テラーノベル
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「……ふるはうすでいず?」
冬橋の声で、鈴木の肩が止まった。
しぇるたーの事務室。
古い扇風機が回っている。
窓の外では、夕立が降り始めていた。
机の上には、霧矢が適当に買ってきたコンビニ弁当と、数枚の資料。
その中の一枚を見て、冬橋が眉を寄せる。
『祝・登録者500万人突破!』
派手な文字。
笑顔の子供たち。
真ん中には、小学生の鈴木が映っていた。
日に焼けた肌。
無邪気な笑顔。
そして、その横には。
砂鉄。
そしてもう一人。
長い髪を揺らして笑う少女。
現在、“ルージュ”として知られる女。
「懐かし〜」
霧矢が覗き込む。
「これ当時めっちゃ流行ってたッスよね」
鈴木の喉が小さく動く。
冬橋は資料を捲った。
「島で暮らす子供の日常、だったか」
「そッス」
霧矢がソファに寝転がる。
「ほのぼのキッズチャンネル。親子人気すごかったらしいッスよ」
冬橋は動画のサムネイルを見る。
《今日もチョモが大泣き!?》
《砂鉄、大爆笑!》
《感動! 三人で初めてのおつかい!》
その全部に。
鈴木がいた。
「……これ」
冬橋が煙草を咥える。
「お前か」
鈴木は答えない。
だが、沈黙が答えだった。
霧矢が笑う。
「いやでも、“チョモ”はヤバいッスね」
「笑うな」
反射だった。
部屋の空気が止まる。
鈴木自身も驚く。
“チョモ”という名前を、自分から認識したのは何年ぶりかわからなかった。
霧矢は少しだけ目を丸くする。
それから小さく笑った。
「ごめんッス」
冬橋は煙を吐く。
「本名か?」
「……本名」
鈴木は低く答えた。
「動画のネタ」
「ネタ?」
鈴木は視線を落とす。
雨音が聞こえる。
頭の奥で、昔の声が蘇った。
『今日からお前、チョモな!』
笑い声。
カメラ。
#御本人様とは一切関係ありません
🫧想美🎐🍏
561
#だけなんだ
だけなんだ
653
だけなんだ
3,529
知らない大人たち。
『珠穆朗瑪って書いてチョモランマ! ウケるだろ!?』
赤子の僕を囲んで笑っている。
鈴木の奥歯が軋む。
「……本名は、渡辺珠穆朗瑪」
霧矢が瞬きをした。
冬橋の眉が僅かに動く。
「親がつけたのか」
「視聴者参加型の企画」
鈴木は吐き捨てる。
「気づいた時にはもうそう呼ばれてた」
本当のことだった。
戸籍上の名前ですら、それだった。
島の大人たちは面白がった。
カメラの向こうの視聴者も笑った。
“チョモ”。
泣き虫で、すぐ騙されて、リアクションが面白い子供。
それが自分だった。
「動画、知らなかったんだって?」
霧矢が聞く。
鈴木は頷いた。
「撮られてることも」
冬橋が目を細める。
「親は?」
「金もらってた」
静かな声だった。
怒鳴る気力もない。
「俺ら使って」
窓を雨が叩く。
昔も、こんな雨の日だった気がした。
「ルージュは知ってた」
鈴木の声が少しだけ低くなる。
「……凛子チャンも?」
霧矢が問いかける。
鈴木は答えない。
答えられなかった。
凛子がどこまで知っていたのか。
今でもわからない。
ただ。
最後まで、凛子だけは優しかった。
『チョモ、こっち』
『大丈夫だよ』
『また泣いてるー』
笑いながら、いつも手を引いてくれた。
その記憶だけが、今でも鈴木を苦しめる。
霧矢が、ふとスマホを見た。
「あ」
「……何」
「ルージュ」
鈴木の顔が上がる。
霧矢は画面を鈴木へ向けた。
ライブ配信をしている。
画面の中で、白いウェアを着て 柔らかい笑顔を浮かべている女。
安西口紅。
人気ヨガインストラクター。
数万人の視聴者がコメントを流している。
《綺麗!》
《癒される〜》
《女神!》
鈴木の呼吸が止まりそうになる。
画面の中で、ルージュが笑った。
『みんな、今日もお疲れ様』
優しい声。
昔と同じだった。
何も変わっていない。
なのに。
鈴木の脳裏には、別の光景が焼き付いている。
崖の上から見た凛子の死体。
そして。
それを見てほくそ笑む少女。
鈴木は無意識に立ち上がっていた。
椅子が大きな音を立てる。
子供たちの声が、廊下の向こうで止まった。
冬橋が低く言う。
「落ち着け」
「……あいつ」
鈴木の指が震えている。
「普通に生きてんのかよ」
霧矢はスマホを見たまま、小さく笑った。
「人気者ッスねぇ」
その軽い声に。
鈴木は初めて、本気で霧矢を殴りたくなった。
だが。
霧矢はそこで、少しだけ真顔になる。
「でもさ」
ライブ画面を見つめたまま。
「一番怖いのって、こういう人だよね」
「……」
「何事もなかったみたいに笑える人」
鈴木は言葉を失う。
配信の中で。
ルージュは視聴者へ微笑み続けていた。
まるで。
過去なんて存在しなかったみたいに。
コメント
2件
第5話、読み終えました。子供時代の“チョモ”という呼び名、本名すらネタにされていた過去がじわじわと重くのしかかってくる構成、とても印象的でした。「一番怖いのって、こういう人だよね」という霧矢の台詞、あれは核心ですね。何事もなかったように笑うルージュの姿と、鈴木の震える指。過去が現在を縛る構造が克明で、次が気になります。