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#中太
夏の穂|双黒中心|フォロバ
2,029
怜
200
44
よく太中で監禁ネタあるけど、その後どうなるのかなーってなんとなく考えた成れの果てです。ゴミです。
罪悪感のお話。
薄暗い部屋の床に、彼女は座り込んでいる。かつて重力を操り、戦場を傲然と駆けた「羊の王」の面影は、今の彼女にはどこにもない。
引き裂かれた青い瞳は、焦点を結ぶことなく虚空を彷徨っている。手足には、かつて外されないようにと嵌められた重い鎖の痕が、醜い赤黒い痣となって残っていた。衣服は薄汚れ、体躯はひと回りもふた回りも細くなってしまっている。
太宰治がその部屋の扉を開けたとき、彼女――中也は、ただ自分の指先を見つめて、あうあうと幼児のような声を漏らしていた。
「中也」
太宰が呼びかけると、中也はびくりと肩を跳ね上げ、それからゆっくりと首を傾げた。その瞳には、かつて太宰に向けられていた激しい敵意も、相棒としての信頼も、人間としての矜持も、何一つ残っていない。ただ、真っ白な、何も書かれていない紙のような無垢さだけがそこにあった。
「だ……、ざ……?」
たどたどしく、壊れた玩具が音を立てるように、中也の唇から太宰の名が零れ落ちる。それは太宰が彼女に教え込み、調教し、刷り込んだ結果だった。太宰以外のすべてを忘れさせ、太宰の存在だけが彼女の世界のすべてになるように、彼女の精神をじわじわと、しかし確実に溶かし尽くしたのだ。
その結果が、これだった。
完璧な、太宰だけのもの。他人の命令は聞かず、他人のために怒ることもなく、ただ太宰だけを求めて鳴く、美しく無垢な白痴の人形。
理想の結末のはずだった。太宰はこれを望んで、彼女をこの地下室に閉じ込め、光を奪い、言葉を奪い、尊厳を奪ったはずだった。マフィアの重鎮として、あるいは一人の男として、彼女を完全に我が物にするために、彼女の鋭い爪をすべて引き抜き、牙をへし折ったのは他でもない太宰自身だ。
しかし、中也がふにゃりと、締まりのない、けれど純粋そのものの笑みを浮かべて太宰に擦り寄ってきたとき、太宰の胸の奥で、冷たい何かが鋭く突き刺さった。
「だざ、まって、た。ちゅや、いいこ、してたよ」
中也は細い腕を伸ばし、太宰の外套の裾を掴んだ。その手は小さく震えている。恐怖からではない。太宰という「神」に触れられた歓喜に、ただ脳が揺さぶられているのだ。
太宰はゆっくりと膝を突き、中也の視線に高さを合わせた。中也の頬に触れる。かつては滑らかで、戦いの熱を帯びていた肌は、今や冷え切り、生気を感じさせない。太宰の手のひらに、中也は嬉しそうに何度も頬を擦り付けた。まるで、親を慕う雛鳥のように。
「……そうだね、中也。君はとても良い子だ」
太宰の声は、自分でも驚くほど掠れていた。
胸を切り裂くような感覚の正体を、太宰は知っている。それは、彼がとうの昔にどこかへ置き忘れてきたはずの、泥泥とした「罪悪感」だった。
太宰は頭脳明晰で、人の心を操る天才だ。だからこそ、中也をどう壊せば、自分だけのものになるかを完全に理解していた。暴力ではない。過剰な優しさと、徹底的な孤立。彼女の「人間」としての芯を、少しずつ甘い毒で溶かしていく手法を取った。中也は強かったが、強すぎるがゆえに、一度ひびが入れば脆かった。太宰という絶対的な存在に依存せざるを得ない状況を作られ、彼女の精神は、太宰の愛という名の酸でドロドロに溶かされてしまったのだ。
溶けて、混ざり合って、残ったのは、太宰なしでは呼吸の仕方も忘れてしまうような、哀れな生き物だけだった。
「だざ、だざ、ちゅやね、きょうも、だざのこと、かんがえてた」
中也は誇らしげに、拙い言葉を紡ぐ。かつて「死ねクソ太宰」と怒鳴り散らしていた、あの威勢のいい声はどこにもない。鈴の鳴るような、しかし酷く平坦で、中身のない声。
太宰はその中也を強く抱きしめた。
