テラーノベル
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「憂いてるねぇ」
隣の席のあさ美が言う。
「は?」
「うん、憂いてる憂いてる」
「何がだよ?」
「響、恋でもしてんの?」
「恋…」
「いつも以上に様子が変だよ」
「お前、恋とか愛だとか簡単に口にすんなよ」
「何それ、誰の歌?」
あさ美が笑う。
奏(そう)ちゃんの過去を知ってから、今までそこそこに有頂天だった俺の高校生活にも陰りが見えていた。
胸の奥が苦しかった。
奏ちゃんが好きだった人の事、中学で無理やり…
奏ちゃんの話を思い出すたび。
「あーヤダヤダヤダ!記憶から消してぇ」
「ほら、響ヤバいって。思春期の病だよ。」
あさ美が言う。
奏ちゃんが苦しんできたのはわかる。
わかったうえで自分の汚れた欲望をかき消すことも出来ずにいた。
ただ、それを奏ちゃんに向けることだけはしてはいけないんだ。
奏ちゃんも、俺も苦しむ。
いや、綺麗事を言わなければ俺が奏ちゃんに嫌われるのが怖いだけだ。
「お前は、愛とか恋とかが何なのか理解できてるの?」
あさ美にすら聞いてしまうくらい、今の俺は何かにすがりたかった。
すでに出ている答えに救いが欲しかった。
「また出た、歌詞が。1曲作れるよ」
「真面目に答えてみ?」
「うーん…。恋?はその人の全てを自分のものにしたいと思うことかな」
ああ、それ。それだ。
「愛はよくわからないなぁ、嫉妬とか全てを超えて許せるとか?その人の幸せだけ願える…まぁ、無理だよね。若い私たちには。エゴだらけの恋愛ぐらいしか出来ない」
エゴ。
ホント、まさしくそう。
「あさ美、お前頭良いんだな…。恋愛マスターか?」
「そんな大した恋愛してないけど」
俺は、頼れるお兄ちゃんみたいに奏ちゃんに甘えていた。
いつの間にか゛お兄ちゃん゛の概念が少しずつ変わっていった。
奏ちゃんの「好き」が俺以外に向けられていたら苦しい。
誰かと笑い合う奏ちゃん。
全部奪いたい、奏ちゃんの過去ごと。
全部、俺に塗り替えたい。
「この胸のモヤモヤは…」
「恋をして〜いる〜…」
「歌うなよ」
あさ美もたいがい変わってるよな。
俺と仲良くしてくれるぐらいだからな。
友達なんか、なんてひねくれていた俺だが今はあさ美の存在に少し救われている。
「響、そんなに辛いなら告白して玉砕したら?」
「何で玉砕前提なんだよ」
「ふふっ」
まあ、そうか。
気持ちを伝えたら少しは楽になるかも知れない。
だけど、拒絶されて奏ちゃんに嫌われて話すことも出来なくなったら。
地獄だ。
このままでいるのも、前に進むことも。
そんな事ばかり考える日々が続いたが、奏ちゃんとは相変わらず仲は良かった。
合唱部で奏ちゃんのピアノの音に合わせて歌っている時間。
その頃の俺には自分の心の汚れが消えていくようで一番幸せな時間だったかも知れない。
「響、ちょっと」
合唱部の練習終わりに奏ちゃんに呼ばれる。
「ちょっと居残りで練習していこうか」
「え、俺の音ずれてた?」
「そんな事ないけど、練習に身が入ってないというか」
奏ちゃんにはそう見えてたのか。
「ごめん…」
「怒ってるんじゃないよ?ちょっと大事な話…」
奏ちゃんは笑っているけど悲しそうな目をしている。
「この間、俺の昔のこと色々話してしまったから。響に重荷を背負わせてしまったんじゃないかって」
気にしてたんだ、奏ちゃん。
「そんなこと全然ないよ」
「俺ね、過去の話なんて誰にもするつもりなかったのに。響にだけは話したくなった、不思議だよね」
「俺がしつこく聞いたから?」
「そうでもなかったかも。他の誰かだったら絶対に話さなかったと思う」
嬉しい。
それだけで、俺は奏ちゃんの特別なのかもと思えて嬉しい。
「奏ちゃん、大好き」
あ、思わずでてしまった。
今のは友達としての好きね?
先輩としての好きね?
「響、本当に無理しなくて良いんだよ?」
「無理?何が?」
「いまいち自分の中でも分からないんだけど、俺の恋愛対象って男なのかもしれない」
奏ちゃん…
それは俺にとっては好都合でしかないんだよ。
「それがどうしたの?」
「響が気持ち悪いと思うなら、離れていっても仕方ないと思ってる」
何言ってんの?奏ちゃん、逆だよ逆。
「響は俺のこと好きだとか言ってくれて嬉しいけど、俺が違う方に解釈したら変なことされるかもしれないとか思わない?」
「何それ、俺のことバカにしてんの」
何だか腹が立った。
わざわざ俺を不安にさせて、自分から離れさせようとしているみたいな。
「そんな奏ちゃんは嫌いだよ」
「うん、それでいい」
何がいいんだよ、こっちが良くねーよ。
「変なことって何だよ、キスとかセックスとか?」
奏ちゃんは黙ってしまう。
こうゆう話、苦手だよな。
「奏ちゃん…キスして」
思わず口から出た言葉に、あーやってしまったと思ったが時間は巻き戻せない。
「は…?」
「は?じゃなくてキスして 」
「響、ふざけてるの?」
「本気だよ、本気過ぎるよ」
奏ちゃんが困った顔をしている。
自分から引き金を引いたくせに。
俺は、音楽室の机に座って奏ちゃんと話を続ける。
「あの雨の日さ、奏ちゃんが雨に濡れて色っぽくてさ」
「触れたいとか、キスしたいと思った」
「最低でしょ?あんな話聞いても、奏ちゃんに欲情してんの。好きじゃない奴に向けられたら嫌な感情」
ああ、終わったわー。
ホントに終わったわー。
奏ちゃんの顔が見られない…。
「響」
俺はうつむいていたが、奏ちゃんが俺に近づいてくるのがわかった。
わかってるよ。
だけど、軽蔑しないで。
俺との今までの思い出だけは綺麗なままにしておいて。
これ以上、傷を負わせないで。
俺は気付くと少し涙ぐんでいた。
「響、俺の顔見て」
いやだ。怖くて顔が上げられない。
俺は机に座っていたが、背の高い奏ちゃんが片手を机に置き、俺の顔を覗き込む。
「やめろ…奏ちゃん。見るなよ」
俺は両手で顔を隠した。
涙を見られるのも恥ずかしかった。
すると奏ちゃんが、おれの両手を顔から離し、掴んで言う。
「目つむって」
は?
気づいたら、奏ちゃんが俺にキスしていた。
奏ちゃんの長めの髪が俺の顔に触れる。
え、夢?
俺はびっくりしたが目をつむりそのまま奏ちゃんに唇を委ねた。
え、なに?
奏ちゃん何でこんな事するの?
頭の中で色々巡らせていたが全部どうでも良かった。
こんな幸せな夢なら、一生目覚めなくて良い。
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