テラーノベル
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「……これ、本当に、出すんだね」撮影スタジオの隅で、りうらは呟いた。
前に立つカメラ。眩しいライティング。
マイクを持つ手に、少しだけ汗がにじんでいた。
今までは、実写はあまり出さずに活動してきた。
それでもたくさんの人に応援されて、ライブも開催できて、夢だった景色が少しずつ現実に近づいてきた。
でも、それでも。
「東京ドームに立つ」っていう、あの時みんなで言った夢のためには、
きっと、何かを変えることが必要だった。
なにか自分にできることはないか
「実写歌ってみた……」
その一言を放った日は、今でも忘れられない。
正直、悩んだ。めちゃくちゃ悩んだ。
実写って、つまり“見られる”ってことで、
今までの自分たちを良いと思ってくれてた人たちが、どう思うのか不安だった。
「変わらないでいてほしかった」
「ライブだけの特別感が好きだった」
「実写なんて見たくなかった」
――そう思う人がいるのも、わかってた。
それでも、自分にできることをやりたかった。
「いれいすがもっと大きくなるために、できる限りのことをしたい」
だから決めた。やるなら、完璧な形にしたい。
見た目だけじゃなくて、歌だって、映像だって、全部全力で作りたい。
この日のために、音源は全て録り直した。
深夜までかかることもあったし、思い通りにいかなくて悔し涙を流した日もある。
収録もあれば配信もあるし、ライブに向けたダンス練も本格的に始まってた。
そんな中、リスナーさんには内緒で裏で、 この“実写歌ってみた”の準備を、何ヶ月も続けた。
身体は正直ボロボロだった。
けど、投げ出したくなかった。
“いれいす”って名前を背負ってやるなら、絶対に中途半端にはしたくなかった。
そして今日、ついに配信&発表の日。
静かな部屋の中でりうらは深呼吸をした。
「大丈夫。大丈夫、りうら……」
口元には笑みを浮かべながら、胸の奥には、少しだけ痛いくらいの緊張があった。
だけど、それ以上に強いのは――
「ちゃんと届けたいっていう気持ち」だった。
変わっていくことを怖がるより、
「変わったって、俺たちは俺たちだよ」って伝えたかった。
それを信じてくれる人がいるって、信じたかった。
動画がアップされると、SNSやコメント欄には色んな声があった。
「うわぁ実写だ!かっこいい!ありがとう!」
「顔出してなくても伝わるって、すごいと思った」
「びっくりしたけど、新しいいれいすも好き」
「でもやっぱり昔の方がよかったな……」
そのどれもが、りうらの胸に刺さった。
でも、それでも――
「全部、見てるよ。ありがとう」
スマホ越しに、そう呟いた。
夜、部屋の窓を開けて、少しだけ空気を吸った。
月が静かに浮かんでいる。
「……一歩、進めたかな」
これで何かが大きく変わるわけじゃないかもしれない。
でも、自分が“信じてみたい未来”に、確かに一歩近づいた気がした。
「次は、もっといいのを作ろう」
そう口に出した瞬間、どこか遠くで、スマホの通知が鳴った。
“ありがとう。変化しても、ついていくからね。”
そのコメントを見て、りうらはようやく、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
大きな夢を叶えるには、きっと小さな一歩を何百回も踏み出さなきゃいけない。
でもそれを踏み出せたのは、仲間と、応援してくれる人がいたから。
「ありがとう。これからも、俺たちは前に進むよ」
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