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(別名:誰も犬とは言ってねぇ)
四季は5歳になった誕生日、父さんからピカピカの長靴を買ってもらった。
その日から、雨が降るのを今か今かと待ち侘びては、窓縁に手を掛け、足をぶらぶらとさせていた。
あんまりにも雨が降らないものだから、可哀想に思ったのか、剛志がてるてる坊主を裏返して、「これで雨が降るかもな」と笑いながらおまじないをしてくれた。
念願叶って、とうとう雨が降った。四季の知らぬ話だが、剛志は大雨でなくてよかったと胸を撫で下ろしたらしい。
四季は青いレインコートを翻し、ピカピカの長靴を履いて、るんるんと機嫌よく見知った道を跳ねるように歩いていた。
そんな中、ふと立ち止まった四季の目に映ったのは——
自分より一回り小さな半獣人の子たちが、ダンボールの中で身を寄せ合い、震えている姿だった。
——半獣人。
人の形に耳や尻尾を持ち、時に特殊な能力を秘めた者たち。
ペットのように扱われることもあれば、家族のように迎えられることもある。
けれど、中にはその力だけを搾り取られる者も少なくない。
もっとも、まだ幼い四季にはそんな事情は分からなかったが。
「なぁ、大丈夫か?」
四季は小さく首を傾げながら、ひょこりとしゃがみこんだ。
雨で冷たくなった三匹は返事をせず、ただ小刻みに震えている。
「ちょっと、がまんしてくれよ」
四季は自分よりも大きなダンボールを、よたよたと体で支えるように持ち上げると、
ずるずると引きずりながら歩き出した。
「父ちゃんー! 拾った!」
泥だらけになった四季が玄関に飛び込んできた。
父は新聞を置いて、目を丸くする。
「はあ!?……四季、お前、それ……」
「寒そうだったから!連れてきた!」
「……ったく。わかった、まずそいつら風呂に入れて温めてやれ」
「おうっ!」
嬉しそうに四季ははにかむと、ドタバタと泥だらけの体とダンボールを抱え、風呂場へと走った。しばらくして、風呂場から元気な声が響く。
「熱くないか? よしっ! おいで!」
バシャッと水音。
「親父ー! あがった! 綺麗になったぜ!」
父は苦笑して、タオルを差し出した。
「そりゃあよかった。……で、四季、そいつらどうするんだ?」
四季はタオルで顔を拭きながら、ちょっとだけ間を置いて言った。
「……飼っちゃだめか? ちゃんとお世話するからさ」
じっと見つめる優しい我が子に、剛志は一つため息を溢すと、やはり自分は親バカなのだろうと認識させられる。剛志は屈むと、四季と目を合わせ言った。
「おめぇ、そう言うと思ったぜ」
「じゃあ!」
「おう! しっかり世話してやれよ」
「うんっ!」
父の大きな手が四季の頭をくしゃっと撫でた。
「で、四季、そいつら名前はどうするんだ?」
「えっ、名前!」
四季は慌てて三匹の顔を見つめる。
それぞれがじっと見返してくる気がして、四季は首をかしげた。
「うーん……ないとにぃ、ますみにぃ、きょーやにぃ?」
自分でもどうしてその名前が浮かんだのか分からない。
でも、口にした瞬間、胸の奥がちょっとだけ温かくなった。
「……無人と真澄と京夜。これにする!」
「そうか、いい名前じゃねぇか」
四季は笑って、三匹に手を伸ばした。
「これから、よろしくな! 三人とも!」
その声に応えるように、ダンボールの中で小さく尻尾が揺れた気がした。
(別名:その日以来、外に出る時は誰か一緒。当然のことだな)
「ただいま! 無人さん、真澄さん、京夜さん!!」
玄関の扉が勢いよく開き、四季が元気に顔を出した。その声に三匹が振り返る。
各々、家内でくつろいでいたはずが、四季の声が聞こえるやいなや(足音で気づいていたが)、我が先にと四季の元へと近づいた。
「あっ、四季くん! おかえ……り!?」
おかえりのハグとばかりに抱きつこうと手を広げた、京夜が思わず言葉を詰まらせた。
「四季、その匂いはなんだ?」
いつのまにか背後に回ったのか肩に顔を覗かせ、無表情のまま、無陀野が鼻をひくつかせる。
「ちっ、てめぇ、またどこぞの犬っころに触れやがったな」
京夜の横に立つ真澄が低く唸るように言った。
四季は一瞬、きょとんとする。
「えー、ちょっとお隣さんの犬に触っただけじゃん!大げさだなあ」
京夜の目が、ゆっくりと細められる。笑っているのに、まるで獣の目だ。
