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紫色の空。
黄色の大地。
紺色の木々。
緑色の川。
そんな光景を望む事が出来る何もない平原で、最初に目覚めたのはパフィだった。
「……ここは……何なのよ?」
見慣れない景色に、ただ茫然としている。
その足元から小さなうめき声が聞こえた。
「ん……」
「あ、ミューゼ」
ミューゼの声で我に返ったパフィは、慌てて状況を確認しはじめる。
「そうだアリエッタは!?」
「わたくしもいるけど……」
むくりと起き上がったネフテリアを一瞥するが、
「よかったのよ。そんな事よりアリエッタは」
「対応が雑ぅ!? わたくし一応王女なんですけど!?」
王女ネフテリアを無視して周囲を見渡した。
「あ、アリエッタ……ん?」
すぐ傍に倒れているアリエッタを見つけて一安心……とはいかなかった。
立ち上がったミューゼとネフテリアが、パフィの視線の先を見て、同じく首を傾げる。
「ねぇ……この人……」
「誰なのよ?」
公園の端で、大きくなった『ドルネフィラー』を見ているピアーニャとワッツ。目の前で4人が飲み込まれ、慌てて…はいなかった。
少々焦ってはいるが、我を忘れて飛び込むなどという事は無く、真剣な目で現状の打開策を練っている。
「いきなり膨らむとはな。あれはそういう動きも出来るのか」
「アレをヘンケイさせるほど、きょうれつなダゲキをあたえたのは、アリエッタがはじめてだからな。ヨソウなんかできるハズがない」
「……ピアーニャよ、あの子について色々隠している事がありそうだな?」
「まぁ、うん。かくしているというよりは、ワケがわからないからチョウサちゅうなんだが」
「…………そうか」(もし知っていても、むやみに広めるのは危険だな)
それ以上はアリエッタについて追及する事は無かった。子を持つ親として、心配なのはよく分かっているからである。
それからは、アリエッタ達の安否について話し始めた。
「大丈夫だと思うか?」
「テリアがいるからだいじょうぶだろう。とりこまれるシュンカン、あれだけちかくにいれば、はなればなれになるコトもないだろうし」
「そうだな。問題は他の子供達か」
「そっちはコドクでおかしくならなければいいのだが……」
「かといって、今『ドルネフィラー』に行ったところで、合流出来るとは限らないからな……」
最初に『ドルネフィラー』に飲み込まれたのは、アリエッタに寄ってきた男の子が3人。そして逃げようとして間に合わなかった女の子が1人。その他にも離れて遊んでいた女の子が2人いたが、ピアーニャは気づいていなかった。
「そういえばマチのほうはいいのか?」
「避難と巻き込まれた者の情報を集めさせている。このまましばらく変化がなければ、調査を始めるぞ。久しぶりに『ドルネフィラー』が現れたのだからな」
「……わかった」
今は再び突然膨らまないかを警戒しつつ、街からの報告を待つ親子。ピアーニャは『ドルネフィラー』の事を知っているネフテリアにアリエッタ達の事を託し、外部から出来る事を考えるのだった。
(そっちはたのんだぞ、テリア)
「むっ、なんだか不思議と良い気分になった」
「なんで?」
「もしかしたら、ピアーニャがわたくしを一人前と認めてくれたのかもー」
何故か顔がニヤけているネフテリア。ジト目で見られている事に気付き、慌てて咳払いをした。
「ま、まぁ、今はそれよりも……」
気を取り直して、3人は今も横になっているアリエッタ達を見た。
「さっきはいなかったよね?」
「ええ、私達4人だけだったのよ」
「子供達とはズレてるし、それに大人はわたくし達しかいなかったわ。仮に『ドルネフィラー』の反対側にいて飲み込まれたにしても、離れていれば同じ場所にいるなんて事はこれまで無かったはず」
