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花崎の10歳は年上だろうと思われる尾山は、ものすごい勢いで大宮駅西口のペデストリアンデッキを駆け抜けていく。
そして手すりに掴まると、そこを支点に身体を回転させ、落ちるように階段を駆け下りていく。
ダメだ。この下は―――!
並ぶバスの向こう側に、タクシーの行灯が見える。
ちょうど団体が出て行ったらしく、停まっていたのは1台だけだった。
「………あの野郎…!」
そのとき、
「ゆうちゃん」
若い女性の声がした。
「ゆうちゃん、ダメよ。手、繋ごう?」
もちろん花崎に言っているわけではない。
階段を一人で駆け下りようとしている2歳くらいの男の子に、まだ20歳そこそこの若い母親が慌てて手を伸ばしている。
花崎は考えるよりも先に、その男の子に手を伸ばした。
◆◆◆◆
「おい、尾山……!!」
まだペデストリアンデッキの上にいる花崎が呼んだ。
――叫んでも泣いても足を止めるもんか。
尾山は無視してたった1台、停留所に停まっているタクシーに走った。
「きゃああああ!やめてええ!!」
若い女性の悲鳴が上がる。
足が止まった。
尾山はその場で振り返った。
花崎が2歳くらいの男の子の首根っこを掴み上げている。
「ゆうちゃん!!」
後ろで母親と思われる女性が両手を掲げて悲鳴を上げている。
「―――花崎……!」
尾山の声が届いたかはわからないが、花崎はわざとらしく眉間を上げ、ハの字に眉を下げて見せた。
そしてその男の子を手すりからぶら下げた。
「やめてええええ!!!」
母親の悲鳴が駅前の広場に響き渡る。
「―――やめろ……」
男の子が恐怖で足をバタつかせる。
と、花崎が掴んでいたTシャツからズリズリと男の子の身体だけ滑り落ちていく。
「―――っ!!」
気が付くと足が地面を蹴っていた。
男の子の涙が、重力についていけずに上に零れる。
母親の細い手が、我が子が落ちるスピードに追い付けずに宙を掴む。
尾山は必死で地面を蹴った。
まるで人形のように落ちてくる男の子に向かって両手を差し出す。
指が男の子のズボンに触れた。
それを引き寄せるように抱きしめる。
男の子の重力が何倍にもなって尾山の腕と腰にかかり、彼はそのまま男の子の下敷きになるような形で倒れこんだ。
「ゆうちゃん!!」
目を開けると、手すりから母親が自分も落ちんばかりの気迫で乗り出している。
尾山は全身の痛みを堪えつつ、男の子を覗き込んだ。
涙と鼻水でぐしょぐしょの顔をさせながら、男の子も母親に向かって手を伸ばしていた。
―――よかった。
尾山は振り返った
今しがた自分が乗ろうとしていたタクシーに、花崎が乗り込むところだった。
「――――花崎!!」
怒りのあまり叫ぶ。
彼は笑いながら、
「”かけっこ”は俺の勝ちだ」
アリスの真似をして、人差し指を口に当てた。
彼が乗り込んだタクシーは右側のウインカーを光らせた。
「待て!!!」
男の子を傍らに下ろし立ち上がるが、タクシーは走り出してしまった。
他に停車しているタクシーはない。
こうなったら、一般の車に助けを求めるしかない。
しかし、なんて言うんだ―――。
「殺人犯を追っているんです!」
「息子の命が掛かっているんです!」
―――誰が、信じてくれるんだ。
花崎を乗せたタクシーは、すでに交差点に差し掛かろうとしている。
今から説明して納得してもらったとして、到底追いつけるわけがない。
家に帰った彼は、自分の母親の死体を隠すだろう。
そして、まだ息があるかもしれない翔真を、殺すだろう。
「――――」
尾山は走るのをやめて頭を抱えた。
―――考えろ。
考えろ考えろ考えろ考えろ……!!
『尾山さん―――』
アリスの声が脳裏に蘇った。
『最後のゲームの名前は―――』
そうだ。
最後のゲームの名前。
”かけっこ”ではなかった。
最後のゲームの名前は――――。
“警察”が“泥棒”を捕まえて牢屋に入れる鬼ごっこ。
彼は――花崎祐樹は、間違えなく”泥棒”だ。
子供たちを盗み、子供たちの将来と人生をぶんどった盗人だ。
しかし自分は―――?
”警察”じゃない。
尾山は顔を上げた。
そこには、真っ赤な「POLICE」の文字と、黄金色の旭日章が光っていた。