「ふーん……そっか、四季くん。そういうこと言うんだ」
「四季、覚悟しろよ」
「仕置きの時間だぜぇ」
三人の間に、ピリッとした空気が走る。
「えっ、ちょっ!?」
四季が後ずさるが、もう遅い。
「おい、あのクソ犬のどこ触りやがった」
「クソ犬って! ちょっと背中撫でさせてもらっただけだって!」「ちっ」
真澄が舌打ちしながら、四季の腕をがしっと掴む。逃げようとする四季を逃さないとばかりに尻尾で半身を絡めとる。
「あっ、真澄さんっ! やめっ!!」
「こら、四季くん。いっぱい触れさせたでしょ?」
京夜が穏やかに笑いながらも、声がどこか怖い。強く握られた手は、自分達以外の匂いがついていることに不愉快なのか、京夜は自身の頬に半ば押し付けるように、撫でるように諭す。
「うっ、え!?」
「四季、どこを舐められた?」
無陀野の声が低く落ちる。
「ちょっ、待っ!」
「言え」
「言って」
三人の視線が一斉に突き刺さる。四季はたじたじになりながら答えた。
「……鼻とほっぺ、舐められた。あと、体擦り付けられたくらい……」
「へぇ」
四季の言葉に3匹の拘束がより強くなる。
「そんだけ、だって!」
四季は慌てて両手を振る。
「ちっ、そんだけだぁ!? 舐めてんのか?」
真澄が額に青筋を浮かべる。
「俺たち以外に触れさせるな。触れるな」
無陀野の声が静かに響く。
「ダノッチとまっすーの言う通りだよ。もっと危機感持ってよー」
京夜は口調こそ柔らかいが、目は笑っていない。
「危機感って、別にじゃれついただけだろ!」
四季は必死に言い訳するが、火に油を注いでいることに全く気がついていない。
その言葉に3匹がどう反応するなど側から見れば明らかであろうに。
「ほんとに馬鹿だな、てめぇは!」
「これは、躾が必要だな」
「うんうん、ほんと困ったご主人様なんだから」
三人がゆっくりと歩み寄ってくる。四季はじりじりと拘束から逃れるように後ずさるが、背後には言わずもがな無陀野がいる。彼の胸板に頭を押し付けているに過ぎないのだ。
「えっ、おい!離せ!どこ、連れて行く気だ!」
「おい! 変なとこ触んなーー!!」
四季の声が響く。その音は、まるで獣がじゃれるように甘く、そして――危うかった。
四季が抵抗する声も空しく、無陀野の腕がするりとその体を抱え込んだ。逃げようと動けば動くほど、腕の力が強まる。
3人共用のベットまで移動すると、四季を囲うように、逃がす隙すら与えないように座り込んだ。
「無人さん、離せってば!」
「……離せるわけないだろ」
無陀野の声は静かだった。けれど、その低音には微かに熱が滲んでいる。
「四季、お前のことなら匂いでわかる。どこを歩いて、誰といたか。……お前が俺たち以外に触れられたなんて、我慢できるわけないだろ」
「我慢できないのは俺も一緒だよ~」
京夜が笑いながら四季の頬に指先を滑らせた。その指の温度に、四季の肩がびくりと跳ねる。
「ちょ、近い!」
「近くないとわかんないでしょ?四季くん、どんな顔してるのか」
京夜の瞳が、真剣に細められた。その奥に、冗談ではない光が宿っている。
それだけのはずなのに、四季は幾度に渡る仕置きのせいか、腰が引ける。
「……四季」
真澄の低い声が落ちる。
「てめぇ、自分がどれだけ無防備か、わかってんのか?」
「え、な、何それ」
「俺ら以外の匂いつけて帰ってきて、何も思わねぇのかよ」
「だ、だって、犬だぞ? ただの!」
「“ただの”なんて言葉、俺の前で使うな」
真澄の手が四季の腕をぐいと掴む。指先は荒っぽいのに、触れ方はどこか優しい。まるで、自分のものだと確かめるように。
「痛っ……」
「痛くないでしょう?」
「い、痛いって!」
「そんな顔でか?」
顔を赤らめる四季の姿に、京夜がくすくすと笑い、無陀野が四季の背を撫でる。
「怖がらせるな。……四季、泣くな」
「泣いてねぇし」
「泣きそうな匂いがする」
無陀野の指が髪をかき上げ、首筋を撫でる。
その仕草はまるで“印”をつける準備のようであった。
「さて、四季くん。お仕置きの時間だよ」
「精々、身体で覚えることだな」
「俺たちのそばで、ちゃんと“しつけ”られろ」
情欲の含む瞳に見つめられ四季の思考は溶けていく。
「ちゃんと愛してあげるからね」
「しっかり、受け止めろ」
3匹の牙を瞳に写し、四季は目を閉じるのであった。
(別名:四季君への愛が重い、そんなの当たり前でしょ!)
