テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
4件
ヒースクリフさん強すぎる…ヒースさんがいることでここから先何か変わるのだろうか…楽しみですね
ついに始まってしまった、闇銀行への襲撃作戦。何度も言うが、我々の目的は巨額の現金ではなく、あくまでカイザーローンとの繋がりを示す『集金確認書類』の確保だ。……と、自分に言い聞かせるが、あの青い覆面を被った途端にハイになった彼らに、果たしてその理性が残っているだろうか。
「先生、ダンテさん! 監視カメラと電気系統のハッキング、完了しました! このスーパーAIアロナちゃんにかかれば、こんなの朝飯前です!」
“ありがとう、アロナ、助かるよ。アヤネ、操作権限はそっちに回した。頼んだよ”
「は、はい! こちら……『覆面水着団』……0号、です……。な、なんでこの名前なんですか……。と、とにかく、監視カメラの映像を確認。護衛の人数は、内部に合計10名。少し多いですが、作戦の遂行に支障はないかと判断します。それと、中に数名の民間人がいらっしゃるのでなるべく傷つけないでくださいね!」
「ん。こちら覆面水着団2号。目標ポイントに到着。いつでもいける。準備完了」
アヤネ以外の生徒たちとヒースクリフが決行班。アヤネは後方でのオペレーター担当。そして、私と先生は、この馬鹿げた作念の指揮担当として、銀行の外から固唾を飲んで見守っている。
突然決まってしまった襲撃作戦。まともな計画など立てる暇もなく、ほぼ勢いだけで決行している。だが、そこはヒースクリフとシロコの戦闘における頭の良さ、そして指揮役(シッテムの箱の翻訳機能がなければ、私はただの置物だが)と、オペレーターであるアヤネの対応力に賭けるしかない。
シッテムの箱に、闇銀行内部の監視カメラ映像を接続させ……いざ、尋常に。
“よし、アヤネ! 全ての電気系統をシャットダウン! 監視カメラの映像だけは生かしておいてくれ!”
「了解です! ……全システム、シャットダウン完了! 皆さん、突撃してください!」
「「「了解!(……です)」」」
アヤネの号令と共に、銀行内部の照明、パソコンのディスプレイ、その全ての電源が落ち、完全な暗闇が訪れる。その直後、決行班は躊躇なくドアを蹴破り、内部へと雪崩れ込んだ。突然の停電に、内部はパニックに陥る。その物音にいち早く気づき、暗闇の中で銃を構えた護衛も何人かいたが、暗視ゴーグルを装着した決行班によって、声も上げさせず、次々と無力化されていく。
「護衛10名、全員の制圧を確認! 照明を復帰させます!」
アヤネの冷静な声と共に、銀行内部に、再び煌々とした明かりが戻った。そこには、床に転がる護衛たちと、その中央で銃を構える、奇妙な覆面を被った強盗集団が立っていた。
「全員、その場に伏せなさい!持っている武器は捨てて!」
妙に手慣れた様子で、声色を変えた2号ことシロコが、銃を構えながら護衛や一般行員に向かって脅しをかける。
「言うこと聞かないと、痛い目に遭いますよ☆」
「あ、あはは……皆さん、怪我しちゃいけないので伏せてくださいね……」
他の仲間たちも、それぞれの銃を見せびらかしながら、その脅しに説得力を持たせる。伏せる集団の中には、怯えることなく警報ボタンを押そうとした勇敢な行員もいたが、すでに電気系統の電源はこちらが落としている。その勇気ある行為は、残念ながら水の泡となって消えた。
無事に全員を伏せさせることに成功した、その時。1号ことホシノが、思いもよらないことをヒフミに言い出したのだ。
「うへ〜ここまでは計画通り!次のステップに進もう〜!リーダーのファウストさん、指示を願う!」
「えっ、ええ!?ファウストって私ですか!?私がリーダーなんですか!?」
「ブフォッ!?」
〈!!!!!??????〉
突然、あまりにも聞き覚えのある、とんでもない名前が飛び出した。リーダーに任命されてしまったヒフミの困惑の声に混じって、私とヒースクリフの、驚愕というか、私はもはや汽笛に近い音が、銀行の外にまで響いてしまったことだろう。
えぇ……ファウストって……。あの、我々LCBが誇る囚人番号2番の天才、ファウストと同じ名前じゃないか……。彼女への、あらぬ風評被害が……。