ネフテリアも実際に『ドルネフィラー』を見たのは初めてだったが、様々なリージョンと交流を持つ国の王女として、知識はしっかりと収めていた。リージョンシーカーの総長であるピアーニャが外で期待している程度には博識である。
倒れている女性を見て、3人は1つの同じ考えを抱いていた。
「ねぇ、この人……」
その事を話そうとした丁度その時、その女性が目を覚ました。
『ん~? アリエッタがいない……って、あれ? なんで目の前にいるのかしら? たしか精神の中に……っと考える前に』
のそりと起き上がり、目の前で寝たままのアリエッタの寝顔を眺め、表情を崩す。女性の正体はもちろん、女神エルツァーレマイアである。
その姿を見た3人は、そっと身を寄せ合い、ヒソヒソと相談を始めた。
「まさかって感じだけどさ……」
「それ以外考えられないよ? そっくりだし、嬉しそうにアリエッタちゃんの事観てるし」
「でもなんでなのよ?」
「わっかんないわよ。どうやって何を聞けばいいのかなぁ」
「何言ってるか分からなかったけど、アリエッタちゃんの名前は知っていたようね」
「そこだけ分かったのよ。とりあえず話しかけてみるのよ?」
「どうせ通じないけど、放っておくわけにもいかないよね」
3人は意を決して、だらしない顔の女性に声をかける事にした。その間、エルツァーレマイアは娘の寝顔に集中し過ぎていて、何も気づいていなかった。
「あ、あのー」
『なんですか? 今可愛い寝顔……へ?』
言葉を分かる必要の無い短い声をかけられ、普通に振り向いた時、ようやくその異常さに気付く。
(え? あれ? なんで私と人が話してるの? っていうか私が見えるの? いやそれよりもみゅーぜ達じゃないの? どゆこと?)
女神は混乱した。
目を丸くして、自分を見ているミューゼ達3人と見つめ合い、なんとか現状を把握しようとするが、全く理解出来ないでいる。
(そういえばここ精神世界よね……あれ? 精神世界じゃない? どっち? 訳が分からない!)
「どうしたのよ……なんだか小刻みに震えているのよ」
だんだん心配になってきたパフィ。今は他にも心配事が目の前にある為、じっと見つめているわけにもいかない。
「アリエッタは……大丈夫なのよ」
「あっ、そうね。って、大丈夫っぽい。丁度起きそう」
『んん……?』(あれ? いつ寝てたんだっけ? ママは? あの紫のは?)
アリエッタが目覚めた。
その声に、混乱していたエルツァーレマイアもハッとして振り向く。
『大丈夫? どこか痛くない?』(あぁ、もうちょっと寝顔堪能したかった……)
『あれ、ママ? って事は、今寝て…………』
ここが精神世界である事を確認する為に周囲を見渡して……固まった。
止まった視線の先にいるのは、ミューゼ達。
ますます状況が分からなくなり、目をパチクリ。エルツァーレマイアとミューゼ達を順番に見直して、再びパチクリ。最後に首を傾げた。
『ぐはっ』
大人達は全員ダメージを受けた。
「かわいいのよ……」
「かわいい♡」
「これヤバイっ」
『もう変になりそう♡』
微妙に変になっている大人達を見て、余計に理解出来なくなっていく。徐々に不安になってきたアリエッタから、涙が溢れてきた。
(う~…何、どういう事? なんでママとみゅーぜ達が仲良くしてるの……ここどこぉ……)
『あらら、訳が分からなくて怖いわよねー。よしよしごめんね、私も起きたばかりでよく分かってないのよ』
慌てて我が子をあやすエルツァーレマイア。
泣く度に子供らしさが増していくが、それは女の子に転生させて無意識に泣き虫設定した母親のせいである。
アリエッタをあやす姿を見て、ミューゼ達は完全に確信した。