四季と3匹が住む家は増築に増築を繰り返されどの部屋も4人で過ごせるくらいには広い。
それには理由がある。四季の父親であった一ノ瀬剛志が亡くなったのはまだ四季が10にも満たない時の話であった。
不幸の事故であり、四季はまだ自身の養父が死んだという事実に頭がついていけず、1人迷子のように取り残された。
葬式では誰が、四季を引き取るか泥沼のような押し付け合いを呆然と席に座り父を見つめる四季の横で繰り広げていた。まともな大人が1人でもいれば、そんなことにはならなかっただろうが、そこにはいなかった。養父と言った通り四季は剛志の子ではない。故に親戚とも血の繋がりなんてものはない。それも所以していただろう。
最終的に孤児院という案が出た。次に繰り広げられたのは3匹の半獣。彼らは見た目の良さから、親戚連中は我が先にと引き取ろうと手を挙げた。そんな姿に3匹は軽蔑の瞳で睨み、真澄に至っては舌打ちをしていたが。
そんな中、待ったが入った。剛志の兄が、彼らの保護者になると手を挙げたのだ。4人含めて。そこからはどうなったかは知る者は大人以外いないが、兄の計らいか、四季と3匹は家へと帰されたのであった。
という話は絶対に長くなるので今回は置いといて、その日をきっかけに四季は3匹にベッタリだったのが、よりベッタリになった。
「無人さん?どこ行くの?」
「真澄さん……邪魔しないから、横にいちゃだめ?」
「京夜さん!俺も一緒に行く」
とかとか。挙げ出したらキリがないが、1人でいることを極端に嫌がるようになった。側から見ればどちらが飼い主か、分からないぐらいに、だ。
さて、そんな困ったご主人様であるが、それに対して3匹は満更でもない。なんなら、もっと依存してくればいいとすら考えていたりする。
今回は、そんな独占欲が強い3匹と全く気がつかない四季君のお話をしよう。
さてさて、前置きが長くなったが、前記の通り彼らの家は広い。つまりだ、おはようからおやすみまで、誰か1人は四季と一緒である。まあ、大体が抜け駆けを嫌うので3人一緒であることの方が多いが。
しかし、今日は少し諸事情があったのか、四季は京夜と風呂に入っていた。もちろん、京夜は四季と2人っきりになれる少ない一時だ、四季が湯冷めしない、またはのぼせない程度には、2人で楽しく入っていた。
「んー、いい湯だった!」
「ふふ、そうだね、四季くん!」
京夜と四季は機嫌良さそうに風呂場から出る。
「四季、髪を乾かすからこっちに来い」
「ちっ、廊下濡らすんじゃねぇ」
「うん!」
無陀野の声に、忙しなくパタパタと足音を立て、彼が座る大きなソファへと行くと、無陀野の足と足の間に身体を預けるように腰を下ろした。
「ん!へへっ、無人さんの手、気持ちいい!」
「……そうか」
