俺は、ただのガキじゃねぇ。
たしかに
ゴミ溜めで生きてた。
野良犬みたいに扱われてたし
実際にその辺の大人より
遥かに汚ねぇ生活をしてた。
だけど──
俺には、力があった。
それも
銃を持った大人にすら無傷で勝てる程の
圧倒的な力が。
親父を潰したあの日から
俺は自分の〝能力〟を理解していた。
それが何なのか
どういう原理なのかはわからねぇ。
けど、一つ確かなのは
俺が〝重力を操れる〟ってことだ。
ーなら、試してみるかー
ソイツらが何者なのか
何を企んでいるのか
誰かに聞くより
手っ取り早い方法がある。
俺がこの手で
ソイツらの身体に
直接聞き出せばいいだけの話だ。
⸻
夜の路地裏。
狭い通りの隅で
ターゲットに目をつけた。
街の人間面をして
昼間はのんびりと買い物をしていた男。
今も何処か
気を抜いたような歩き方をしている。
だが、俺にはわかる。
この男は
昨日までは確かに
〝狩人〟の目をしていた。
獲物を追い詰める
狼のような目つきだった。
なのに今日はどうだ?
何処にでもいる
善良な市民の顔をして
何食わぬ顔で通りを歩いてやがる。
「お前さぁ⋯⋯
演技が下手すぎんだよ」
俺は背後から忍び寄り
男の肩を強引に掴んだ。
次の瞬間
重力を操作し、一瞬で地面に押し潰す。
「ぐっ⋯⋯!?」
男は呻き声を漏らしながら
路地裏の床に沈み込んだ。
肺から空気が押し出される音がする。
まるで大気が
何倍にもなったかのような感覚。
俺の〝力〟を使えば
人間の身体なんざ
簡単にペチャンコにできる。
でも⋯⋯すぐに殺しはしねぇ。
ゆっくりと、じわじわと
潰してやるのがコツだ。
「な、何をする⋯⋯っ!?」
男は苦しそうに喘ぎながら
俺を見上げた。
その目は
ただの一般人のような怯えた目。
「⋯⋯は?」
俺は眉を顰めた。
この反応は、おかしい。
俺が知ってる
〝狩人〟の目じゃねぇ。
獲物を追う時の鋭い眼光も
戦う覚悟もない。
「何を言ってやがる
テメェ⋯昨日までのあの目はどこ行った?」
俺は男の腹に拳を叩き込む。
鈍い音が響いた。
「ひっ⋯⋯!?」
男は苦しげに身を捩り
顔を歪める。
何処からどう見ても
〝ただの一般人〟だ。
俺が何かを勘違いしてるのか?
それとも
こいつの演技が上手いだけなのか?
「お、俺は何も知らない!
た、助けてくれ!」
はぁ⋯⋯白々しい。
俺は静かに舌打ちしながら
さらに力を加える。
「さっさと吐けよ。
お前ら、何者だ?
何を狙ってこの街に来た?」
「し、知らない⋯⋯!
やめてくれ、俺はただの商人だ⋯⋯!」
⋯⋯本気で言ってんのか?
俺は知ってる。
この男が
昨日まで明らかに
〝訓練された動き〟をしていた事を。
なのに
今のこいつはどうだ?
素人丸出しの怯えた目で
持ち金をばら撒きながら
命乞いをしている。
「⋯⋯あぁ?おかしいなぁ」
俺は男の腕を掴み
じわじわと骨が軋む程の力を加えた。
本当に死にかけたら
さすがに何か喋るだろう。
だが──
最後までこいつは〝吐かなかった〟
俺が何度痛めつけても
何を問い詰めても
まるで拳を振るった事の無い
素人のように
泣き喚くだけだった。
「てめぇ⋯⋯プロ根性だけは立派だな」
男は既に気を失いかけていた。
ここまでやっても
何も言わねぇって事は
本当に何も知らないのか?
⋯⋯いや、それは違う。
俺の中の〝違和感〟が
警告を発していた。
確かに
こいつは昨日まで〝狩人〟だった。
なのに、今日は違う。
一日でこんなにも変わるか?
まるで〝別人〟みてぇに。
まぁ、俺にも
こんな説明できねぇ力がある。
なら、世の中には
〝人間を駒みてぇに操る奴〟が
いたとしても
おかしくねぇよな?
⸻
それから
俺は毎日ソイツらを追った。
街の人間面をしている時は、ダメだ。
あの〝狩人の目〟になった瞬間
その時を狙わなきゃならねぇ。
そうして数日後。
目をつけていた連中が
同時に動き出した。
彼らは街の外れへと向かい
森へ足を踏み入れた。
その空気が、一変する。
街の喧騒を背に
奴らの動きが一気に研ぎ澄まされた。
足音が消え
無駄な動きがなくなり
殺気が漂い始める。
明らかに〝闘いの準備〟をしている。
これは
ただの一般人がする動きじゃねぇ。
確信した。
コイツらは〝狩人〟だ。
俺は森の中に紛れ
ターゲットを見定めた。
一人
合流前の男がいた。
連中の中でも
それなりに動ける奴だった。
「⋯⋯よぉ。
お前にちょっと話があるんだが」
俺は気付かれないよう
背後に回り込み
そいつの首をがっちりと掴んだ。
重力を操り
一瞬で膝を付かせる。
「悪ぃな?
