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《NASA/PDCO状況室(ワシントンD.C.)》
壁一面のスクリーンに、
地球とアストレアA、そしてオメガが
立体図で表示されていた。
中央には大きく三つの文字。
〈Scenario A/B/C〉
アンナ・ロウエルは、
腕を組んだままその文字を見つめている。
PDCO主任が、
レーザーポインタでスクリーンを指した。
「じゃあ、Day53時点での
“プラネタリーディフェンス三択”を整理しよう。」
「Scenario A。」
オメガの軌道を示す赤い線に対し、
アストレアAの軌跡が
ちょうど“肩”をかすめるように描かれている。
「教科書どおり。
質量も自転も内部構造も
“計算通り”だった場合だ。」
「アストレアAが予定どおりのポイントに当たれば、
オメガの軌道は数千キロ単位でずれて、
地球から外れる。」
スクリーン右端に、
数字が表示される。
〈衝突確率:
現在値 78% →
成功時予測 10%以下(モデル中央値)〉
「もちろん“ゼロ”にはならないが、
“高リスク”から“中~低リスク”へ
一気に落とせる。」
主任が続ける。
「Scenario B。」
赤い球体のオメガが、
アストレアAの衝突点で
バキッと割れるCGが表示される。
「一番、嫌なパターンだ。」
「220メートル級のオメガが
内部に“弱い層”を持っていた場合、
アストレアAの衝突で
複数の破片に分裂する可能性がある。」
マーク・ヘインズが補足する。
「オメガ本体のエネルギーは
“どこかへ消えてくれる”わけじゃない。」
「大きめの破片に分かれた場合、
“220メートル一発”より
“100~150メートル級が複数”の方が
防災上はむしろタチが悪いかもしれない。」
スクリーンには、
複数の赤い点が
地球へ向かうシミュレーション。
〈Scenario B:
破片A:衝突確率 20%(北太平洋/東アジア方面)
破片B:衝突確率 5%(南半球)
その他:大気圏突入前に崩壊の可能性〉
主任がため息をつく。
「そしてScenario C。」
画面上のアストレアAの軌道が
ほんの僅かに外側へズレ、
オメガの表面をかすめることなく
通り過ぎていく。
「“当たらない”。」
「打ち上げは成功、
クルーズも順調、
だけど最終的な誘導に失敗。」
「この場合、
衝突確率78%は
ほぼそのまま残る。」
室内の空気が
少しだけ冷たくなる。
アンナが口を開いた。
「IAWNとSMPAGへの報告では、
この三つを
どこまで正直に出す?」
主任は、
少し考えてから答える。
「“Aだけ”を見せて希望を語るのは、
プラネタリーディフェンスじゃない。」
「“Cだけ”を強調して
世界をパニックにするのも違う。」
「三つ全部出す。
ただし、
“BとCに備える別案を検討中”という一文を添えてな。」
マークが眉をひそめる。
「別案、
つまり“二本目の矢”ですね。」
主任は頷いた。
「そうだ。」
「SMPAGから、
“第二インパクター案”を
正式に検討するよう要請が来ている。」
「日本のJAXA/ISAS、
ヨーロッパのESAと連携して――」
スクリーンの一部が切り替わり、
新しいタイトルが表示される。
〈Second Kinetic Impactor Concept
(JAXA-led/Preliminary)〉
「“本気で”考える時期に入った。」
アンナは、
スクリーンの端に表示された日本の旗を見つめた。
(二本目の矢。
遠い国から、
もう一本、人類の希望を飛ばす。)
(その言葉の裏には、
“一本目が外れるかもしれない”
って現実も含まれている。)
(それを、
地上の人たちがどう受け取るか……)
彼女は、
深く息を吸い込んだ。
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス・プラネタリーディフェンス会議室》
ホワイトボード一面に、
新しい文字が書かれていた。
〈第二インパクター概念検討〉
その下に、
いくつかの案が並ぶ。
・日本主導/準直撃型インパクター
・米側アストレアAとの軌道相乗効果
・残存破片への追い打ちシナリオ
さらに、その横。
〈ミッション名案(非公式/メモ)〉
・ツクヨミ
・ヤタガラス
・タケミカヅチ
・ヨアケ
若手職員が、
