ようやく自分の出番だと、嬉しそうな表情で一歩前に出た矢颪。
そんな彼の横を通りながら、無陀野は静かに声をかける。
“もうすぐ戦闘部隊が来るから、それまで持ち堪えろ”
“倒そうなんて考えるな”
人によっては支えになる言葉かもしれない。
だが矢颪にとっては真逆の効果をもたらすものだった。
表情からも、纏う空気からも、矢颪の大きな怒りのエネルギーを感じる。
彼の能力は、そのエネルギーを原動力として発動する。
それを分かった上での発言に、鳴海と並木度は改めて無陀野の凄さを実感した。
「(個々に合わせた”乗せ方”が上手いな…)」
「(さすが無人くん…!碇ちゃんのこと分かってる!)」
2人の想いを知ってか知らずか、無陀野は淀川の時と同様、並木度にも視線を送った。
矢颪を含めた教え子たちを彼に預け、自身は練馬の隊長の元へと足を向ける。
と、その途中で鳴海の傍へ来ると、耳元に口を寄せた。
「あいつは恐らく無傷というわけにはいかない。」
「! ……うん。」
「でもあいつは死なない。お前がいるからな。」
「任せて!いざとなったら俺がやるから!」
「…いい表情だ。」
「わ、褒められちゃった!」
「お前が出てもいいが万が一、危ないと思ったらすぐに連絡しろ。いいな?」
「分かった。」
真剣な目で言葉を返す鳴海を満足そうに見やってから、無陀野は月詠と向かい合った。
そしてここではお互いやりにくいだろうと、場所を更に地下へと移すのだった。
月詠と共に無陀野が姿を消すと、桜介のイライラは全て矢颪へと向いた。
相手の攻撃に備えて矢颪も血を解放するが、今回出てきたのは双剣。
遠距離型である無陀野の技との相性は最悪だ。
何とか近づかなければと考えていた矢颪だったが、次の瞬間彼の眼前に桜介が迫っていた。
双剣で応戦するものの、その圧倒的体術センスに全く太刀打ちできない。
殴り飛ばされ壁に激突した矢颪に追加で蹴りを喰らわせると、桜介はつまらなそうに声をかける。
「弱すぎて笑えねぇぞ?なんで出しゃばった?派手好きの目立ちたがりか?俺はお前みたいなクソつまんねぇ雑魚が…大嫌いなんだよ。死ね。爪見てる方が面白ぇわ。」
「碇ちゃん、起きて!!」
「おっ、そうだ!鳴海がいんだった。おい、こっち来て俺の相手しろよ!」
「ヤダよ!俺NTRなんか希望してない!!」
「夜の方を言ってんじゃねぇよ。その体格から見てお前も多少は戦えるだろ。」
「尚更嫌なんだが!?」
矢颪のことを血の兵士に任せ、悠々と鳴海の方へ歩いてくる桜介。
彼の背後では、兵士の放った弓矢が一直線に矢颪へと向かって行く。
「(さすがに助けないと…!桜介は今、鳴海さんに気を取られてる。今なら行ける!)」
そう判断した並木度は、鳴海へ少し視線を向けてから矢颪の元へ駆け寄ろうとする。
だがその時…
突然血の兵士が消し飛び、辺りにもの凄い風が吹き荒れた。
「うわっ…!」
「(なんだ?)…鳴海、平気か?」
「へっ?あ、う、うん…おいどさくさに紛れて俺のたわわな胸を揉むな」
驚く鳴海を突風から守るように、桜介は自分の方へ少し抱き寄せた。
しかしどさくさに紛れて胸を揉んでくる桜介から離れようと腕を突っぱる鳴海。
そんな彼に”下がってろ”と告げ、桜介は視線を矢颪のいる方へ向けた。
しかしさっきまでいた場所に彼の姿はない。
唖然とする桜介に、不意に上から声がかかった。
「おい、楽しみてぇんだろ?躍らせてやるよ。」
「ははは!いいじゃんか!爪見るより面白ぇかもなぁ!」