そんな心配でたまらず、ふと隣にいる先生に視線を向けると、彼はひきつった苦笑いを浮かべながら「大丈夫だよ……」と、全く自信のなさそうな声で私をなだめるのだった。……この問題は後で考えるとして、銀行内部はというと……。
「監視カメラの死角、警備員の動線、銀行内の構造、全て頭に入ってる。無駄な抵抗はしないこと。さあ、そこのあなた、このバックに入れて。少し前に到着した現金輸送車のーー」
シロコが率先して、行員に書類を出せと脅迫したが……。
「わっ、分かりました!なんでも差し上げます!現金でも、債券でも、金塊でも、いくらでも持っていってください!」
どうやら肝心の要求を言い切る前に、行員が恐怖しすぎた挙句、早とちりしてしまったらしく、シロコが差し出したバックの中に、次々と金庫から取り出した現金やら、金塊やらが中へと詰め込まれていく。
「あっ、いや。集金記録だけーー」
「どっ、どうぞ!これでもかと詰めました!どうか命だけは!!」
「あっ、うん……」
流石に銀行強盗までは実行しようとしなかったシロコだったが、行員の必死の命乞いに押されてしまい、そのまま受け取るのだった。
“おっ、おっ……やばくね?なんか現金まで取っちゃったし……”
〈し、知らないよ!どうにかして!〉
先生の困惑の質問に、私は必死にジェスチャーでどうにかしろと伝えた……やっぱり意思疎通がしづらいのはなんとも不便なものだ。
そのようにともかく言い合っているうちに、シロコがこのことを仲間に言わずに、決行班が撤収しようとしていたのだが……。決行班が動く影以外に、こっそり動く不審な影を見つけたのだ。
〈……!〉
気づいてしまった。どうやら死角にもう1人の、11人目の護衛が丁度監視カメラの死角に隠れていたらしく、今か今かと好機を狙っていたらしい。
〈ヒースクリフ!まだ護衛が隠れているぞ!〉
ここから素早くそちらに伝える方法は……!唯一私の声が聞こえるヒースクリフにインカムを通じて伝えるしかない!
「……!? お前ら、伏せろ!」
「くらえっ!!」
ヒースクリフの叫びと、護衛の怒声、そして銃声が、ほぼ同時に銀行内に響き渡った。
タタタタタタッ!
死角から飛び出してきた最後の護衛が、サブマシンガンをがむしゃらに乱射する。その銃弾は、しかし、咄嗟に伏せた生徒たちの体を捉えることはなく、代わりに背後のATMや受付カウンターの機械類を貫き、火花を散らした。
「ちぃっ!」
ヒースクリフは即座に状況を判断すると、弾幕の中を駆け抜ける。彼は遮蔽物から遮蔽物へと飛び移るのではなく、あえて一番の近道である、窓口のカウンターの上を滑るようにして駆け抜けた。
「うわっ!?」
その時、流れ弾の一発が、先ほどシロコに現金を渡した行員の頭にクリーンヒットし、彼は短い悲鳴と共にその場に気絶して倒れてしまう。
しかし、ヒースクリフは止まらない。カウンターを飛び越え、一気に護衛との距離を詰める。そして、護衛が銃口をこちらに向け直すよりも速く、手に持っていた金属バットを、その銃目掛けて力任せに投げつけた。
**ガギンッ!**というけたたましい金属音と共に、護衛の手からサブマシンガンが弾き飛ばされる。
「なっ――!?」
武器を失い、呆然とする護衛。そのがら空きになった胴体に、ヒースクリフは間髪入れず、今度は背負っていたショットガンの銃口を、深く、深く突きつけた。
「てめぇ……良い度胸してんじゃねぇか」
冷たく、そして獰猛な声が、静まり返った銀行内に響き渡った。
「おお!ナイスだよ、ヒースマン!このまま、そいつをとっちめて!」
ホシノの、どこか楽しげな声が彼を鼓舞し、護衛を完全に無力化するよう促す。しかし、ヒースクリフは、彼女とはまた別の考えがあるようだった。
「ヒースマンってなんだ?……まあいい。そんで、護衛さんよ」
「は、ははっ……! 残念だったな! 手元にあるこの発信機を使って、とっくにマーケットガードを呼んでやったさ……!」
確かに、護衛の手には、赤いランプを点滅させる小型の機械が握られていた。もう、通報は済んでしまった後だろう。
「ほう? 抜かりねぇな……。伊達にここの護衛をやってるわけじゃねぇってか」
「な、何だ……? なぜ、そんなに余裕そうな顔をしていやがる……?」
「だけどよ、お前の後ろ。よーく見てみろよ」
「は、はぁ?」