腕の中に収まる身体は、あまりにも軽かった。以前なら、太宰がこんな風に抱きしめれば、中也は顔を真っ赤にして殴り飛ばしてきただろう。その時の彼女は、怒りに燃える美しい瞳をしていて、生命力に満ち溢れていた。太宰がどれほど羨んでも手に入らない、眩いほどの「生」がそこにはあった。
太宰が欲しかったのは、その「生」を、自分だけのものにすることではなかったか。
しかし、今抱きしめているのは、太宰がその手で命の火を消し止め、ただ動くだけにした「死骸」に等しい。
「ああ、中也……。私は、なんてことをしたんだろうね」
太宰の口から、掠れた呟きが漏れる。
中也は太宰の胸に顔を埋めたまま、不思議そうに瞬きをした。彼女には、太宰がなぜそんなに悲しそうな声を出すのか理解できない。彼女の壊れた脳では、太宰の感情の機微を読み取ることはもう不可能だった。ただ、大好きな太宰が近くにいる、それだけの幸福で、彼女の世界は満たされているのだから。
「だざ、いたい? ちゅや、なでなで、してあげる」
中也は小さな手を伸ばし、太宰の頭をぎこちなく撫でた。その手つきは優しく、そしてどこまでも無垢だった。かつてポートマフィアの幹部として、数多の敵を屠ってきたその手が、今はただ太宰を慰めるためだけに動いている。
その無垢さが、太宰にとってはどんな拷問よりも残酷だった。
もし中也が、太宰を呪っていればよかった。自分をこんな目にあわせた太宰を、憎み、罵り、殺してやると睨みつけていれば、太宰は歪んだ愉悦を感じられたかもしれない。自分の犯した罪の重さを、彼女の憎悪という形で受け止めることができた。
だが、中也は太宰を許している。許しているどころか、自分を壊した張本人を、世界の創造主であるかのように愛し、崇拝しているのだ。彼女にはもう、太宰を憎むための知性すら残されていない。
「中也、君は私を憎むべきなんだ」
太宰は中也の肩を掴み、少しだけ身体を離して、その虚ろな青い目を見つめた。
「私が君をここに閉じ込めた。君の仲間を遠ざけ、君の誇りを奪い、君の心をめちゃくちゃに壊したんだよ。わかるかい? 私は君の敵だ。君を破滅させた悪魔だ」
太宰の言葉は、中也の耳を通り抜けて、どこか遠くへ消えていくようだった。中也はただ、太宰の唇の動きをぼんやりと見つめ、それから小鳥のように首を傾げた。
「あくま……? だざは、だざだよ? ちゅやの、だざ」
中也は嬉しそうに微笑み、太宰の頬に自分の額をコツンと当てた。
「だざ、ちゅやのこと、いっぱい、さわってくれた。ごはん、くれた。おようふく、くれた。だざ、やさしい。ちゅや、だざ、だいすき」
その言葉が、太宰の胸に深く突き刺さり、抉る。
優しいわけがない。ご飯を与えたのも、服を与えたのも、彼女を生かさず殺さず、ただ自分の足元に繋ぎ止めておくための飼育に過ぎない。それを彼女は「優しい」と受け取り、感謝している。
太宰の脳が、絶望的な事実を弾き出す。
――中也はもう、元には戻らない。
彼女の精神の回路は、太宰によって完全に焼き切られてしまった。どれほど医療技術を尽くそうが、異能を使おうが、溶けて消えてしまった「中也の心」は二度と再生しない。彼女は一生、この白痴のままで、太宰を盲目的に愛し続ける人形として生きていくのだ。
自分が作り出した、完璧な最高傑作。
そして、自分が犯した、取り返しのつかない最悪の罪。
太宰は中也をもう一度抱きしめ、彼女の細い首筋に顔を埋めた。中也からは、太宰が与えた石鹸の匂いしかしない。かつての、硝煙と、ワインと、彼女自身の傲岸な香りは、もうどこにも残っていない。
「……ごめんね、中也」
太宰の目から、一滴の涙が零れ落ち、中也の白い肩を濡らした。
太宰治という男が、誰かに謝罪することなど、これまでの人生で一度もなかった。彼は常に正しく、常に冷酷で、全てを己の掌の上で転がしてきた。だが今、彼は自分の犯した過ちの重さに、圧し潰されそうになっていた。
中也は肩に落ちた冷たい雫に驚いたように身を震わせ、太宰の顔を覗き込もうとした。
「だざ……? なみだ? なんで、なくの?」
中也は拙い手つきで、太宰の目元を拭おうとする。その指先が、太宰の涙を捉える。
「ちゅや、いいこ、しなかった? だざ、おこった?」
