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【番外編1】
―― とある日
最終の冒険者がランドを後にして、暗闇に包まれた荒野の事務所前で伸びをしたロディアは、散歩がてら連れていたウルフ二頭の頭を撫でた。
苦行のような毎日ではあるものの、能力やスキルは驚くほど進歩しているのが手に取るようにわかり、冒険者として確実にステップアップしている実感を手のひらに確かめつつ息を吹きかけた。
「お疲れさまです、ロディアさん。中でミアさんがお食事を用意してくれていますから、先に召し上がっていてください」
タイミングよく事務所から出てきたフレアが声を掛けた。
「フレアさんは一緒に召し上がらないのですか?」
「私は少しだけ厩舎に用事がありますので、先に食べていてください」
「でしたら私も。この子たちを戻しますので一緒に参りましょう」
「そうですか?」というフレアと連れ立って夜の荒野を歩くことになったロディアは、なんだか珍しい組み合わせですねと笑った。フレアは嬉しそうに頷き、そういえばと何かを思い出して質問した。
「以前から聞いてみたかったんです。ロディアさんはどうして遠方からウチへ?」
「どこから話せば良いでしょうか。もとより私と兄は、エターナルを見てみたいと思い立ち、ゼピアを目指して旅を続けて参りました。しかしちょうどロベックに滞在していた頃でしょうか、ダンジョンが消失したとの噂が聞こえてきまして……。信じられませんでしたが、せっかくここまできたのですし、ダンジョンがあった街の姿くらいは見てやろうと思いまして」
「あれ、なのにどうしてお仕事を?」
「お恥ずかしい話なのですが、実は以前に、お兄様にお金の管理を任せたことがありまして。案の定、騙されて旅のお金を盗まれてしまいました。すぐに犯人を見つけたのですが、使われてしまったお金は取り戻せず……。ということで、お金を稼ぐ必要に迫られまして」
「え゛、ちょっと待ってください。でしたら旅のお金が揃えば、お二人は出ていってしまうんですか?!」
「い、いえ、そんなことは。何より私たちは冒険者。互いに高めあえる環境に身を置くのが理想ですし、何よりここは最適な環境です(※色々な意味で)。出ていくことは考えていませんよ」
ホッと胸を撫で下ろしたフレアは、懐いて首を擦りつけてきたウルフの頭を撫でながら、無邪気に笑った。その様子を見ていたロディアは、私もせっかくの機会だからと胸に留めていた疑問をぶつけた。
「フレアさんは、いつからこちらで?」
「ええと、ここは私のお家ですから、生まれた時からずっとです。お父さんがいた頃から、ADに関する知識をこれでもかってくらいに教えてもらいました!」
「なるほど、お父様ですか……」
「そうなんです。でも少し前にモンスターをテイムしてくるって出かけたっきり。それからはずっと一人でここを切り盛りしています」
「一人で?! いや、本当に大変でしたね。……あれ、だとすると、あの男は」
青い顔でロディアを見たフレアは、モンスター厩舎に到着したことを言い訳に彼女の質問を誤魔化した。しかしさすがに見逃せず、ロディアは二頭のウルフを寝床へ戻しながら聞いた。
「前から聞きたかったことがあります。……あの男は、一体何者なのですか?」
あからさまに狼狽えたフレアは、「えーとえーと」と定まらない視線をあちこちへ向けながら後退った。事情があるのは勘付いていたが、どうしても後に引けなかった。
「未熟ではありますが、私たち兄妹も馬鹿ではありません。あの男の異常さくらいは肌で感じます。どこの何者なんですか、教えて下さい」
「ええと、ええと。……ごめんなさい、私もよく知りません」
とぼけた顔でロディアが目を見開いた。
「知らないって、あの人、オーナーなんですよね?!」
「もともとはお父さんがオーナーだったんですけど、借金が膨らんでしまって、それで……。そしたらつい先日、あの人が《ここの権利を買い取った。今日からは俺がオーナーだ。お前は黙って働け》って」
「じゃあフレアさんは、あの男が誰かもわからず強引に働かされているんですか?! そんなの横暴です、文句を言ってやりましょう!」
しかしフレアは「やめてやめて」とロディアを止めた。
「止めないでください。あの犬男、そこまで非道な奴だったとは。ギルドにも告げ口して問題にしてやりましょう」
「お願いですロディアさん、それだけはやめてください!」
意図せず必死に抵抗するフレアの様子に困惑したロディアは、見え隠れする微妙な空気を察し、眉をひそめ「本当に良いのですか?」と確認した。フレアは安心したのか、ふぅと息を吐いて本当に大丈夫ですからと頷いた。
「それにしても何者なんでしょうか。毎日昼寝ばかりしているかと思えば、ふと姿を消して何処かへ行ってしまうし。何よりもあの異様な強さですよ。兄や私を指一本で叩き伏せるなんて、初めての経験でした」
「確かにそうですねぇ。私も何度か見たことがありますけど、どこか普通じゃないっていうか」
「誰も口にしませんが、ムザイのことも裏で犬男が関係しているようですものね。もしかすると、実は有名な冒険者だったり?」
「どうなんでしょう。ところで疑問なのですが、冒険者さんて、ここの借金を補填できるほどお金持ちなのでしょうか?」
「え゛? いや、超がつく高ランク冒険者でも、ここを買い取れるほどのお金は……。だとすると、どこかの貴族でしょうか。どちらにしても普通ではなさそうですね」
柵越しにウルフの喉元を撫でたロディアは、「じゃあまた明日」とモンスターたちに手を振った。急いで用事を終えて厩舎の錠を閉めたフレアは、そろそろ戻りましょうかと話を切り上げた。
「ろ、ロディア~、こんなところにいたのかい、我が妹よ。いつまでも食事に戻ってこないから心配したじゃないか!」
外へ出るなり二人を見つけて駆け寄ってきたのはウィルだった。いつまでも事務所へ戻らない妹を心配し、探し回っていたようだったが、どちらかと言えば心配なのは兄の方ですよとロディアは笑った。
「今日の料理は、余った亀の脾臓を使ったデコレーションコーティングギチギチ汁と、甘酸っぱ草塩で蒸し焼きにした16小腸のグリペだって、ミアさんが言っていたよ。さぁさぁ、戻って早くみんなで食べよう♪」
なんですかその料理と開いた口が塞がらない二人をよそに、スキップしながらくるくる回ったウィルは、仕事の疲れも忘れて上機嫌だった。呆れてため息をついたロディアも、「何事も挑戦ですもんね」と手を叩き、急ぎましょうとフレアの手を取って走り出す。
「フレアさん、早くしないとミアさんの料理が冷めてしまいます。急いで戻りましょう!」
「待って~!」とフレアの声が荒野に響いた。
厩舎からは、モンスターたちの遠吠えも聞こえていた。