「うん、間違いない、アリエッタちゃんのお母様だわ」
「なんでまたこんな所に?」
「それにアリエッタはお母さんの事を知っていたみたい」
「ん~……まさか……」
何か思いついたらしいネフテリアに、ミューゼとパフィが注目する。
「今の私達は全員寝ていて……まぁ魂とか精神体とかいった状態なのよ。で、ここからは仮説。あのお母様はアリエッタちゃんの心の中にいる存在なのではないかと。それがここにきてアリエッタちゃんの精神体と一緒に現れた……」
「え、それってまさか……」
察して顔色を変えたミューゼに、ネフテリアが頷く。
「アリエッタちゃんのお母様は……魂となってずっと1人だったアリエッタちゃんを見守っていた……」
その言葉に、ミューゼは絶句し、パフィはこぶしを握り締めて俯いた。
「それなら辻褄が合うのよ……そうとしか思えないのよ」
確かに辻褄は会う……しかし、真実は非常に残念である。もちろんそんな事は知る由も無い3人は、その非情過ぎる『アリエッタの過去』を真実とし、心の底から悲しんだ。
「顔を知っているのは、きっとなんらかの方法で、夢か何かで会っていたのね。生きる知識もあの方から……グスッ…こんな親子愛、わたくし見た事ないわ!」
とうとうその『真実』に我慢出来なくなり、後ろを向いて1歩分だけ離れるネフテリア。顔をぬぐって一息つく。
悲しい話に集中しているその後ろでは、エルツァーレマイアがアリエッタに頬ずり中だった。
『お~よちよち。ずっと怖かったよね~、ママに任せてね~。子供達もここがどこかも、ちゃんと調べるからね~』
『ぷぇっ。みゅーぜ達もいるから! もう大丈夫だから!』
『クンカクンカスーハースーハー』
だんだんエスカレートしていくエルツァーレマイアを見て、ちょっと困った顔になっているミューゼが呟いた。
「愛情に飢え過ぎじゃないかな? 仕方ないのかなぁ……」
娘への煩悩が覚醒して、異常行動を起こしているだけである。
エルツァーレマイアがようやく落ち着き、辺りを見渡し始めた。座ってアリエッタを抱っこしながら。
その様子を見て安心したのか、パフィがこの場所について質問をする。
「結局ここはどこなのよ? さっき私達は寝てるって言ったのよ?」
「あの紫の物体が膨れ上がって……いつの間にかここにいたけど……」
「まぁつまり、その紫の物体の中なの、ここは」
ネフテリアの解説と同時に、エルツァーレマイアもアリエッタを撫でつつ現状を分析する。
(ここはさっきまでいた雲の公園じゃないわね。でも同じ場所にいるような感覚……)
本物の女神という事もあり、人知を超えた感覚で状況を把握していく。
その間も、横ではネフテリアによる解説が進む。
「……飲み込まれた者は眠りに落ちて、見知らぬ大地で目が覚める」
「じゃあ私達は何なのよ?」
「魂とか精神体って言ってたけど、死後の世界?」
「そんな物騒な所じゃないから安心して」
(アリエッタ達の体はここにあるけど、全く干渉出来ない。他の子達にはそれも分からないでしょうね。しかもここは精神世界……世界?……あ~そういう事)
エルツァーレマイアが状況を察し、ネフテリアが辺りを見渡しながらその名を口にした。
「ここは夢のリージョン『ドルネフィラー』。わたくし達は全員、1つの夢の中で動いているの」
(……どうやら変な異世界に入り込んだみたいね)
── ドルネフィラー ──
神出鬼没の不気味な塊、触れた者は眠りの世界へご招待。そこは不思議な夢の中。
いつ目覚めるかは世界の気まぐれ。起きるまで待つ? それとも自力で目を覚ます?
すぐに起きたければ、夢の終わりを探し出そう。
記憶、未来、願望、空想…色々な夢が形となって現れる世界。
もし悪夢を見かけたら要注意、囚われてしまったその時は……───