ヒースクリフに言われ、護衛は恐る恐る振り返る。そして、自らが引き起こした惨状を目の当たりにした。
そこには、無数の銃弾によって穴だらけになり、火花を散らしながら壊れてしまったATMやパソコンのモニター。そして、窓口には流れ弾を受けて機能停止し、ぐったりと動かなくなったロボット行員の姿があった。それを見た護衛は、自らの失態を悟り、みるみるうちに顔を青ざめさせていく。
「お前のおかげで、ここの大事な機械は、ほとんどが火花を噴き出してぶっ壊れちまった。おまけに、あのロボットも、お前の弾に当たって完全にイカれちまったもんだからよ……」
「……何が、言いたい?」
ヒースクリフは、突きつけたショットガンの銃口を一切ぶらさず、獰猛な笑みを浮かべながら、とある提案を持ちかけた。
「よく聞けよ。この後、駆けつけてきたマーケットガードに『オレらとまたドンパチやって、ここの設備を全部ぶっ壊しました』って正直に報告して、てめぇも一緒にギッタンバッタンにされるか? それとも、『全部オレらのせいです』ってことにして、このまま大人しく、オレたちを外に通してくれるか? 」
「くっ、くそっ!」
さすがはヒースクリフだ。なんとも悪魔的な、しかし完璧な取引を持ちかける。結局、その護衛は後者の案を飲むしかなく、もはや彼らを止める者はいなくなった。念のため、ヒースクリフがショットガンのストックで護衛の後頭部を殴りつけ、完全に気絶させたことで、作戦は完了。後は、ここから逃げるのみだ。
“おかえり。悪いね、生徒の皆に、こんな手を汚すようなことをさせちゃって”
「いいえ☆ 私たちが率先して参加したことですし、お気になさらず♪」
「あ、あはは……。わ、私がリーダー、ですか? ほ、本当にですか……? あわわ……」
銀行の外で合流した決行班を、先生が申し訳なさそうに出迎える。しかし、ノノミは楽しげに答え、ヒフミはまだ自分が『ファウスト』という名のリーダーとして呼ばれた衝撃から抜け出せていないようだ。
「ん。アフタートークは後にして、今は逃げるのが先決。アヤネ、逃走ルートは確保できた?」
シロコが冷静に状況を促す。
「はい! マーケットガードの封鎖区域も確認した上で、最適なルートを検索しました! 皆さん、私の案内に従ってください!」
無線越しに聞こえるアヤネの頼もしい声に導かれ、私たちは、手に入れた「証拠」と、ついでに手に入れてしまった大量の現金を手に、ブラックマーケットの喧騒の中へと姿を消していくのだった。
アヤネの完璧なナビゲートにより、私たちはマーケットガードとの戦闘を最低限に抑え、無事に封鎖地点を突破することができた。覆面水着団――いや、すでに全員が覆面を脱いでいるので、今はアビドス対策委員会と呼ぶべきか。
「封鎖地点を突破しました。この先は安全です」
「やった! 大成功ね!」
「本当にブラックマーケットの闇銀行を襲っちゃうなんて……。ふぅ……」
無線越しに聞こえるアヤネのため息が、今回の無謀な作戦の完了を告げた。セリカが作戦成功の喜びに浸っているのも束の間、ホシノが、例の書類を詰めたであろうバッグを背負っているシロコに尋ねる。
「シロコちゃん、集金記録の書類は、ちゃんと持ってるよね?」
「う、うん……。このバッグの中に」
シロコはそう肯定し、バッグのファスナーに手をかける。だが、いつもとは違い、その表情はどこか不安げだった。私と先生は、彼女がなぜそんな顔をしているのか、その理由を知っている。そして、それが今ここでバレるのは、非常にまずいということも。
「待って」と言いたかったが、時間と場の流れは無情にも進み、ついに、いわくつきのファスナーが完全に開ききってしまった。
「……へ? なんじゃこりゃ!? カバンの中に……札束が……!?」
「うええええええ!? シロコ先輩、現金まで盗んじゃったの!?」
ホシノとセリカが、信じられないといった様子で叫ぶ。それも仕方がない。なぜなら、書類だけが入っていると誰もが思っていたバッグの中には、隙間なくぎっしりと、大量の札束が詰め込まれていたのだから。監視カメラ越しに見ていたはずの私ですら、改めて実物を見ると、その量に圧倒されてしまう。
「ち、違う……。目当ての書類は、ちゃんとここにある。このお金は、銀行の人が勝手に勘違いして入れただけで……」