中也の表情に、微かな不安がよぎる。彼女にとって、太宰が泣く=自分が悪いことをした、という短絡的な思考しかできないのだ。太宰に嫌われること、それだけが、今の彼女にとっての唯一の「恐怖」だった。
「ちゅや、ごめんね、ごめんね、だざ、なか、ないで……」
中也の声が震え、今にも泣き出しそうになる。自分を壊した男の涙を止めるために、壊された本人が必死に謝罪している。その異常な光景に、太宰は吐き気すら覚えた。
おかしくしてしまったのは自分だ。彼女の心を、泥濘のように溶かして、何も考えられないようにしてしまったのは、自分だ。それなのに、彼女はなおも太宰を気遣い、太宰のために心を痛めている。
「違うんだ、中也。君は何も悪くない。悪いのは私だ。全部、私が……」
太宰はそれ以上、言葉を続けることができなかった。何を言っても、目の前の無垢な少女には届かない。彼女の壊れた世界には、太宰の罪悪感を理解するスペースなど、もう残されていないのだから。
太宰は深く息を吐き出し、歪んだ感情を無理やり心の奥底に沈め込んだ。そして、仮面を貼り付けるように、いつもの穏やかな、しかしどこか冷徹な笑みを浮かべた。
「……嘘だよ、中也。泣いてなんかいないさ。ただ、目にゴミが入っただけだ」
太宰がそう言うと、中也はぱっと表情を明るくした。
「ほんと? よかった……! だざ、ちゅや、だざのえがお、しゅき」
中也は満足そうに、太宰の胸に再び頭を預けた。規則正しい彼女の呼吸が、太宰の胸に響く。彼女は今、完全に安心しきっている。太宰の腕の中という、世界で最も危険で、彼女を最も痛めつけた場所で、彼女は最大の安らぎを得ているのだ。
太宰は中也の柔らかい橙色の髪を、ゆっくりと、愛おしそうに撫でた。
この部屋から、彼女を出すことはもう一生ないだろう。外の世界に出せば、彼女の変わり果てた姿を見た者たちが、太宰を責めるか、あるいは彼女を哀れむ。太宰はそのどちらも許容できない。彼女は太宰が壊したのだから、太宰が最期まで面倒を見るべきだ。
これは、太宰に与えられた永遠の罰だった。
自分が愛し、そして嫉妬し、手に入れたいと願った美しい相棒。その相棒を、自分の手でただの肉塊人形へと変えてしまったという事実。中也が太宰に甘え、無垢な笑顔を向けるたびに、太宰の心は罪悪感という名の楔で、深く、深く打ち付けられる。
「ずっとここにいようね、中也」
太宰は、彼女の耳元で甘く囁いた。その声は、優しさに満ちていると同時に、底知れない絶望を孕んでいた。
「だざと、ずっと……? うん! ちゅや、ずっと、だざと、いりゅ」
中也は何も知らず、何も疑わず、ただ幸福そうに答えた。
太宰に溶かされ、全てを失った無垢な白痴の少女と、彼女を壊したことで、永遠に消えない罪悪感という鎖に縛られた男。
薄暗い地下室の中で、二人はお互いを強く抱きしめ合っていた。それは、世界で最も歪で、最も純粋な、終わりのない共依存の形だった。太宰は中也の温もりを感じながら、一生癒えることのない胸の痛みを、静かに受け入れ続けるのだった。
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コメント
7件
こういう系の話すごい好きです…やっぱ夏の穂さんの作品が一番好きです。最近コメントできなくてごめんなさいまだ認知してます?友達にアカウントバレかけて命の危機でした。できたらでいいんですけどリクエストってできますか?
監禁のあとって考えたことなかったな… 中也を壊したことの罪悪感に襲われる太宰さん、切なく残酷だけど素敵だと思います
読了しました…。これは本当に、読後感が重く、深く、心臓のあたりがぎゅっと締め付けられるようなお話でした。いわゆる「監禁もの」の後日譚として、太宰自身が己の罪の重さに耐えきれず、涙する展開は胸が痛みますね。特に「中也は憎むべき自分のことを無垢に愛している」という構造が、設定としても心理描写としても、あまりに巧妙で残酷でした。二人が互いに溶け合ってしまった共依存の終着点として、とても完成度が高いと思います。