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  僕の手のひらには、先ほどまで皿を強く引きつけていた磁石が転がっていた。仕掛けを失った天秤は、羽毛の皿と金貨の皿の間で、ごく自然な「重力」に従って静止した。

 勢いよく台にかぶさっていた布をどけると、下にはスライドさせることができる鉄の塊があった。これを天秤の、任意の皿の下に移動させればそっちに傾く寸法だ。今は磁石を抜いているから関係ないが。


「……あ、あれ? 金貨が、普通に下がってる……?」

「イ、イカサマだ! その男が魔法で……!」

「魔法? いいえ司祭様。これは種も仕掛けもある……マジックですよ」


  僕は磁石をジャグリングのように空中に放り投げ、キャッチした瞬間に消して見せた(ただのバニッシュだ。袖に隠してある)。 司祭は顔を青くしていた

  どうやらこの世界では、なまじっか魔法があるだけに、種も仕掛けもあるマジックに鈍感、というより、その概念もないらしい。ルーシーが出合い頭に『無詠唱魔法』という言葉をしきりに使っていたが、呪文なしに魔法を使うことは普通はない、だから、今回のような状況では魔道具と言われた物を皆鵜吞みにしてしまった。


「司祭、いや、ただの詐欺師だな、あんたは。今までそうやって人の持ち物の中から高価なものを見定め、このイカサマ天秤で濡れ衣を着せ、ちゃっかり盗んでいたわけだ」


 僕の言葉をきっかけに、群衆は一斉に偽司祭に群がった。


「おいコラ! 俺の家宝を返せ!」

「この詐欺師め、今までいくらネコババしたんだ!」


 怒号とともに、さっきまで神の代弁者面をしていた偽司祭は、怒れる群衆の波に飲み込まれていった。たぶん、あと数分もすれば衛兵が飛んでくるだろうけど、それまでに彼が五体満足でいられるかは、それこそ神のみぞ知るってやつだ。


「……ショウ、あなた。すごすぎるわ」


 隣でルーシーが、ポカンと口を開けて僕を見つめていた。その手には、いつの間にか商人がお礼にと差し出した銀貨が数枚握られている。さすが目ざといな。


「呪文も魔陣も、魔力の気配すらしないのに、あんな奇跡みたいなことが起こせるなんて。もしかしてあなたの世界って、全員がこういう……その、ペテン師の集団なの?」

「失礼な。エンターテイナーと言ってほしいな」


 僕はひらりと手を振って、彼女の持つ銀貨を一枚、指先で器用に消して見せた(マッスル・パスで逆の手の袖に飛ばしただけだ)。


「ああっ! 私の報酬が!?」

「冗談だよ。ほら、耳の後ろ」


 慌てふためく彼女の耳元から銀貨を取り出して返してやると、ルーシーは「ひゃんっ」と妙な声を上げた。

どうやらこの世界の人々は、本物の「魔法」が存在するせいで、逆に「物理的なトリック」や「手先の早業」という概念がすっぽりと抜け落ちているらしい。無詠唱で火が出れば、それは「超高等な無詠唱魔法」か「魔道具」だと誰もが信じ込む。まさか、袖の中に隠したアラジンマッチや磁石が犯人だなんて、夢にも思わないわけだ。


「これなら……いけるかもしれないな」


 僕は広場の喧騒を背に、異世界の高い空を見上げた。

 タネを知らない観客ほど、マジシャンにとって御しやすい相手はいない。そして、この世界すべてが「タネを知らない観客」なのだとしたら。ここは僕にとって、地球のどんな劇場よりも素晴らしい、最高のステージになるはずだ。


「ショウ! 早く行きましょう! あの詐欺師が衛兵に突き出される前に、天秤の裏側を詳しく見せてもらうんだから! あれ、魔道具の歴史を塗り替える大発見よ!」

「そんなすごいもんじゃないって。あ、それと『銀貨』の半分を僕へのコンサル料として計上してくれないかな?」

「えー! 異世界の訪問者なのに、世知辛いこと言わないでよ!」


 騒がしい司書の少女に手を引かれ、僕は歩き出す。

 僕の瞬間移動マジックが、なぜ失敗してここに辿り着いたのか。その謎はまだ深い霧の中だ。けれど、マジシャンがステージに上がった以上、やることは一つしかない。

 観客を驚かせ、欺き、そして最後には最高にハッピーな気分で拍手を送らせること。


「さあ、次は、どんなトリックを見せてやろうかな」


 僕は燕尾服の襟を正し、誰に見せるでもなく、不敵な笑みを浮かべた。

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