テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
35
67
44
「花斗……」
花斗は最近、癇癪を起すたびにこうやって部屋にこもってしまう。様子を見に行くと、いつもベッドの上、布団にもぐっている。
どうやら、中間反抗期というものらしい。
それにしてもまさか、大切な飛行機のおもちゃを投げるだなんて思わなかった。
壱月は寝室の扉をノックし、「花斗? ちゃんと話そうよ」とドアの向こうに語りかけている。
私は床に落ちたままになっていたおもちゃを、拾い上げた。
クリスマスパーティーで頂いた、高級そうな飛行機のおもちゃだ。
「あ……」
左翼が、ぽろっと外れてしまった。
床に投げつけられた衝撃で、折れてしまったらしい。
あんなに大切にしていたはずなのに。
壊れてしまった飛行機は、今の花斗の心のようだ。
「なあ、花斗――」
「パパはパイロットのくせに!」
壱月の問いかけに、花斗が叫ぶ。
寝室のほうを向くと、壱月がこちらに目くばせをした。
「しばらくそっとしておこう。私、これ直してくる」
「……ああ」
壱月は寝室の扉の前にそっとしゃがんで『待ち』の体勢をしてくれる。
私はそれに安堵して、接着剤を取りに向かった。
飛行機の左翼を瞬間接着剤でくっつけて、しばらく。
触れても動かないことを確認してから、私も寝室の扉を叩いた。
「花斗?」
壱月はまだ寝室の前で胡坐をかいて、花斗の返答を待っている。
「花斗、ママの話聞いてくれる?」
返答はない。
けれど、花斗が聞いていると信じて、話しかけた。
「あのね、ママね、子供の頃、アイドルになりたかったんだ」
「え!?」
大きな声で反応したのは壱月だ。
「恥ずかしいから黙って聞いてて!」
ぎろりと睨むと、「悪い」と壱月は眉間にしわを寄せた。
それで、私は続けて口を開く。
「でも、あんまりダンスが得意じゃなかったから諦めたの」
だが、相変わらず扉の向こうからの反応はない。
それでも、私は続けた。
「その後は、ケーキ屋さんになりたかったんだ。だけど、ママ、お料理下手だからなれなかった」
隣で壱月が声を殺して笑っている。
それは恥ずかしいけれど、私が話している相手は花斗だ。
今は、彼に向き合わなくては。
「だけどね、お洋服屋さんで働いて、花斗が生まれて、壱月と結婚して。今はね、とってもとっても、幸せなんだよ」
言いながら、自然に笑みがこぼれた。
そのくらい、本当に幸せなのだ。
「花斗も、今は『嫌だ』って思うかもしれない。どうして僕だけって思うかもしれない。理不尽だって思うかもしれない。でも――」
花斗に届けと、願いながら言葉を紡いでいく。
「パイロットになることだけが、幸せじゃないとママは思うの。花斗が知らないお仕事だって、まだまだたくさんある。花斗が大人になるころには、今はまだない新しいお仕事があるかもしれない。だからさ、花斗がこんなふうになりたいって思うものを見つけていこうよ。それには、ママもパパも協力する」
そう言い切ったところで、ドアノブががちゃりと動いた。
はっとして、壱月と扉の前から退く。
扉が開くと、目を真っ赤にした花斗が現れた。
むすっとした顔のままで、申し訳ない気持ちになる。同時に、頑張ったねとたくさん褒めてあげたくもなる。
私は直した飛行機を手渡して、その小さな体をぎゅっと抱きしめた。
すると、腕のなかで花斗が言う。
「ママ、あのさ――」
腕の中をみると、花斗がきょとんとこちらを見上げていた。
「――『りふじん』って、なに?」
それで、思わず腕を解く。
花斗からの問いへの回答を考えながら、「えっと……」と言葉を濁す。
ニホンゴのセツメイ、ムズカシイ……。
必死に悩みつつヘルプを出そうと壱月を見ると、彼は悲しげではあるものの、どこかほっとしたような笑顔を浮かべていた。
コメント
1件
ああ〜もうこの回ほんとに最高だった😭💕 ママが自分の夢を話して「今は幸せ」って言うところ、あったかくてじーんときたよ…。最後の「りふじんってなに?」で花斗の純粋さに思わず笑顔になっちゃった。壱月のほっとした顔も含めて、家族の空気感が優しくて大好き。朝永さんの描く親子の距離感、いつもリアルで泣ける😢✨