紫色の空の下、黄色の平原を歩くアリエッタ達。
その中でもただ1人、エルツァーレマイアは鼻歌を歌いながらアリエッタと手を繋いでいた。
後ろにはミューゼ、パフィ、ネフテリアの3人が、仲睦まじい親子の会話を邪魔しないよう、やや小声で話しながら歩いている。
「それにしても目に優しくないリージョンなのよ。地面が眩しすぎるのよ」
「そうねー……なんでドルネフィラーはハウドラントに現れたんでしょうね」
ふと疑問に思ったミューゼが、ドルネフィラーの事を知っているネフテリアに問いかけた。
「今の所、その原因は不明となっているの。目撃例や体験談が、全て偶然で片付いてしまうような脈絡の無さだからね。いろんなリージョンに突然現れては、こうやって人が取り込まれているのよ」
「そんなに不思議なリージョンなんですね……しかも動いてるって」
それなりの経歴を持つシーカー達の間でもドルネフィラーは特異なリージョンとして名高い。現在もドルネフィラーの外ではピアーニャが慎重に調べている最中である。
「その取り込まれた人はどうなったのよ?」
「わたくし達みたいに眠りについて夢の中で動き回るの。しばらくしたら夢から覚めて、外で起き上がる事になると思う。その時にはドルネフィラーはその場から無くなってるけど」
「何事も無いのよ?」
「うん、ただ何日か寝たままらしいから、体がバキバキになっちゃうって」
「うわー、地味に嫌ですね」
ドルネフィラーに取り込まれた人は、特に外傷もなく帰ってくる。外で子供達が取り込まれた時も、無事を確信していたのはその為である。しかしネフテリアには1つだけ懸念している事があったが、あえて口にはしなかった。
(まぁピアーニャも確信持てないみたいだし、無駄に不安にさせる必要はないわよね)
不確定要素である事は一旦置いておき、ドルネフィラーについて分かっている事を説明していく。
「今までは本当に夢の中なのかは信じられなかったけど、あの場に体がなかったこの方がいるお陰で、心と体が分かれている事をすぐに確信できたわ。起きたらピアーニャに報告しなきゃ」
「なるほど。それにしても、みんなで同じ夢を見ている状態か……不思議ですね」
その後は、今見てる光景の話題で盛り上がりながら、前を歩くアリエッタ達を眺めていた。
アリエッタの表情は分からないが、エルツァーレマイアは後ろから見ていても上機嫌な事が分かる程に分かりやすい。見ているミューゼ達まで気分が高揚していたりする。
「エルさん、幸せそうですね」
「ええ、こうやって一緒に歩けるのが嬉しいのね。ここでは肉体の有無なんか関係ないから……」
「やめて、ちょっと涙出そうになるのよ」
歩き始める前に、ミューゼ達はなんとか自己紹介をしようと、会話を試みた。もちろん言っている事は分からなかったが、アリエッタの記憶を得ているエルツァーレマイアが3人の名前をそれぞれ言い当てたお陰で、簡単にコミュニケーションをとる事が出来たのである。
そしてエルツァーレマイアが自分を指して名乗った時、どこまで名前なのか3人は悩んだ。ミューゼがポツリと「エル……?」と呟いた時、エルツァーレマイアが(じゃあそれでいいや)という軽いノリで頷いた為、エルという呼び名になったのだ。
「それにしても綺麗な人なのよ」
ずっと思っていた事をポツリと漏らすパフィ。あとの2人も同じ事を感じていて、真顔で頷く。
「ちょっと旦那さんが羨ましいわね」
「そっち!?」
ネフテリアが冗談を言ったが、ツッコミを入れるミューゼと違い、パフィはそのままアリエッタの方に視線を移した。
「アリエッタも将来は……」
「確かに、あれだけ似てる親子だもの。あの姿は将来のアリエッタちゃんね」
「パフィ天才! これはもうお嫁には出せないわね」
「いやそれはどうかと……」
「アリエッタは私達の嫁なのよ」
「えぇぇ……」
話の内容がアリエッタ可愛いトークにシフトし、最初は引き気味だったネフテリアも少しずつ会話に乗り、徐々に盛り上がっていった。
その話声はアリエッタ達にも聞こえるが、名前以外は何を言っているのか分からない。分からないものは仕方ないと、2人は最初から諦めており、今は手を繋いで歩いている。そして、それがエルツァーレマイアにとって、至福のひと時となっていた。
『えーっと、楽しいの?』
『もちろんよ! 可愛い娘とこうやって知らない場所を歩くなんて、幸せでしかないわ』
『………………』(娘呼びは慣れてきてたのに、かかか可愛いって)
