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その日は、何も起きなかった。
電話のあとも。
帰り道も。
三人で過ごす時間も。
全部、普通だった。
「……なんだよ、まだ引きずってんのか?」
松野千冬が、少しだけ呆れたように言う。
「さっきから顔やばいぞ」
「別に」
短く返す。
でも、全然落ち着いてなんかいない。
頭の中で、あの声が何度も繰り返されている。
――まだ終わってねぇぞ
「なぁ」
三ツ谷隆が、ふと立ち止まった。
「今日はもう帰るか?」
その一言に、少しだけ救われた気がした。
(……離れない方がいい)
直感がそう言っている。
「うん」
小さく頷く。
三人で、同じ方向に歩き出す。
並んで。
距離も近くて。
今までで一番、“安全”なはずの形。
それなのに――
「……あれ?」
千冬が足を止めた。
「どうしたのは千冬」
「いや、なんか……」
周りを見渡す。
「静かすぎね?」
その言葉に、背筋が冷たくなる。
確かに。
さっきまで聞こえていたはずの音が、消えている。
車の音も。
人の声も。
風の音すら。
「……なにこれ」
小さく呟く。
違和感が、一気に膨れ上がる。
「おい、戻るぞ」
三ツ谷が低く言う。
その瞬間。
――ガタン
どこかで、何かが落ちる音。
反射的に振り向く。
でも、何もない。
「……やめろよ、こういうの」
千冬が舌打ちする。
その声が、やけに大きく響いた。
(……いる)
見えないだけで、確実に。
どこかに。
「……っ」
一歩、後ずさる。
その瞬間。
――グイッ
腕を、引かれた。
「え?」
バランスが崩れる。
視界が一瞬、ぶれる。
「――危ねぇ!」
三ツ谷の声。
でも、間に合わない。
足元が空いた。
「っ……!」
落ちる。
理解するより先に、体が沈む。
視界の端で、千冬の顔が見えた。
驚いた顔。
手を伸ばしてる。
でも――
届かない。
「待っ――」
声が途切れる。
そのまま、暗闇に引きずり込まれた。
気づいた時。
視界は、ぼやけていた。
冷たい地面。
重い体。
「……っ」
息を吸うと、肺が痛む。
「……ここ」
どこか、分からない。
さっきまでの道じゃない。
完全に、別の場所。
「……やっとだな」
声がした。
すぐ近くから。
反射的に顔を上げる。
そこに――
立っている“影”。
逆光で、顔は見えない。
でも。
分かる。
(……こいつ)
電話の相手。
間違いない。
「……なんで」
声が震える。
「なんで、こんなこと」
影は、ゆっくりと近づいてくる。
足音だけが響く。
「言っただろ」
低い声。
「まだ終わってねぇって」
一歩、また一歩。
距離が詰まる。
逃げようとする。
でも、体が動かない。
「お前さ」
影が、すぐ目の前で止まる。
「ちょっと調子乗りすぎたな」
その言葉と同時に――
顎を、掴まれた。
強く。
逃げられないように。
「……っ」
無理やり顔を上げさせられる。
見えないはずの顔。
でも。
“目”だけは、はっきりと感じた。
見られている。
じっと。
逃げ場なく。
「覚えとけよ」
低く、囁く。
「何回やっても、結果は変わんねぇ」
心臓が、強く打つ。
「お前が動くたびに」
指に力が入る。
「俺が、全部潰す」
その言葉が、突き刺さる。
「……っ、離して」
やっとの思いで声を出す。
影は、少しだけ笑った。
「無理だな」
次の瞬間――
視界が、大きく揺れた。
意識が、急速に遠のいていく。
最後に見えたのは。
暗闇の中で、微かに光る“目”だった。
――春の匂いがした。