四季の柔らかい髪を撫でるようにタオルで、水滴を拭った。四季はその手の心地よさに目を細めた。
そんな2人とは対照的に自身の髪を乾かす京夜と、今日は当番ではないと手持ち無沙汰な真澄は2人を眺めて言った。
「もう!だのっちばっか、ずるい!」
「ああ、京夜はさっきまで一緒に風呂入ってただろうがぁ」
「それはそれだもん」
「もん、とか言うんじゃねぇ、きめぇな」
「まっすーがひどい!四季くん、慰めて!」
京夜は座る四季の横に飛び込むと、横から入り込むように抱きつく。その姿に邪魔と言わんばかりに真澄は京夜の腕を叩くと、京夜とは反対の、四季を囲む形で柔らかいソファに腰を下ろした。
「もう、2人とも喧嘩は駄目だぜ」
そんな2人に四季は、彼らの腕や手を撫でながら呆れながら言うが、無陀野により止められる。
「四季、動くな」
髪を丁寧に梳かれていた。
一時すると、もう全ての工程を終えたのか、香りを確認するように顔を寄せる無陀野に今度こそ全身を預けると、無陀野に優しく抱きしめられる。
それが開始というように、3匹は思い想いに尻尾や腕、手で四季を優しく撫で触れた。
無人は、抱きしめた四季をそのままに、尻尾を器用に動かし、四季の頬を撫でたりと戯れる。時より匂いをなすりつけるように肩や頭にぐりぐりと押し付けた。
京夜は戯れるように四季の腹を撫でる口付けを落とすと尻尾を巻きつけたりしながら、全身に匂いを移すように絡みつく。
真澄は四季の行動を妨害するように両足を尻尾で縛るように絡むと、腕や手に触れては、指の間をざらざらする舌で舐める。
「無人さんも京夜さんも真澄さんも、それ好きだね」
好き勝手に動く3匹に四季は少し困った声で言った。
「嫌だった!?」
「嫌か?」
京夜以外顔には出ていないが、尻尾が不安そうに揺れているのが四季の目に入る。
「嫌じゃねぇけど、なんか……」
「なんか?何だ、言えよ四季」
真澄は催促するように聞く。その実三匹の尻尾は四季を逃さないとばかりに絡みついている。
「ん、くすぐってぇ」
個々の尻尾の動きに笑い声を上げ、一息吐くと、三匹をそれぞれ撫でて、蕩けるような笑みで言った。
「でも、いっぱい3人に触れられて嬉しい!」
「けっ、じゃあ、もっとやっても文句はねぇよなぁ?」
「えっ、もっとしてくれんの?」
真澄の言葉に目を輝かせると、三匹に身体を委ねた。
そんな四季の姿に三匹は歓喜で心をいっぱいであった。身も心も委ねるご主人様をもっと堕とすように、優しく手を滑らせた。
「四季くん!ほんと、君はさぁ」
「四季、こっちを向け、たくさんしてやる」
「人たらしが。四季、こっちも意識しろや」
「へへっ、うん!!」
幸せそうに笑う四季は、気づいていない。
絡んだ尻尾のようにもう彼らから逃げるのは不可能であると。
(別名:果たして半獣か?)
