テラーノベル
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ありんす
981
隼人
71
99
「頼む……誰でもいいから一人くらい、世界を救いながら愛を育んでくれ……っ!」
暗闇の自室。青白いモニタの光に照らされた俺の目には、重度のクマと血走った歓喜の光が浮かんでいた。
画面に踊るのは、美しくも絶望的なCG。
崩壊する王都の瓦礫の上で、血に濡れた第一王子が、気絶した主人公(受)を愛おしそうに抱きしめている。
『――愛しているよ、レイ。世界などどうでもいい。君さえいれば、ここは二人だけの楽園だ』
画面が暗転し、血のような赤文字でデカデカと刻まれるメッセージ。
【BAD END No.108:世界崩壊(第一王子執着ルート)】
【CONGRATULATIONS! ALL ROUTES CLEARED!!】
「ハハッ……ハハハ! やった……やったぞ! 全108ルート、完全コンプリートだぁぁぁッ!!」
俺はデスクに両拳を叩きつけた。
ゲームのタイトルは、『掘られすぎて滅(※通称ほら滅)』。
中世ファンタジー風の美しい世界観と、国宝級の顔面を持つ男たちが勢揃いした超話題作のBLノベルゲーム。……ただしこのゲーム、あまりにも「愛が重すぎる」。
ドS第一王子、ヤンデレ騎士候補、マッドサイエンティスト魔導士、背徳保健医――。
登場する攻略対象(攻め)の男たちが全員、薄幸の美少年主人公・レイ(受)の虜になり、愛憎をこじらせ、泥沼の奪い合いを繰り広げた結果、どのルートに進んでも最終的に国や世界が物理的に滅びるという狂気のトチ狂ったクソゲー(最大級の誉め言葉)だった。
「1つくらい……1つくらい全員生存のハッピーエンドがあると思って3日徹夜したけど、マジで全ルートで世界が滅んだよ! なんだよ『掘られすぎて滅』ってタイトルに一切の偽りなしじゃねーか!!」
腐男子として BL(ボーイズラブ)を嗜んで久しいが、ここまで圧倒的な情報量と執着愛の暴風雨に脳を灼かれたのは初めてだった。
「でも……最高の総受けドラマだった……。全員顔が良い、全員愛が重い、全員狂ってる……尊い……解釈が深まりすぎて脳汁が止まらん……」
快感と達成感が脳内を駆け巡る。
だが、その代償はすぐにやってきた。
3日間、ほぼ不眠不休で画面にかじりついていた肉体が、限界を告げるように悲鳴を上げたのだ。
(あ、ヤバ……視界がグラグラする……)
心臓がドクンと嫌な跳ね方をした。
画面に映る『ALL ROUTES CLEARED』の文字が歪んでいく。
「待って……せめて……脳内保存した108個の神スチルを思い出して……尊さを噛み締めさせて……」
そんなオタクの願いも虚しく、俺の意識は急速に深い闇へと沈んでいった。
キーボードに突っ伏し、俺の意識が完全に途切れる寸前。
なぜか頭の中に、無駄にリアルなゲームの「死亡キャラ一覧」が駆け巡っていた。
『テウル・エクス。噛ませ犬の悪役令息。序盤で主人公にいじめを働き、第一王子に処刑(あるいは騎士団長に踏み潰される/魔導士の実験台にされる等)されて死亡』
(……なんで最後に思い出したがアイツなんだよ。不吉すぎるだろ……)
それが、現代日本における俺の最後の思考だった。
◇
「……テウル様? テウル・エクス様、お目覚めですか?」
柔らかい羽毛布団の感触と、静かな呼び声。
ゆっくりと目を開けると、天蓋付きの豪奢なベッドと、見たこともないアンティーク調の天井が視界に飛び込んできた。
身体を起こし、ベッドの脇に置かれた全身鏡に目をやる。
そこに映っていたのは――。
鋭い目つきをした、見事な銀髪の美少年。
その胸元には、幼少期から与えられているエクス子爵家の紋章。
「……は?」
俺は震える手で自分の顔を触り、そして数秒後、前世で培った腐男子としての全知識と「ほら滅」全ルートクリアの記憶が一瞬で脳内で噛み合わさった。
「うそだろ……俺、『ほら滅』開始10分で速攻退場する噛ませ犬悪役令息……テウル・エクスになってる……!?」
悲鳴のような心の声が響く。
知っている。俺はこの男の全死因を知っている。
第一王子に斬られ、騎士団長に踏み潰され、魔導士に刻まれ、魔王の巻き添えで消滅する――全108ルート中、108パターンで悲惨な末路をたどる哀しきモブ悪役。それが俺(テウル)だ。
「冗談じゃない……! 命が幾らあっても足りないぞ!?」