「どれどれ……。うへ、軽く1億はあるね。本当に5分で1億稼いじゃったよ~」
「おー、紙っぺらついでにこんなものまで寄越しやがったな?」
「やったあ!! 何ぼーっとしてるの!運ぶわよ!」
ついに、あれだけ反対していたセリカまでもが大金に目を輝かせ、意気揚々とそれを持ち帰ろうとする。しかし、そんな仲間たちの歓喜の輪の中で、珍しくシロコが、何か言いたげに黙り込んでいた。そんなシロコの内心を代弁するかのように、無線越しの声が、セリカの浮かれた行動に待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください! そのお金、本気で使うつもりですか!?」
「アヤネちゃん、どうして? これで借金を返さなきゃ!」
『もとはと言えば私たちのお金なんだから、私たちが正しく使うべきだ』――セリカの主張は、この場においては多くの賛同を得られそうだ。というより、普通ならそう考えるだろう。しかし、アヤネは、まるで彼女たちが何か大事なものを失ってしまうことを恐れるかのように、必死に反論した。
「そんなことしたら……本当に、ただの犯罪者になっちゃうよ、セリカちゃん!」
「は、犯罪だから何!? このお金はそもそも、私たちが汗水流して必死に稼いだお金なんだよ! それが、あの闇銀行に流れて、犯罪に使われようとしてたんだよ!? 悪人のお金を盗んで、何が悪いの!?」
激しく言い争う二人の間に、ノノミが穏やかに、しかしはっきりと割って入った。
「私はセリカちゃんの意見に賛成です。どうせ犯罪に使われるお金ですし、私たちが正しい目的のために使った方が、よっぽど有意義だと思います」
「ほらね! これさえあれば、学校の借金をかなり減らせるんだよ!?」
お金を使うことに賛成のノノミが加わったことで、事態はこのまま『お金を使う』方向へと一気に傾きそうになる。だが、そんな白熱した言い争いを、冷静に眺めていたホシノが、ふと、ある提案をした。
「んむ~、それはそうなんだけどさ……。ねぇ、シロコちゃんはどう思う?」
「……自分の意見を述べるまでもない。どうせ、ホシノ先輩が反対するだろうから」
その、あまりにも意外なシロコの一言が、セリカの興奮した頭に、冷や水を浴びせかけるのであった。
「へ!?」
「さすがはシロコちゃん。『私』のこと、ちゃんと分かってるね〜。……そう私たちに必要なのは書類だけ。お金じゃない。今回のは悪人の犯罪資金だからといいとして、次はどうする?その次は?」
今までにない冷静なホシノ。その口調と声色はあるで相手を圧するかのような冷たいものだったが、同時に後輩のために、道を踏み外さないよう教えてあげているという優しさも垣間見えた。ホシノの言葉に黙ってしまったセリカに、さらに彼女は喋り続ける。
「こんな方法に慣れちゃうと……ゆくゆくは、きっと平気で同じことをするようになるよ……。そしたら、この先またピンチになった時……『仕方がないよね』とか言いながら、やっちゃいけないことに手を出すと思う。」
彼女が言いたいのはいわば『価値観の境界線』と言うものだろう。
どの世界でもこびりつく概念として、人の考え方、つまり『価値観』という、物の善悪について思考するのに主軸となるものだ。しかし、問題は価値観は環境によって歪に変わってしまうこと。
これに当てはまるのが都市であろう。というより、それが歪に変わってしまったものが、いつか都市のあらゆるところへ根付き、それが当然なルールになってしまっている。自分が生きるために殺す。仲間のために殺す。そのように何か理由をつけて、そんな行為をしてしまうと、いつか小さな利益如きで非人道行為をしてしまうということだ。
それがもし、殺しが染み付いてない場所だったら?もうあの頃には戻れない、という話だ。
ホシノは、それを恐れている。目の前の大金という例外を一度許してしまえば、彼女たちの当たり前の基準が、少しずつ、しかし確実に歪んでいくことを。そしていつか、自分たちが守りたかったはずのアビドス高校の生徒たちが、守るべき一線を平気で越えるようになってしまうことを。
それは、彼女が必死に守ろうとしている日常という名の、脆く、砂漠の中にポツンと建てられた、かけがえのない砂の城が、完全に風化してしまうを意味していた。
