リディアが一日の業務を終え、帰ろうと馬車へ向かっている時だった。
「リディア」
声の方向へ振り返ると彼がいた。
「リュシアン様……」
「君に話したい事がある。少し時間を貰えないだろうか」
以前にも似た様な事があった気がする。
確かあの時は、友人なって欲しいとかなんとか言っていたような……。
もしかしてリュシアンは、友人が少ないのではと、ハッとした。確かに何時もエクトルと一緒にいる所しか見ない。そのエクトルも最近では多忙なのか姿を見る事がない……。きっとリュシアンは寂しいのだとあの時リディアは思った。
ただ、あれからリュシアンと友人らしい交流は一切していない。
「は、はい」
今日は何だろう。もしかして友人として交流をしたいとの相談かも知れない。
「お茶会のお誘いなら、リュシアン様なら歓迎致します」
普段社交の場を嫌っている事を彼は承知している筈だ。しかも最近は色々と遭った。故に誘いづらく悩んでいるのだとリディアは思い、気を利かせて先に伝えてみた。
「お茶会? いや、そうではないのだが……」
だが、違った。
リディアは首を傾げる。どうやらお茶会では不満らしい……友人として交流する為には、他に何かあるかしら……そんな風に悩む。
「実は、君の兄君の事なんだ」
あの場では人目が気になる事と話が長くなるだろうという理由から、リディアとリュシアンは場所を中庭へ移した。この時間中庭に人がいる事など滅多にない。
「あの、それで……兄がどうかしたんですか」
まさかディオンの話だとは思わなかった故、リディアは戸惑っていた。一体何の話なのか……悪い事だろうかと不安になる。
「回りくどく言っても仕方がない故、率直に話そう。…………君の兄君は、リディア……君を妹とは思っていない」
「え……」
衝撃過ぎてリディアは固まった。一瞬何を言われたのか理解出来なかった。ディオンが自分を妹と、延いては家族とは思っていないとはどういう事なのか……。
「リュシアン様……あの、それは一体どういった意味ですか……。兄が、私を家族ではないと……そう言っていたんですか……」
段々と語尾が弱く少し震えた。聞くのが怖いと思った。これまでのディオンの言動が頭を過ぎる。女性として見て貰えなくても構わない。妹として愛して貰えているから十分だとつい先日思っていたばかりなのに……。
まさか家族とすら思って貰えていなかったのか。やっぱり、血の繋がりがないからなのだろうか……。
(愛しているって言ってくれた言葉は嘘だったの……?)
「っ……」
リディアは、リュシアンを見遣る視界が滲むのが分かった。だが流石にこんな場所で涙を流す訳にはいかない。リュシアンの手前もあり、グッと堪えた。
「いや、少し意味合いが違う。私の言い方が悪かった」
リュシアンは咳払いをして姿勢を正す。
リディアはその様子を見守りながら、息を呑み彼の次の言葉を待った。
「彼は君を女性として見ている、と言った方が分かり易いか」
「え……」
意外な言葉に溢れそうだった涙は引っ込んだ。
(リュシアン様は、今なんと言ったの?)
頭の中で何度も何度も彼の言葉を復唱した。
(女性として見ている? 誰が? 誰を? ディオンが? 私を?)
「私は気付いてしまったんだ……彼が君を見る目は、妹を見る様な目ではなかった。あれは、異性を女を見る情欲を孕んだ目だ。今までの言動から考えてもそれなら、合点がいく」
最後の辺りは何の話か理解出来ないが、彼の口振りからして憶測なのだとは分かった。
だがリディアの身体が、心が震えた。もしリュシアンの言っている事が事実なら……。
「リディア……。気持ちは分かる。例え血の繋がりがなくとも兄と慕っていた彼が、妹である自分の事をそんな目で見ていたなどと……不気味に感じるだろう。これまで兄の顔をして君を騙していたなど、君への酷い裏切りだ。到底赦せる話ではない。……君に知らせるべきか、私も随分と悩んだ。だがそれでも、やはり君には知っておいて貰いたかったんだ」
俯き身体を小さく振るわすリディアの肩に、まるで慰めるようにリュシアンは優しく触れてくる。
「リディア、今は気持ちが混乱して、さぞ辛いだろう。だが、心配はいらない。君には、私がついている。屋敷に帰りたくないなら、エルディー家へ来るといい。君さえ良ければずっといてくれて構わない。……そうだ。なんなら、私と結婚して妻になればいい。そうだ、それが君の為だ!」
まるで良案だと言わんばかりの物言いだった。
掴まれている肩に段々と力が加わり、少し痛い。
リディアは恐れ恐る顔を上げた。するとリュシアンはかなり興奮した様子に見えた。これまでに見た事もないようなくらい満面の笑みを浮かべていた。
ディオンの話から一転して、彼は自身とリディアとの結婚についての話を始めた。
「式はいつ頃にしようか? 早い方がいいな。そうだ、明日にでも両親に報告をして、陛下にも許しを頂こう。式の日取りはそれからだな。シルヴィは驚くな。だが君と義姉妹になれると泣いて喜ぶに決まっている! 君の花嫁姿はさぞ美しいだろうな」
ーー彼が、怖い。
「リュシアン、様……一体何を仰って……」
「リディア、私は君を愛している。ずっと君を想ってきたんだ。それが、あぁ……ようやく私のモノに……」
ーー怖い……怖い、怖いっ‼︎
様子のおかしいリュシアンにリディアは恐怖を感じた。リュシアンが顔を近づけてくるのが分かり身動ぐが肩を強い力で掴まれていて逃げられない。このままでは唇が触れてしまう……そう思った瞬間だった。
「っ……何をする⁉︎」
誰かがリディアからリュシアンを引き離すと彼を突き飛ばした。リュシアンは突然の事に目を見張り呆然としていたが、直ぐに我に返ると怒りを露わにした。
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