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花畑を後にした三人は、
エデンへの手がかりを求めて「霧の街」と呼ばれる静かな村に立ち寄った。
そこは常に薄暗い霧に包まれており、人々は視覚よりも聴覚を頼りに暮らしていた。
宿を探して歩いていると、広場の隅で一人、古ぼけた琴を奏でる少女に出会った。
彼女の瞳は白く濁っており、光を失っているようだった。
「……不思議な足音。人間が二人と、……とても優しい風の音が一人」
少女の声に、元貴の黒い猫耳がピクリと反応する。
「……僕のこと、風の音って言ったの?」
「ええ。あなたの歩く音には、森の匂いと、春の陽だまりのような響きがあるわ。
……でも、少しだけ、とても悲しい震えも混ざっているけれど」
元貴は驚いて若井と涼ちゃんを見上げた。
スカーフで耳を隠していても、彼女には元貴の「本質」が音として伝わっていたのだ。
「私はリナ。
この街で音を紡いで生きているの。
……ねえ、もしよかったら、
あなたのその『風の音』を、歌に乗せて聴かせてもらえないかしら?」
元貴は戸惑った。ここは人間の村だ。もし典礼局の追手が潜んでいたら……。
しかし、若井が元貴の背中をポンと叩いた。
「いいじゃねえか。リナちゃんには、お前の『色』がわかるみたいだしな」
「……うん。元貴、君の歌なら大丈夫だよ」
涼ちゃんも優しく微笑み、フルートを構える。
元貴は静かに瞳を閉じ、深く息を吸い込んだ。
霧の中に、黒髪の歌声が溶け出していく。
「——……♪」
それは、先ほど花畑で若井と一緒に作った、あの「優しい音」だった。
元貴が歌うにつれ、リナの表情が驚きに目を見開かれ、やがてポロポロと涙がこぼれ落ちた。
「……ああ、なんてこと。
……霧が、霧が晴れていくみたい……」
リナには物理的な光は見えていないはずだった。
けれど、彼女の心の中には、元貴の声が描く「琥珀色の光」と「若井のオレンジ色の熱」、そして「涼ちゃんの青い風」が、鮮やかな色彩となって溢れていた。
「私、生まれて初めて『色』を見たわ。……あなたの歌は、闇を照らす灯火なのね」
曲が終わると、霧の街の住人たちもいつの間にか集まり、静かに涙を流していた。
獣人の歌は心を惑わす呪いではない。絶望の淵にいる者に、生きる理由を与える「光」なのだ。
元貴はリナの手を握った。
「……ありがとう。僕の歌を、見つけてくれて」
元貴の黒い猫耳が、スカーフの中で幸せそうに震える。
その時、元貴のノートが今までで一番強く輝いた。
四つ目の音符、『希望』。
しかし、別れ際、リナは元貴の手を強く握りしめ、不安そうに囁いた。
「風の音さん……気をつけて。あなたの光が強くなればなるほど、大きな影があなたを飲み込もうとしているわ」
その予言を裏付けるように、街の外れでは、典礼局のあの仮面の男が、銀の鈴を握りしめて三人の背中を見据えていた。
「……ようやく見つけた。希望などという毒を撒き散らす前に、その喉を断ち切ってやろう」
三人の歩む先に、これまでで最大の嵐が近づいていた。