桜介が見上げた先には、背中に生えた血の翼で飛んでいる矢颪がいた。
本日最後の血蝕解放で出た大きな血の翼に、矢颪は”大当たりだ”と興奮気味に叫ぶ。
その空気を察したのか、敵対する桜介もまた嬉しそうに再び戦いへと身を投じた。
桜介が繰り出す無数の兵士たちを、無数の血の羽で吹き飛ばす矢颪。
先程までのやられっぷりが嘘のように、彼は副隊長相手に善戦していた。
そんな中、無数の弓矢を避けながら桜介自身に狙いを定めた矢颪は、今までいた空中から地上の方へと高度を下げる。
しかしその機会を見逃すことなく、桜介は地面に手をつき龍を作り出すと、そのまま矢颪の左翼を食い千切らせた。
片側の翼を失った彼の体はコントロールが効かなくなり、もの凄いスピードで真っ逆さまに落下していく。
「まずい!翼が片方潰れた!落ちるぞ!」
「(間に合え!)鳴海さん、準備を!」
「おう!」
「はは!恥じなくていいぜ!結構楽しめたよ!殺し合いで人生の幕を閉じる!最高に幸せな死に方だろ?羨ましいぜ!」
重傷を負った矢颪のため助けに入る並木度と、治療の体制を整える鳴海。
だが彼は諦めていなかった。
体内の血液を残った右翼に注ぎ込み、大きな片翼を作る。
そして突如体を回転させたかと思うと、再び辺りに突風が吹き荒れた。
鳴海は咄嗟に自分含めた仲間が巻き込まれないよう自身の血で壁を作った。
矢颪が捨て身の覚悟で作り出した強大な竜巻は血の兵士を吹き飛ばし、本体である桜介の骨という骨を粉々に砕いた。
鼓膜が破れ、あらゆる場所から血を流し白目をむいている桜介は、それからピクリとも動かなかった。
「かっ…勝った!碇ちゃん勝った!」
「まずい…!」
「大丈夫ですか!?」
「いや…かなりマズイ…左腕は辛うじて繋がってる状態だ…鳴海、どうですか?」
「そうだね…左腕はもちろんだけど、そもそも血を失い過ぎだよ。すぐに輸血しないとマジぽっくり逝く」
今度こそ本当に落下してきた矢颪を受け止めた並木度は、遊摺部からの問いかけに眉根を寄せる。
駆け寄って来た鳴海にバトンパスすれば、左腕の損傷と大量失血という診断が下された。
以前一ノ瀬や屏風ヶ浦にしたように、鳴海はすぐに矢颪に対して輸血を開始した。
「これ、予備のやつだけど…碇ちゃん、大丈夫だからね。すぐ治すから…!」
「うっ…」
「ここじゃ鳴海先輩が落ち着いて治療できない。医療部隊の所に運ぼう。周りに桃がいないか調べる。……クソ…」
「どーしたんですか?」
「大勢の桃が向かってきてる。」
「鬼の戦闘部隊は来ないんですか?」
「多分足止め喰らってるんだと思うよ。とにかく行こう!鳴海さん、矢颪君が動かせる状態になったら教えください」
「OK!」
それから数分のうちに鳴海が応急処置を施し、一行は移動のため準備を始める。
そんな中で鳴海は、静かに桜介の元へ向かった。
矢颪による最初の突風騒ぎの時、彼は何の躊躇いもなく鳴海を守り、気遣う言葉をかけてきた。
もちろん、大切な生徒をあそこまで傷つけた桃太郎であることは間違いない。
しかし彼からは深夜ほどの邪悪さを感じないのだ。単純に”超”がつくほどの戦闘狂なだけ。
一応顔見知りだし鳴海はついでに昔借りた恩を返すことにした。
「…さっきはありがと桜介くん。これであの時の貸しは無しだからね」
桜介の破れた鼓膜を能力で治すと、鳴海は少し笑みを向けながらそう告げた。
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