ちょっとお前らについて聞かせてもらうぜ」
静かな森の中
風が枝を揺らす音だけが響いた。
俺の勘は当たってた。
狩人みてぇな目をしてる時に
捕らえたそいつは
ちゃんと情報を持ってやがった。
それまでの奴らとは違う。
街の顔を被った連中じゃなく
本物の〝狩人〟の目をした獲物だ。
どれだけ殴りつけても
泣き喚くどころか睨み返してきた。
さすがに訓練されてやがる。
けど、問題ねぇ。
どれだけ耐えようが
どれだけ隠そうが──
所詮は〝人間〟だ。
俺の力の前じゃ
抵抗なんざ無意味だった。
時間を掛ければ
誰だって折れる。
じわじわと骨を軋ませ
血を流させ
呼吸すらままならなくなる程に
追い込む。
とうとう、そいつは根を上げた。
死の間際に
洗いざらい吐き出してくれたよ。
ー奴らの獲物は『一人の女』だったー
俺は、その情報を聞いて
一瞬だけ笑っちまった。
笑うしかなかったんだ。
そいつの口から飛び出した話が
俺の想像を遥かに超えていたからな。
その女は
不老不死の身体を持っている。
ー不死者ー
人間の枠組みを超えた存在。
それだけでも十分に価値があるのに
そいつの血には更なる秘密があった。
ーその女の血を飲めば
不老不死になれるー
最初は、馬鹿馬鹿しいと思った。
けど、血塗れで半泣きになりながら
そいつは続けた。
「女の涙は奇跡を呼ぶ宝石になる⋯⋯!」
なるほどな。
つまり
そいつは金が詰まった宝箱が
人間の形をしているようなもんだ。
一滴の血が財宝、涙が宝石。
何処ぞの物語に出てきそうな
〝奇跡の存在〟って訳だ。
これを聞いて
連中が狩人にならないわけがねぇ。
寧ろ、連中が全員
この街に潜り込んできた理由が
はっきりと理解できた。
金、力、名声
なんでも手に入る獲物。
こんなもんを見逃す手はねぇ。
だが、俺はコイツらとは違う。
連中は群れで動く。
獲物を仕留めた後も
分け合うことが前提だ。
そんな回りくどい事をする気はねぇ。
俺は⋯⋯宝を独り占めする。
⸻
そっからの俺は
狩人狩りの日々を送る事になった。
森の中、街の外れ、路地裏。
奴らが動く場所に
俺は先回りしていた。
奴らは確かに精鋭だった。
訓練されているし
チームでの戦いにも慣れていた。
だが、俺の力を知らねぇ時点で
既に勝負は決まっていたのさ。
「⋯⋯さて、今夜の獲物は何匹だ?」
俺は一人、闇の中を歩く。
遠くで、金属の擦れる音が聞こえた。
狩人達が武器を手にしている。
殺気が微かに漂い
獲物の気配を探っているのがわかる。
今なら⋯⋯
街の顔は剥がれている。
〝狩人〟の目になった瞬間
それが、俺の狩りの合図だ。
俺は、そっと息を潜め
奴らの間合いに忍び込んだ。
そして
一人を狙う。
奴らの中でも
一番動きの早そうなやつ。
そいつを
仲間が気付く前に〝消す〟
「⋯⋯よぉ、お前。少し話そうぜ」
背後からそっと囁く。
そいつが振り向いた瞬間
俺は力を込めた。
重力をその身に叩きつける。
地面に膝を付かせ
息を詰まらせるように圧をかける。
「な、に⋯⋯っ!?」
奴の顔に
初めて感じるであろう恐怖が浮かぶ。
獲物を〝狩る〟側だった奴が
自分が〝狩られる〟側になった瞬間の顔。
あぁ⋯⋯いいねぇ。
この表情を見るのが
最高に楽しいんだよ。
「おい、聞かせてくれよ。
お前ら、何処に〝お宝〟を
追い詰める心算なんだ?」
言葉と同時に
骨を軋ませる程の重圧を加える。
奴は呻き声を上げ
必死に抵抗する。
だが⋯⋯無駄だ。
俺はもう何人も
こうやって〝解体〟してきた。
誰一人、俺の前では逃げられねぇ。
「さあ、素直に吐けよ?
それとも、お前も⋯⋯
〝じわじわ〟と楽しみたいか?」
夜の森に、悲鳴が響く。
けれど、この森では誰も助けに来ない。
狩人達が〝狩り〟をしていた筈の場所で
今度は狩人が〝狩られる〟番だ。
俺は、じっくりと
奴らを追い詰めながら
一歩ずつ〝お宝〟へと近付いていた。
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ソーレンは〝宝〟を手に入れるため、禁じられた丘へ踏み込む。 そこにあったのは、涙を流し続ける水晶の中の〝女〟。 幻想と欲望が交錯する瞬間、少年の運命は静かに狂い始める──