マーカーを持ったまま振り返る。
「……というわけで、
“アストレアAが外した/割った後”に
“オメガや破片に追い打ちをかける”
第二インパクターのコンセプトです。」
白鳥レイナは、
ボードを見ながら頷いた。
「SMPAGからの要請は、
“日本から打ち上げられる現実的なオプションを
真面目に出してほしい”ってことね。」
「“夢のスーパーロケット”じゃなくて、
今の技術と打ち上げ能力で
ギリギリ狙えるライン。」
若手が資料をめくる。
「軌道力学チームからは、
“ツイン・インパクター”案が
暫定で上がっています。」
「アストレアAが
オメガの進行方向側を押し、」
「日本側インパクターが
“後ろから蹴る”ことで、
合成的に軌道をずらすシナリオです。」
別の職員が口を挟む。
「ただ、
打ち上げウィンドウがタイトです。」
「日本のロケットを
どのタイミングで上げれば、
“アストレアAの結果”を見た上で
まだ間に合うのか。」
「そのギリギリの線を
IAWNと相談しながら引く必要があります。」
レイナは、
ホワイトボードの“ミッション名案”に目をやった。
「……誰よ、これ書いたの。」
「すみません。」
若手が手を挙げる。
「“アストレアA”がギリシャ神話の女神なので、
二本目は“日本らしい名前”がいいかなと……。」
「ツクヨミは月の神様、
ヤタガラスは“道案内”の神使、
タケミカヅチは雷と武の神。
“ヨアケ”は黎明つながりで。」
レイナは、
少しだけ笑った。
「悪くないわね。」
「“ツクヨミ”は
夜の静かなイメージで、
“裏からそっとコースを変える”感じ。」
「“ヤタガラス”は
“正しい道に導く矢”っぽい。」
「“タケミカヅチ”は
名前からして“殴りに行きます”ね。」
周囲から小さな笑いが起きる。
レイナは、
マーカーを取り上げて
ボードの端に一行書き足した。
〈※現時点ではすべて非公式。
マスコミには絶対に漏らさないこと〉
「……名前で遊べるのは今のうちだけよ。」
「一度“公式発表”になったら、
世界中から“その名前に込めた意味”を
何度も聞かれることになる。」
「その時に、
自分たちでもちゃんと
説明できるものにしておきたいわね。」
若手が、
真面目な顔で頷く。
「“二本目の矢”が必要になる未来なんて
本当は来てほしくないんですけど。」
「でも、
来てしまった時に
“何も準備してませんでした”は
一番まずいですから。」
レイナは、
ホワイトボードを見つめながら心の中で呟いた。
(一本目のアストレアAが“希望の矢”なら、
二本目は何だろう。)
(“保険の矢”?
“諦めの悪さの矢”?)
(どんな呼び方をされてもいい。
ただ――
“最悪の時に、本当に撃てる状態”までは
持っていかなきゃいけない。)
《総理官邸・執務室》
サクラの前には、
二つの資料が並んでいた。
一つは、
アストレアAの軌道と
Scenario A~Cの説明。
もう一つは、
JAXA/ISASから上がってきた
“第二インパクター概念検討”の報告書。
藤原危機管理監が説明する。
「PDCOとSMPAGからのラインはこうです。」
「“一本目で終わらせるつもりで
全力を尽くす。”」
「“だが同時に、
二本目を用意しておくことも
プラネタリーディフェンスの責任だ。”」
中園広報官が、
ニュースの反応をまとめたタブレットを見せる。
「現時点では、
“アストレアA=人類の希望”という
シンプルな構図が
世論には浸透しています。」
「ここで“実は二本目も検討中です”と
軽く出してしまうと――」
サクラが続ける。
「“最初の矢、
本当はあんまり信用されてないんじゃないか”
って受け取られる可能性がある。」
中園は頷く。
「はい。」
「“保険があるなら安心”と捉える人もいれば、
“そんなにヤバいのか”と
逆にパニックになる人もいるはずです。」
サクラは、
JAXAの資料をぱらぱらとめくった。
『ミッション名案(内部検討)』
のページで、指が止まる。
「……ツクヨミ、
ヤタガラス、
タケミカヅチ、
ヨアケ。」
里香秘書官が
隣で覗き込み、目を丸くする。
「な、名前かわいいですね。」
「“二本目の矢”にしては
しゃれてるというか……。」
サクラは、
少しだけ笑った。
「名前を考え始めると、
急に“現実味”が出てくるわね。」
「“本当に撃つかもしれない矢”なんだって。」
藤原が静かに言う。
「総理としては、