森の中で1人で暮らしていた時は、仕方なしに女である事に慣れようと色々頑張っていたアリエッタだったが、他人から言われた事はほとんど無い…というより、言われても分からない為、そういった評価には全く免疫が無いのである。
『やだー真っ赤になっちゃって可愛い~♡』
『ぁぅぁ……』(カンベンしてください……まだおっさんだった頃の気持ちが抜けてないんです)
耳まで真っ赤にしながら俯いた隙に頭を撫でられて、『ぅにゅぅ』という声を発してしまい、余計に恥ずかしくなって慌ててエルツァーレマイアの手を離した。そのままミューゼの元に走り、くっついて顔を隠す。
『なにこの可愛い生き物』
大人達4人の意見が言葉の壁を越えて完全一致した瞬間だった。
『う~……』(は、恥ずかしい…みゅーぜ助けて~)
「尊いってこういうのを言うのかしらね」
「お~よしよし~♪ どうしたの~? お母さんに撫でられて恥ずかしかったの? もっといっぱい甘えておこうね~」
『ふぁぅ!?』
照れるアリエッタに抱き着かれたミューゼは、だらしない程にデレデレな顔でアリエッタを抱き上げ、撫でながらエルツァーレマイアの元へ向かった。持ち上げられてミューゼにしがみつき、顔を隠せなくなったアリエッタは、自分をじ~っと見つめる2人と目が合い、ミューゼの肩に真っ赤な顔を押し付けるのだった。
「どうしよう、ニヤニヤが止まらないわ。いくら女の子だとしてもこれは可愛すぎでしょ」
「今はエルさんがいるから我慢してるけど、はやく私もあの子を抱きたいのよ」
(見ないでっ、女になりきれない僕を見ないで~!)
ミューゼからアリエッタを抱いたまま差し出され、エルツァーレマイアは一瞬だけ悩んだが、そのままアリエッタを受け取り、眩しい笑顔で娘を抱きしめた。
(なるほど抱っこちゃん……こういうのもいいわね!)
(近くで見るとますます綺麗な人。同性でもドキドキする)
『あうー』(この歳で抱っこ……もうヤダあったかいです柔らかいですごめんなさい)
恥ずかしさのあまり、先程からアリエッタは鳴き声しか発していない。それが大人達をさらに興奮させているという事には、本人は気づかない…というよりも、俯いて興奮している顔を見ていない。
しかも、この後さらにとんでもない事が起こってしまう。
(……ぱひーとてりあが物欲しそうな目でこちらを見ている)
2人の視線に気づいたエルツァーレマイアは少し考え、アリエッタを抱いたまま2人を手招きした。
「うん? こっち来いって事かな?」
「たぶんそうなのよ。話せなくても、もっとあの人の事を知るべきなのよ」
パフィにとっても、相手は大事なアリエッタの母である。しっかりと向き合い、アリエッタとの仲を認めてもらうべく、緊張した面持ちでその一歩を踏み出した。
「いやそんな、結婚相手の親に会いに行くみたいな顔にならなくても……」
「……なんで分かるのよ」
「ちょっと!?」
パフィは次の一歩を進めながら考えた。言葉無くしてどうやって「娘さんを私にください!」を伝えるかを。
ネフテリアは心の底からツッコミを入れた。いくら可愛いからって幼い女の子になにしようとしてるのっ…と。
(ずいぶん真剣な目をしているわね。これはアレね? 娘さんを下さいって言うあの儀式……なわけないか。まだみゅーぜもぱひーもアリエッタと出会ったばかり。2人がアリエッタを貰ってくれるなら、帰ってる間も安心できるのになー)
まさかの正解だとは思わず、その考えを否定してしまった。
やがてエルツァーレマイアの前にたどり着いたパフィは、結局何も思い浮かばず、とりあえずアリエッタを撫でた。
『ん……♪』
(あぁやっぱり可愛いのよ~この子を幸せにしてあげてって言われたいのよ~)
(やっぱり優しくて良い人ね。幸せに暮らすのよ、アリエッタ)
腕の中にいる娘が幸せそうに撫でられている姿を見て満足しきってしまい、それ以上の行動を起こすのを忘れているエルツァーレマイア。勇気を振り絞って近づいたはいいが、言葉の壁を超える方法を思いつかず、アリエッタを撫でて現実逃避しているパフィ。
思考は一致していても、残念な事にお互い伝える術を知らない事もあり、ただ無駄にもどかしいだけの時間が流れる。
「パフィさん、そこまで接近してなんでヘタレたの?」
「………………」
パフィは背後からネフテリアに痛い所を突かれ、無言でアリエッタを撫で続ける事しかできなくなっていたのだった。
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