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【後編】
〜佐野勇斗side〜
事故からしばらく経って、生活はほとんど元に戻っていた。
仕事もリハも再開して、笑って、話して、歌って。
なんとか仲間に助けられながらも、体が覚えていたらしい。
見た目は何も変わらないのに、自分の中だけ、少しだけズレたままだった。
(……なんで俺、こんなに仁人のこと気になるんだろ)
気づけば視線で追っている
話すと落ち着く
そばにいると安心する
それが当たり前すぎて、逆におかしいと気づくのに時間がかかった。
「仁ちゃーん」
『ん?』
呼び方も自然だった。
最初は「仁人」だったのに、ふとした時は「仁ちゃん」になっていた。
そのほうが近く感じたから。
ただそれだけ。
なのに、そのたび仁人は一瞬だけ息を詰めたみたいな顔をする。
すぐに笑うけど、どこか無理をしているように見えた。
(俺、何かした?)
リハ後、舜太と太智に言われた言葉が頭をよぎる。
「勇ちゃんさ、自分ほんまに気づいてへんだけやで」
「勇斗は真っ直ぐなやつやから、きっと思い出すよ」
どういう意味なのかわからない。
でも胸の奥がざわついたままだった。
その夜、宿泊先の部屋で一人になった俺は、ベッドに座ってスマホを触っていた。
何となく、スマホを漁れば何か分かるんじゃないかと、昔のメモを開いてみた。
そこで、指が止まる。
"〇月〇日 やっと仁人と付き合えた。頑張ったなぁ俺笑"
「……え?」
息が詰まった。
それには続きがあった。
"やっぱ仁人の笑顔が1番好き。次はどんなサプライズをしよう"
胸が、ぎゅっと掴まれたみたいに痛くなる。
(……俺、これ書いたの?)
スクロールすると、仁人の名前ばかりだった。
言葉と一緒に感情が溢れ出した。
手を伸ばした記憶
並んで歩いた感覚
呼ばれる声
頭の奥で何かがほどける。
「……仁人…」
立ち上がった瞬間、答えはもう決まっていた。
会わなきゃいけない人が、はっきりしていた。
感情に身を任せて楽屋に着くと、仁人が一人で片付けをしていた。
「仁人っ!」
名前を呼ぶと、仁人が振り返る。
『おぉっびっくりした。勇斗?どした?忘れ物?』
その顔を見た瞬間、胸の奥が静かに満たされた。
(ああ……俺、この人だ)
「…仁人、」
仁人の表情がわずかに揺れる。
『どうしたんだよ、笑』
「…思い出した」
短くそう言うと、仁人は目を見開いた。
『え…まじ、?』
「全部じゃない。でも… 忘れてる間もさ、ずっと惹かれてた」
仁人の喉が小さく鳴る。
『それどういうこと…』
「記憶なくしても、 また同じ人を好きになってた。また仁人を好きになってたんだよ、俺、笑」
しばらく沈黙が流れたあと、仁人が小さく笑った。
『… ずる、笑』
声が震えていた。
『こっちは、忘れられて、知らない顔で呼ばれて、それでもそばにいるしかなかったのに』
俺は一歩だけ近づいた。
「それでも離れないでくれてたんでしょ、? それだけで十分すぎる..」
触れない距離で向き合ったまま、言った。
「好きじゃなくてもいいって思おうとしてたくせに。 本当は、ずっと苦しかったんだろ…ごめん、俺のせいだ」
仁人は目を伏せて、静かに頷いた。
『…離れるなんて、出来るわけないだろ、』
「そっか、笑大丈夫、何度忘れても仁人を選ぶから。」
泣きそうな仁人の表情が、少しだけ緩む。
記憶があってもなくても
恋人だった過去がなくても
それでもまた、同じ人に惹かれてしまう。
それはもう偶然じゃなくて、運命だろう。
end.
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