どうお考えですか。」
「“二本目の矢”の検討を
ここまで進めることについて。」
サクラは、
資料から目を離し
天井の一点を見つめた。
「……正直に言うとね。」
「一本目で全部終わってほしい。」
「アストレアAがきれいに当たって、
オメガの軌道が大きくずれて。」
「“いやあ怖かったですね”って
笑い話に出来る未来が
一番いいに決まってる。」
里香が、
小さく頷く。
「でも。」
サクラは、
自分の胸に手を当てる。
「政治の仕事って、
“全部うまくいく未来だけ”を
前提にして動くことじゃない。」
「“失敗した時にどうするか”まで
腹の底で飲み込んだうえで、
それでも表では
“希望を手放さない顔”をすることだと思う。」
藤原が、
少しだけ目を細めた。
「では、
現時点では――?」
「JAXAには、
黙って“二本目の矢”の検討を続けてもらう。」
サクラは、
はっきりと言った。
「公式発表は、
アストレアAの結果が
もう少し見えた段階まで待つ。」
「今ここで“日本も二本目を用意します”と
世界に向かって言うのは、
まだ早い。」
中園が確認する。
「国民向けには?」
「“アストレアAの状況は
逐一報告します。”」
「“同時に、日本としても
あらゆる可能性を検討中です。”」
「そこまで。」
サクラは、
JAXAの資料をそっと閉じた。
(本当は、
“ツクヨミ”でも“ヨアケ”でもいいから
全部使わずに済む世界がいい。)
(でも、
それを“願い”だけで済ませていい立場じゃない。)
(“ゼロにはならない未来”の中で、
どこまで減らせるかを
考え続けるしかない。)
《ニュースワイドショー》
画面の端に、
小さなテロップが流れた。
<“日本も第二の矢?”
一部海外メディアが報道>
司会者がコメントする。
「SMPAG関係者への取材として、
“日本のJAXAが
第二のキネティックインパクター案を
検討し始めた”という
海外記事が出ています。」
コメンテーターが眉をひそめる。
「“保険をかける”という意味では
良いニュースですが、
“実は一本目だけでは心許ない”とも
読めてしまいますね。」
別の専門家が補足する。
「プラネタリーディフェンスの世界では、
“複数オプションを同時に準備する”のは
むしろ当たり前です。」
「ただ、それをどう伝えるかで
世論の受け止め方は
大きく変わってきます。」
画面の下には、
SNSの反応。
<二本目も用意してるとか、
逆に怖いんだけど>
<JAXAがんばって!
日本の矢も飛ばそう!>
<アストレアちゃんの妹ロケット来るの!?>
<神の光を二度も撃ち落とそうとするなんて
人類は傲慢だ>
最後のコメントには、
「黎明教団系アカウント」と
小さく注釈がついていた。
《黎明教団・オンライン配信》
天城セラは、
静かな声で語り始めた。
「……人類は今、
一本目の矢・アストレアAに
希望を託しています。」
「そして、
二本目の矢の準備も
どこかで始まろうとしています。」
「私は、
それを“絶対にやめろ”とは言いません。」
「恐怖の中で、
出来ることをしようとするのは
自然なことだから。」
セラは、
ほんの少しだけ目を細めた。
「ただ――」
「宇宙からの大きな光を
二度も三度も
人間の手で押し返そうとした時。」
「私たちは
“ただ生き延びたい”という願いを
どこまで超えていくのでしょうか。」
「“この世界の形を
絶対に変えたくない”という
執着になってしまわないでしょうか。」
チャット欄には、
賛否両方のコメントが流れる。
<二本目とか怖すぎる>
<でも死にたくないのも本音>
<今の世界が続く方が嫌だって人もいる>
セラは、
カメラの向こうの顔を
ゆっくり見渡すように視線を動かした。
「“二本目の矢”が
本当に放たれるかどうかは、
まだ分かりません。」
「けれど大切なのは――」
「生き延びたとしても、
“あなたの痛み”が
置き去りにされない世界を
選ぼうとすること。」
「そのために、
私たちは今日も祈ります。」
アストレアAは、
今日も静かに
オメガへ向かって進んでいる。
地上では、
まだ姿も形もない
“二本目の矢”の影が
ゆっくりと伸び始めていた。
それを希望と呼ぶか、
傲慢と呼ぶか、
保険と呼ぶか――
答えは、
まだ誰にも決められない。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.