「うへ~、おじさんとしては、カワイイ後輩たちがそうなっちゃうのは、やっぱりイヤだな……。そうやって無理やり学校を守ったって、なんの意味があるのさ。もし、こんなことを平気でしちゃうなら、最初からノノミちゃんが持ってる、あの燦然と輝くゴールドカードを頼っていたはずだよ」
ホシノはそう話を締めくくる。だが、その最後に出された案もまた、彼女にとっては「やっちゃいけないこと『の範疇なのだろう。
〈……先生は、どう思う?〉
私は、隣に立つもう一人の大人に意見を求めた。
“私は……彼女たちには、一刻も早くこの問題を解決してあげたいという気持ちもあるけれど……。どうしても、彼女たちという透き通ったガラス玉のような存在には、汚れてほしくないんだ……”
先生の意見も、概ねホシノと同じものだった。
「……私も、そう提案しましたけど、ホシノ先輩に反対されて。でも、今なら先輩の気持ちが分かります。いくら頑張っても、きちんとした方法で返済しない限り、私たちのアビドスは、もうアビドスじゃなくなってしまいますから……」
ホシノの説得を聞いて、我に返ったノノミが、静かに、しかし強く頷いた。
「うへ、そういうこと。だから、このバッグはここに置いていくよ。私たちが頂くのは、この必要な書類だけ。これは、委員長命令だよ~」
そう宣言したホシノは、バッグから目的の書類だけを抜き取ると、現金の詰まったバッグを、まるで汚いものでも見るかのように、乱雑に地面へと置いた。
「うわあああああん! もどかしい! 意味わかんない! こんな大金を捨てていくなんて!? 変なところで真面目なんだから、もう!!」
「うん、委員長としての命令なら、従う」
「私は、アビドスさんの事情をよくは知りませんが……。このお金を持っていると、何か別のトラブルに巻き込まれてしまうかもしれません。災いの種、みたいなものでしょうから……」
セリカは悔し涙を流しているが、シロコ、そしてヒフミまでもが、現金の放棄に肯定的な態度を示した。そんな中、ヒースクリフがこちらに歩み寄ってくる。
「おい、時計ヅラ。アンタは、どう思うんだ?」
〈……うん。個人的には、私や君なら、いいんじゃないか、と言いそうだが……。ここは、先生、そして副先生という立場として、きっちりと、ダメなものはダメだと、言ってあげるべきだろうね〉
「……ま。お前なら言うと思ってたよ。まだ納得はいかねぇが、お前がそう言うなら、そうするだけだ」
私が言える立場ではない気もするが、ヒースクリフはぶっきらぼうながらも、私のその言葉を受け入れてくれたようだった。
「あは……仕方ないですよね。では、このお金は私が責任を持って、適当なところに処分しておきます」
「ほい、頼んだよ~」
ノノミがバッグを拾い上げたことで、この問題もようやく丸く収まりそうだった。だが、しかし。
「はあ、ふう……ま、待って!」
突然、ここにいる誰のものでもない、甲高い声が私たちを呼び止めた。その声を聞いたアビドスの生徒たちは、即座に、先ほど脱いだばかりの覆面を再び被り直し、警戒態勢へと入る。私と先生は、なんとなく状況を察し、近くの物陰へと素早く身を隠した。
「……なんで、あいつがここに?」
「撃退する?」
「どうかな~。戦う気がないって相手を、一方的に叩くのもねぇ」
「お知り合い、ですか……?」
「まぁね~、そこそこ」
覆面水着団(再結成)の面々が、小声で物騒な相談を交わしている。その視線の先には……。
「あ、あの……! た、大したことじゃないんだけど……!」
その不審な存在の正体は、まさかの、便利屋68社長、陸八魔アルだった。彼女の後方では、例の仲間たちが、心配そうに遠巻きからこちらの様子を窺っている。
〈……なんで、あの人たちがここに?〉
“考えられるとすれば……さっきの銀行強盗の時、どこかで見ていた、とかかな”
〈えぇ……。ちょうど、あの現場に居合わせていたってことか?〉
物陰で、私と先生は顔を見合わせる。事態は、またしても予想外の方向へと転がり始めたようだ。そんな不穏な空気が漂う中、アルは、私たちの緊張感とは全く無関係に、すごく明るく、興奮した表情で話し始めた。
「さっきの銀行襲撃、見させてもらったわ……! あのブラックマーケットの闇銀行を、ものの5分で完全に攻略して、見事に撤収していくなんて……! あなたたち、稀に見る本物のアウトローっぷりだったわ!」
