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緩やかな登り道を進んで行くと、なるほど左手に斜面が広がっていた。
今はスキー場っぽい感じであるが、夏場にはラベンダー園にぴったりな感じに整備されている様だ。
コユキは直前を歩いていた竜也に聞く。
「これ初夏には壮観でしょうね、バックル、ここ何て言うのん?」
竜也は左に広がった斜面を見ながら答えた。
「北星山(ほくせいやま)ラベンダー園ですね、確かに初夏は見事でしたよ、良い季節にまた来てみますか? ご案内しますよ」
コユキは言葉を濁した。
「そうだ、ね…… んでもさ、アタシ達よりお父さんとお母さんを連れて来てあげなさいよ! 親孝行よ親孝行っ! んね、そうなさいっ!」
「はあ、そうっすか? まあ、お姉さんが言うならそうしますけど……」
その後は又無言に戻り暫(しばら)く歩いた所、コユキが見ていたナビによると右手に中富良野神社がある辺りで虎大が言った。
「ここで止まって下さい」
そう言うと周囲をすばやく確認してから早口で言うのであった。
「良しっ! 人目が無い内に森に入りやすよ! 急いで下さいや!」
言うと足早に左手の森へと入って行く。
一様に早足になって森の中の斜面を急ぐ中、最後尾の善悪が苦しそうに言う。
「はぁはぁ、こ、コユキ殿ぉ、少し協力して貰えないで、ご、ござろうか…… た、頼む、よぉ」
「了解よ善悪っ! これで良いわよね、急いでね、ガンバっ!」
珍しい善悪からの依頼である、コユキは今まで以上に後ろ手に持った小枝を激しく振って善悪を応援したのである、優しい。
そんな感じで善悪を鼓舞し続けていると、森の中の一際鬱蒼(うっそう)とした場所で立ち止まった虎大が目の前の大きなブッシュに向かって声を掛けたのである。
「大魔王様ぁ、虎大と竜也ですよぉ! 出て来て下さいよぉ、へへへへ、ビックリすること請け合いのお客さんを連れて来たんですよぉー、早く出て来て下さいよぉ」
竜也も続いた。
「ドッグフードもたんまり買ってきましたよ、又寝てるんでしょ、どうせ! 早く起きて出てこないと帰っちゃうぜぇ? ビッグゲストに会わなくて良いのかなぁ? 大魔王様ぁ?」
コユキは思った、なるほど親しそうじゃない、と……
そして更に思った、大魔王ってかサタナキアってドッグフードが好きなんだな、個性的な味覚だな、と……
更に更に思ったのである、あれ? クラックは? 、と……
待つこと僅(わず)かに十秒程であった。
ブッシュがガサガサと揺らめいて中から声が聞こえて来たでは無いか。
「ふん、全くいつもいつもお前等二人の大げさな物言いにはウンザリするわい…… 何がビッグゲストだっ、そう言って前回連れて来たのはキタキツネだったか? いやそれは前々回の奴か…… ああ、思い出したぞ、あの使えないレッサーデーモンだったな…… 今回は一体何だろうか? 大方、エゾモモンガかシマエナガ辺りだろうて……」
ドサササササァー! ビリリリィッ! ザラザラザラァー!
声が聞こえた瞬間、今まで頑張って大量のドッグフードを背負っていた善悪が上体を起こしてしまい、当然の様に二十五袋のドッグフードはその場に落とされ、いくつかの袋が破れた事で勢い良く中身がこぼれ出すのであった。
コユキはこの体たらくを詰問しようとしたが、善悪の顔を見て言葉を詰まらせる。
本当に限界だったのだろう、いつものガッツとムッシュに溢れた表情を、そこに見る事は出来なかったのだ。
荒い呼吸のままで、まっすぐに体を起こした相方の双眸(そうぼう)は滂沱(ぼうだ)の涙に濡れそぼち、口元もだらしなく歪められていたのである。
ブッシュの中から大魔王の声は続く。
「まあ、この退屈な場所ではお前達二人と語らう方がまだ楽しい時間では有るがな…… 今日の日中なんぞ、沢水の歌を聞いて過ごすしか無かった位でなぁ、アイツ等と来たら雪解け♪ 雪解け♪ それしか言わないんだよ、全く…… は、ハウァッ! ば、馬鹿な…… こ、これは夢か……」
言いながらブッシュから姿を現した大魔王はこちらを見て驚きの声を上げた後、善悪同様その顔を涙でビショビショにしたのである。
善悪と大魔王は泣きながら歩み寄り、飛びついた大魔王を胸に受け止めた善悪は大きな声で叫んだのである。
「おおおぉぉ、カイムゥ! 無事だったのでござるかぁー! 良かった良かった、良かったあぁー!」
「坊ちゃん! 坊ちゃん坊ちゃんっ! うわあぁんっ! 会いたかったよぉー!」
コユキも驚きの顔つきで言った。
「カイムちゃん、グスッ、語尾のキョロロン忘れてるわよ! 確りしなさいよ、全くぅ! グスッ」
「コユキ様ぁ、会いたかったよぉー! あ、キョロロン!」