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救急車で運ばれた父は、脳梗塞となる手前だったが、倒れて直ぐに検査を受けられたので、大事には至らなかった。一先ず入院して、治療を受けることになった。
「お父さん、私、高塚さんの様子を見てきます」
「ああ」
高塚が用意した、病院の個室のベットで寝ている父は、何故か不服そうにしている。
父の病室を出て、隣の病室の扉をそっと開ける。
「清香さん」
まだ眠ったままかと思っていた高塚が目を覚まし、ベッドサイドに背中を預けて座っていた。
「清香さん?」
清香は高塚に申し訳なさすぎて、一歩が踏み出せなくなっていた。
「心配をかけてすみません。もう大丈夫です」
清香に高塚が手を差し出す。
「謝るのは私のほうです」
「だったら謝らずに、お互いに無事だったことを喜びましょう」
「ズーッ……はい」
清香はあふれそうな涙を、鼻をすすることでこらえて、高塚の胸にとびこんだ。
「痛っ」
美香に刺された箇所に触れられて、高塚も我慢できずに痛みを訴えた。
「ごめんなさい」
清香は、高塚から飛びのける。
「ははは、大丈夫」
清香の手を大きな手が引き戻して、優しく抱きしめる。
「申し訳なく思って、僕から逃げたりしないで」
「……はい」
どこまで見透かされているのかと、清香の目から、また涙があふれだす。
◇◆◇
父が回復して退院すことになり、父母が隣の病室の高塚を見舞いにやってきた。清香は父母が高塚を見舞えるように、何も言わずにそっと窓際に移動した。
「すまなかった」
父の謝罪の言葉と同時に、母も頭を下げた。
「止めてください。お父さんが倒れられて、僕の方こそ申し訳ないです」
「君が、清香の婿だったら良かったのに」
父は高塚の誠実な人柄を見て、本音をこぼす。
「そうよ。あんたも、どうして言わなかったの。美香が、光一さんと浮気してたなんて。しかも結婚相手の高塚さんを殺す相談をしてたなんて」
母親は、清香の苦労を労いながらも、相談すればよかったのにと愚痴をこぼす。
「まさか、あんな悪魔みたいな娘に育ってしまうとは思わなかったな」
ガラッ
父親の言葉と同時に、病室の扉がノックもされずに開いた。
「あたしがいないところで悪口?まあ、お母さんとは血の繋がりもないものね。可愛がってるフリしたって、結局娘が可愛いんじゃない」
「あんた、何処に隠れていたの?」
救急車が来た後に、小野が警察にも電話したのだが、容疑者である美香は現場から姿を消していた。
「娘の亭主を寝取られて黙ってる母親がいるとでも思ったの?本当に性悪なあの女にそっくりだわ」
「母さん」
父が、母を止める。
「あたしの母親を知ってるの?」
「お父さんに相手にされない女が、お酒を飲ませて無理矢理関係を持って、あんたを身ごもったってやって来たのよ」
「それで、実の母親から子供を奪ったわけ?」
美香の目に憎しみの色がにじむ。
「奪う?家の前にあんたを捨てていったのよ。捨てられたあんたを我が子同然に育ててやったのに、姉を裏切って殺そうとするなんて」
「嘘よ。実の母親が子供を捨てるわけない」
「嘘?あんたにそっくりな女の話しなのに?この人はどう考えても一切、身に覚えがないと言うからDNA検査をしたら、あんたとは血の繋がりがなかったわ」
「何……それ……お父さんとあたしが他人だって言うの?嘘よ、嘘ばっかり言わないで」
ガラッ
病室の扉が開く。
「港警察署の者です。殺人未遂で、秋山美香さんを緊急逮捕します」
突然やって来た体の大きないかつい男と、ひょろっと細身の男が病室に入ってきた。
美香は慌てて病室の奥に逃げ出すと、窓際にいた清香を盾にして窓の前に立った。
「ちょっと、離しなさいよ」
清香は後ろからしがみつく美香の手を払い除けようとするが、火事場の馬鹿力なのかびくともしない。
「近づかないで!殺人未遂だなんて、あれは高塚さんが勝手に飛び込んできたのよ」
【悪人は反省しない】見本のような女だと、その場の誰もが思っていた。
「落ち着いて。詳しい話しは署でお伺いしますから」
「何で私が警察に行かなきゃいけないのよ」
警察から来た男たちが説得すればするほど、美香は窓に体を乗り出していく。
「清香さん」
黙って清香を救出する瞬間を待っていた高塚が、一瞬で清香の手首を掴み自分のいたベッドに引っ張ると同時に入れ替わり、自ら美香に体当たりした。
「きゃーーー!」
高塚に体当たりされた美香は窓の外に吹き飛ばされた瞬間、高塚は襟首を掴まれて吸い込まれるように窓の外に巨体が飛び出した。
「高塚さんっ」
一瞬の出来事を呆然と見ていた清香は、高塚の体が宙に浮いた瞬間にベッドが窓に飛び付いて手を伸ばしていた。
「清香さん、僕は大丈夫だから手を離して下さい」
「嫌ですっ……」
窓の外側の縁に片方の指を引っ掻けていた高塚の腕を清香が握りしめていた。
「今、引き上げますから、ちょっと退いて下さい。一気に引っ張りあげるんで、暴れないで下さいね」
清香の上から覆い被さるようにして、警察から来た男たちが、高塚の腕や脇を掴み持ち上げていく。
「高塚さん」
窓から病室内に助け出された高塚に、清香はギュウっとしがみついた。
「清香さん、怪我はないですか?」
高塚は自分が死ぬ目にあったばかりなのに、自分にしがみつく清香の身を心配していた。
「高塚君、君は娘の恩人だ。本当にありがとう」
父親はあまりの出来事に腰を抜かして、その場でしゃがみこんで礼の言葉だけを口にした。
「清香、あんたは大丈夫なの?高塚さん、本当にありがとう、ありがとう」
母親も父親に抱き付き震えていた。
「正当防衛であることは、私たちが目の前で見ていましたので、後程、お話を聞かせて下さい。私たちは容疑者の生死を確認して来ますので、失礼します」
警察から来た男たちは、後で事情聴取をすると言って出ていった。
◇◆◇
美香は窓から落ちたことで背中と腰を打ち全身麻痺の状態で医療刑務所に入れられている。
光一とは美香との浮気現場の動画が証拠となって離婚が成立した。
清香の目下の悩みは、高塚のプロポーズをいつOKするかと言うことだけだ。
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