ここに、四季だけが知らない事実がある。それは――無人も真澄も京夜も、人の姿をしていながら、犬の半獣ではない、ということ。 どちらかといえば、彼らは四季という獲物を虎視眈々と狙い、自分好みに育ててきた“狼”に近い。
……が、それは今は置いておこう。
そもそも、彼らは人に飼われずとも、自らの力で生きていける存在だ。
むしろ、出会いそのものが彼らによって仕組まれている――それが、真実だった。
けれど、その事実を四季が知ることは一生ない。
そして、おそらく知らぬままの方が幸せなのだろう。言わぬが花、とはよく言ったものだ。
三匹が四季と出会ったのは、四季がまだ幼かった頃の話だ。
歩けるようになり、外の世界を知ったばかりの四季は、父親が酒屋の準備をしている隙に、ふらりと姿を消したことがある。父親はもちろん、近所や商店街の人たちも総出で探し回った。日が暮れる頃、商店街の前でころりと眠っていた四季を見つけたときは、皆で胸をなで下ろしたものだ。――誰かがそこに運んだのは間違いない。けれど、カメラの死角で、誰の目にも映らなかったのだから、なんとも奇妙な話である。
その日、四季は小さな足をせっせと動かし、まだ見ぬ外の世界に胸を躍らせながら歩き回っていた。ふと、道沿いに古びた神社が目に留まる。風が一瞬止み、鳥の声も消えた。まるで「こっちだ」と誰かが囁いたような気がして、四季は小さな足でその境内へと入っていった。
見たことのない景色だった。人によっては寂しいと感じるだろうが、四季にとっては夢のような場所だった。苔むした石段、静かな空気、枯れ木の間に咲く季節外れの花。そして、装飾の施された屋敷が奥にそびえていた。
ふと、背後に気配を感じて振り向く。そこには――大きな耳と尻尾を生やした三人の男が立っていた。
四季は物怖じすることなく、目を輝かせて問いかける。
「だぁれ?」
無邪気な声が静寂を破る。三人はしばし互いを見やると、口の悪い男が一人、四季の視線に合わせて屈み込む。
「……あ? なんだてめぇ、どうやって入った?」
だが、四季は言葉の意味が分からず、首をこてりと傾げた。
「う?」
その仕草に、男は舌打ちを飲み込む。隣の明るい髪の男が笑いながら口を開いた。
「あれー? ここって人の出入りできなかったはずだよね?」
そう言いながら、彼は不思議そうに四季へと近づく。
そして、最後の無表情な男が、静かに問うた。
「名前は、何と言う?」
「にゃまえ?」
「ああ」
「しき!! さんしゃい!」
元気よく答える声に、三人の表情が一瞬だけ和らぐ。
「四季君って言うんだ。親はどうしたの?」
「ちっ、もしかして迷子かぁ?」
「?」
「分からないか」
「めんどくせぇ」
「もう! まっすー、そんなこと言わないの!」
明るい男がたしなめるように声を上げた。
「ま、すー?」
「ん?」
「あっ、ごめんね」
「僕は京夜。あっちの仏頂面が無人で、口が悪いのが真澄だよ」
「おい、誰が仏頂面だ」
「京夜、てめぇ、殺されてぇのか?」
「二人とも、そんな怖い顔しないのー」
四季は京夜の着物の裾を引っ張りながら確認する。
「きょーやおにぃちゃんと、ますみおにぃちゃんと、ないとおにぃちゃん?」
その瞬間、京夜が「可愛い!」と叫び、抱き上げた。四季はびっくりして、目をぱちくりさせる。
「えっ! 可愛い!! 何この子!」
「ちっ」
「どうしよ! 連れて帰りたい!!」
「京夜、四季を離せ」
「あっ、ちょっとー!」
無陀野がすぐに四季を奪い取り、優しく抱き直した。
「きめぇぞ、京夜ぁ」
「? どうした、四季?」
無陀野の無表情な声に、四季は目を輝かせて言った。
「……おにぃちゃんたち、おかお、かっこいい!」
その瞬間、三人の時が止まった。空気がふっと甘くなる。京夜が「ッッッ」と変な声を上げ、無陀野は思わず咳払いする。
「あー! ほんと可愛い!!」
「そうだな」
「けっ」
短い笑いのあと、真澄が空を仰いだ。
「……そろそろ時間だな」
「うーん、もっと一緒にいたいんだけどねー」
「商店街の方だな。ずっと四季を探してる」
遠くで鈴の音が鳴る。それは“帰れ”という合図のように聞こえた。
「おにぃちゃんたち、ばいばい? もう、あえない?」
その音に四季が不安そうに見上げる。
「そんなことないよ!」と京夜が笑う。
「すぐに会える」と無陀野が静かに言った。
「はっ、せいぜいいい子で待ってることだな」と真澄がふてくされたように呟く。
「うん!」
四季は嬉しそうに頷き、無陀野の腕の中でゆっくりと目を閉じた。
彼らはしばし、その寝顔を見つめていた。夜の風が吹き抜け、木々の間を通る鈴の音が遠くへ消えていく。
――これが、彼らの初めての出会いであり、運命の分岐点だった。けれど、まだ幼かった四季は、何も知らない。