じでさ、そうかなーって思っただけだよ。勝手な僕の憶測、
ごめん、こんな時にこんな話
嫌な気持ちにさせたなら謝る」
叶は、淡々と俺でもわかるように説明した。
俺は、なんとも言えない、暗い気分になっていた。
「……そ、か」
俺の表情に気づいたのであろう叶が、やってしまったという顔をした。
「ごめん」
叶が頭を下げた。
「いーよ。別に隠してたわけでもないし」
言葉ではそう言ったけれど、本当は隠していたかったのかもしれねぇな。
あー。なんか、今、今なら、なんでも聞けるかも
「ううん、ほんとごめん」
頭を下げ続ける叶を見た。
「じゃあ、教えろよ。お前の全て」
ぶっきらぼうな言葉で言い方でそう言った。
叶は、ゆっくりと頭をあげた。
「わかった、それで許してくれるなら、いいよ。けど、、」
___友達でいてくれる?
まだ漢字も書けないような、小さい子供のように不安げな声でそう言った。
叶は、今にも消えそうだった。
「あぁ、友達でいてやるよ」
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作者 黒猫🐈⬛
「笑顔の裏側」
第6話 小さな子供
※この物語は、本人様に関係ありません
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続く。
コメント
14件
続きっていつになりますか、?
あ"あ"ああああ! ありがとうございます。なぜあなたの文章はここまで私に刺さるのか