テラーノベル
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「次、どんなの作る?」
それは若井の提案だった。
僕は一瞬だけ考えて、ふっと笑った。
「今度は、ギターからじゃなくて……ピアノから始めてみたいな」
「ピアノ?」
「うん。前から気になってた人がいて。すごく綺麗な音を出すんだ。知ってる? 藤澤涼架って」
「ああ、名前は聞いたことある。……繋げる?」
「うん。ちょっと話してみる」
数日後、都内の静かなスタジオ。
白鍵と黒鍵のあいだ、曖昧な午後の光が差し込んでいた。
涼ちゃんは、まるで言葉の代わりに鍵盤を押すように、静かに自己紹介をした。
「……はじめまして。藤澤涼架です。元貴とは、ちょっと前に音源のやり取りだけしたことがあって。今日は直接会えて嬉しいなぁ」
若井は涼ちゃんのその言い方に、ほんの少し緊張が混ざっていることに気づいた。
「俺は若井。ギターやってる。よろしくね」
「……よろしく、若井。」
ほんの短い言葉だったけれど、涼ちゃんの声には温度があった。
試しに合わせてみようか──
そんな流れで、自然に音は重なり始めた。
涼ちゃんのピアノは、迷いなく、けれど強すぎないタッチで、
若井のギターを“迎え入れる”ようだった。
そして、その上に元貴の歌が乗る。
──まるで、ずっと昔からこのトリオで音を作ってきたかのように。
休憩中、紙コップを両手に渡す。
「涼ちゃん、ピアノ……すごかった。何か、呼吸が似てる気がした」
「……嬉しい。僕、元貴の声、最初に聴いた時から思ってたんだ。“この声に寄り添えるピアノになりたい”って」
不意に、若井の指が止まる。
「……寄り添うって、そんな簡単なもんじゃないけどね」
柔らかい声のまま、それでも芯に何かを含んだように言った。
その場がすこしだけ、音のない静寂に包まれる。
でも元貴は、それを解くように微笑んだ。
「じゃあ、寄り添い合う曲、作ろうか。三人で」
涼ちゃんも静かに、でも確かに頷いた。
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