灰色に染められた雲が太陽の光を遮り、青い空までも覆ったのはお昼休みが終わった頃だった。
案の定大粒の雫が空から降り注ぎ、けたたましい音を立てながら地面はワントーン程色を濃くした。
本来夕方であるはずの時間にも関わらず、空は灰色に染まったまま、時折刺すような雷が光り、辺りを不自然なくらいに明るくした。
下校をしたくても気が引ける、待っていても雨足は強さを増しているようにも思えた。
校内放送が下校を急かす。
大雨洪水注意報が発令されたらしい。
わたしは雨が弱くなるのを待つのを止めて昇降口へと足を進めた。
途中雨に打たれたらしい部活生とすれ違った。
こんな土砂降りの中どうして外に出たのか疑問に思ったものの、彼らの手に握られている傘に気付いて今日の雨には傘なんて役に立たないのだと分かった。
生憎わたしが持っている傘は折りたたみのもので、余計に役に立たないだろう。
靴を履き替え、意味が無いとは思うが折りたたみ傘を鞄から取り出した。
外に踏み出す決意をして傘を広げようと手をかけると、一面灰色の風景にぱきっと映える黄色と緑のユニフォーム姿が目に止まった。傘もささずにゆっくりとわたしの方に向かってくるから少し不気味に思って一歩後退ってしまった。
よくよく目を凝らして見れば、ミルクティー色の髪の毛に左手には包帯、紛れもなく白石くんだった。
彼はわたしに気付くなり困ったような顔でやんわり笑った。
雨に濡れた白石くんは水も滴る、とかいう言葉を通り越し、これ以上ない程にびしょびしょだった。
彼は昇降口に入るなりユニフォームの端っこをぎゅうぎゅう絞った。
その派手なユニフォームからは考えられないくらいの水がぼたぼたと零れ落ち、白石くんの足元に水たまりを作る。
わたしは完全に帰るタイミングを見失っていた。
横にはユニフォーム絞りに集中するびしょ濡れの白石くんがいて、目の前には行く手を阻まんとする程の土砂降りで。
白石くんに何か声をかけようとしても、しんと静まり返った空間はわたしが声を発するのを拒絶しているようだった。
「雨、すごいな」
重たい沈黙を破ったのは驚くことに白石くんの方だった。
雨の音しか聞こえない昇降口に彼の少し低い声が響いた。
「見事にびしょ濡れや」
「傘、無いの?」
「あってもなくても変わらんやろ」
白石くんは外をちらりと見やる。
そういえばさっきすれ違った人達は彼と同じユニフォームだった気がする。
相変わらず彼は服を絞り、肌に貼りつくのを鬱陶しそうにしていた。
わたしは自分の鞄を漁ってハンカチを探した。教科書やノートでごちゃごちゃしていて、ようやく鞄の底からハンカチを引っ張り出し、白石くんに渡す。
「使って、これ」
「ええの?」
うん、と言ったはずなのに声にはならなくてわたしは首を縦に動かすことしかできなかった。
白石くんはありがとう、と言ってわたしのハンカチで髪の毛を拭いた。
彼の髪の毛からは水の雫がぽたりぽたりと落ちていて、いつもは綺麗にスタイリングされた髪はしゅんとしている。彼が髪を拭き終われば水が滴ることはなくなった。
再び白石くんはありがとなと言ってわたしに笑顔を向けてくれた。
彼の目がきらきらと輝き、笑顔まで輝いて見える。白石くんの長いまつげには水滴がついていて、硝子玉のような、雨上がりの蜘蛛の巣のような輝きを放っていた。
じっと白石くんのまつげを見つめていたら大丈夫?と聞かれてしまい、はっと我にかえる。
なんでもないよ、と言えば白石くんはそうか、とだけ言って頷いた。
その瞬間彼のまつげからぽろりと雫が零れ落ち、わたしはあっ、と呟いてしまった。
「え、何が?」
「あ、えっと、まつげが…」
白石くんはよく分からないという表情を浮かべ、わたしに話の続きを促した。
「…白石くんのまつげ、雨の雫がついてて綺麗で、それで…」
「そう、か」
それっきりまたわたし達の間には沈黙が流れる。本当のことを言ってしまったわたしは恥ずかしさでいっぱいで、早くこの場を立ち去ることができないものかと考え続けた。
「ご、ごめんね。わたし帰るから」
「ちょい待ち」
逃亡を図ろうとしたら白石くんに止められ、わたしはまた身動きがとれなくなった。彼は真剣な顔でわたしを見る。
「あの、白石くん?」
「もうすぐ雨止むし、コートも使えんし部活も終わるで、待っとってや」
白石くんはそれだけ言うと顔をほんのり赤くして校舎の中に入っていってしまった。
彼が止みそうだと言った雨は相変わらず地面を削り取る勢いで降っていた、ただ、西の空は明るく雲の切れ間から一筋、光が差し込んでいた。
わたしは折りたたみの傘を鞄にしまい込み白石くんを待つことにした。
仄暗い外は徐々に明るさを取り戻しながら、雨はしとしとと降りしぼんでいく。
白石くんを待ちながらわたしは彼のきらきらと光ったまつげを思い出し、急いでここにやって来るであろう彼に思いを馳せた。
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