だが、パニックになりかけた俺の脳裏に、ふと一つの真理が舞い降りた。
『テウルが死ぬのは、主人公(レイ)に嫌がらせをして攻略対象たちの逆鱗に触れるからである』
……なら、答えは簡単だ。
「関わらなきゃいいんだ。関わらなければ殺されない!!」
レイをいじめない。攻略対象の視界に入らない。
遠く、とにかく遠くから、彼らの泥沼の総受けライフを安全圏で見守る。
「……待てよ? 全ルートを走破した俺が、特等席からあの神レベルの愛憎劇を生で観賞できるってことか……?」
恐怖が引き、代わりに前世の腐男子の血が熱く逆流し始めるのを感じた。
「決めたぞ。俺はエクス家の存続と己の生命を守り抜き――遠巻きから最高の『総受けライフ』を高みの見物してやる!!」
こうして、死亡フラグ満載のBLノベルゲームの世界で、元・腐男子の悪役令息による「絶対安全圏からの高みの見物ライフ」が幕を開けたのだった。
鏡に映る己の姿が「噛ませ犬悪役令息テウル・エクス(当時7歳)」だと理解した翌日から、俺の命懸けの「影薄化(ステルス)作戦」が始まった。
まず着手したのは、「悪役令息としての資質の徹底排除」だ。
原作のテウルは、幼少期から「エクス子爵家の跡取り」というプライドから傲慢で意地悪な性格に育ち、学園に入学する頃には立派な性格破綻者へと仕上がっていた。それが後に主人公(レイ)をいじめ、怒り狂った攻略対象たちに物理的に踏み潰される原因となる。
「傲慢さゼロ! 謙虚さ100! 挨拶と笑顔を欠かさず、屋敷のメイドや庭師にも腰低く生きる!!」
俺は毎朝、鏡に向かって「自分は空気、自分は背景」と自己暗示をかけた。
父上や母上からは「テウルは幼いのに実に落ち着いていて、礼儀正しい賢子だ」と大絶賛されたが、違うんだ父上。俺はただ、将来首を飛ばされたくない一心なんだ。
◇
そして、テウルが8歳になった年。
我がエクス子爵家に、最高の癒やしが降臨した。
弟の**ルーク**の誕生である。
「にいさま……?」
すくすくと育ち、天使のような笑顔で俺の服の裾を引っ張ってくる弟(ルーク)。
前世で独り身の腐男子だった俺にとって、この純粋無垢な弟は可愛さの極みだった。
「ルーク、良いか。世の中には『顔が良い男』がたくさんいるが、彼らが一人の美少年を巡って争い始めたら、絶対に近寄ってはいけないよ」
「にいさま、顔が良い男……?」
「そう、特に金髪の王子とか、赤髪の騎士様とかな。彼らは愛が重すぎて周囲を巻き込んで国を滅ぼす属性を持っている。我らエクス家は、彼らの半球500メートル以内には立ち入らず、遠くから『尊いな』と生温かく見守るのが家訓だ」
「……?? はい!」
訳も分からず元気に頷くルーク。天使か。
俺はルークの頭を撫でながら、改めて心に誓った。
俺が死ぬわけにはいかない。この天使(弟)とエクス家を『ほら滅』の巻き添えで滅ぼさせるわけにはいかないのだ。
◇
そうして俺は、遠巻き観賞(観察)のためのスキルと道具の調達に全力を注ぎ始めた。
まず、屋敷の庭の隅にある「もっとも日当たりが悪く、人が来ない大木のうえ」を俺の定位置(特等席)として確保。木登りのスキルを無駄に極めた。
さらに、父上におねだりして「遠くの景色が拡大して見える魔法具(双眼鏡型)」を購入してもらった。父上は「学問のための天体観測に使うのだな!」と喜んで買い与えてくれたが、ごめん父上。これは将来、学園で攻略対象たちのドロドロの愛憎劇を安全圏から高画質で観察するための光学兵器なんだ。
「ふふふ……『ほら滅』の開始(学園入学)まであと数年。俺のステルス技術と観察準備は完璧だ……!」
木の上で双眼鏡を構え、一人で不敵な笑みを浮かべる8歳のテウル。
下からそれを見上げていた弟のルークは、首をかしげながら可愛らしく呟いたのだった。
「にいさま……今日も木の上で、遠くを見ながら『尊い』って言ってる……」
コメント
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「108ルート全滅、しかも開始10分で退場する噛ませ犬かよ…!」って思わず声が出ました。でも「関わらなきゃ♡♡♡れない」って逆転の発想、めちゃくちゃ好きです。弟ルークとの会話シーンで思わず笑いました。あと、双眼鏡を「光学兵器」と称する姿勢、最高です。この先、本当に安全圏でいられるのか、むしろ巻き込まれに行くんじゃないかと期待しながら続きを待ちます!