「!?」
お、おお……? もしかして、覆面水着団のファンでしたか……。はぁ……一番ありそうな路線だったが、まさか本当にそうなるとは……。
「正直、すごく衝撃的だったというか、このご時世で、あんなにも大胆なことができるなんて……! 感動したわ! わ、私も頑張る! 法律や校則なんかに縛られない、本当の意味で自由な魂! そんな、最高のアウトローに、私もなりたいから!」
そのように、キラキラした瞳で、満面の笑みで熱く語るアルを前に、私たちはただ唖然とするしかなかった。そして、その情熱的な演説が終わると、アルは少し恥ずかしそうに、しかし期待に満ちた目でこう尋ねてきた。
「そ、そういうことだから……! な、名前を教えてほしいの! その、組織っていうか、チーム名とかあるでしょ? 正式な名称じゃなくてもいいから……! 私が、今日のあなたたちの雄姿を、この心に深く刻んでおけるように!!」
どうやら、彼女はとんでもない勘違いをしているようだ……。そんな中、この状況を楽しんでいるのか、ノノミが悪ノリして高らかに声を上げた。
「……ハイっ! おっしゃることは、よーく分かりましたっ! ……私たちは、人呼んで……『覆面水着団』です!」
「覆面水着団!? や、ヤバい……! 超クール!! カッコ良すぎるわ!!」
「うへ~、本来はスクール水着に覆面が正装なんだけどね。ちょっと今日は緊急だったもんで、覆面だけなんだ~。残念だったねぇ」
アルの純粋すぎる憧れの眼差しと、それに悪ノリするホシノの言葉。このカオスな状況を、私はただ物陰から見守ることしかできなかった。
「そうなんです!普段はアイドルとして活動していますが」
「夜になれば、悪者をとっちめる正義のギャングになるってわけだ!」
「……そこは怪盗ですよ、ヒースマン」
「……どっちでもいいだろ?」
「まあ、いいです☆そして私はクリスティーナだお♧」
「『だ、だお♧』……!キャ、キャラも立ってる……!?」
あまりにもアルが純粋すぎて可哀想に見えてきた……。と、そんなことを内心思いながら眺めていると、ホシノがここであることを宣言する。
「うへっ!目に目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く。それが私らのモットー!」
「な、なんですってー!!」
と、架空のモットーを聞いてついに興奮のあまり噴火するアルだったが、その仲間たちはというと、やっぱり後方で呆れながら何か言っているだけだ。なんだこの温度差は。
「もういいでしょ?適当に逃げようよ!」
と、セリカが小声で唆す。するとノノミは承知し、去り際に口を開く。
「それじゃあこの辺で。アディオス〜☆」
「行こう!夕日に向かって!」
「夕日、まだですけど……」
そのホシノの掛け声で、覆面水着団はそそくさと、夕日(の時間帯じゃないけど、とりあえずあそこ)に向かって走り出し消えていった。それついでで、隠れていた私たちは一緒に走ることしたのであった。
しかし、とんでもない忘れ物をしたという事実に気がついたのは、ブラックマーケットから離れアビドス高校へ着いた時のことだった。
「……あれ?現金のバック……置いてきちゃいました」
「えーっ!?」
「うへ〜いいじゃない?どうせ捨てるつもりだったんだし。気にしない、気にしない」
「ん、誰かに拾われるでしょ。きっと」
「ですよね☆お金に困ってる人が拾ってくれるといいですね」
「あはは……良いことしたって思いましょう。お腹を空かせた人が、あのお金でお腹いっぱいになれると思えば……」
「うう……勿体無い……どう考えても勿体なさすぎる!!まったくもう、みんなはお人好しなんだから!!」
……何だか後処理が心配な1日でした……。
シャーレオフィスにて。妙に喧騒な大人たちの声が響いた。
「ふぁ、ファウストさん!?ニュースで放送されている強盗事件で、ファウストさんの名前が載ってますよ!?しかも外見的に……ダンテ達が出張しているアビドス高校の生徒達ではありませんか!?」
「個人を隠すための偽名でしょう。しかし、なるほど……」
「あはは!おもしろーい!」
「何、関心してる場合ですか!?ロージャさんも、笑ってないで!」
「とりあえず、ダンテたちにはこっ酷く叱ってあげませんとね」