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「私今日これから講義あるから、もうそろそろ出なきゃならないの」
「ふーん、大変だな、頑張って」
手をヒラヒラと振った尚は再び寝ようとするので、私はそんな尚の腕を掴む。
「いや、そうじゃなくて! その……悪いけど、私がいない間はどこかで時間潰してて欲しいんだけど……」
「はぁ?」
「そりゃ……こんな事言うと失礼だって怒ると思うけど……まだ日も浅いし、留守を任せるっていうのは流石に……」
言いながら気を悪くしてしまったかなと少し心配をしたのだけど、
「……まぁ、それもそうか。分かった、置いてもらってるのはこっちだし、そこはお前に従うよ」
意外にも彼は快く了承してくれた。
「……ごめんね」
「いいって。んじゃ、俺も準備すっか……」
そして軽く頭を掻きながら身体を起こした尚は特に気分を悪くする事もなく顔を洗いに行った。
「……で、快く了承してくれたのはいいけど、どうして付いてくるの?」
部屋を出て大学へ向かう為駅のホームで電車を待つ私は、何故か隣に立っている尚に問う。
「ん? まぁ、いいじゃん」
「良くないわよ。まさか大学まで付いてくるつもりなの?」
「まぁな。だって、他に行くとこねぇし」
「いや、だからって……」
付いてこられるのも何だか落ち着かないし、それに、一緒に歩いてるところを知り合いに見られたら何て説明すればいいのやら。
「いいじゃん。俺、大学って行った事ねぇからさ、興味あんだよ。食堂とか、自由に出入り出来るんだろ?」
「まぁ、食堂もそうだし図書館なんかも自由に出入り出来るよ。カード作れば一般の人でも借りれるし」
「へぇ~じゃあ俺、図書館で本でも読んでるよ。いいだろ?」
「まぁ、いいけど……あのさ――」
私は一つ、どうしても気になる事があって切り出した。
「その、女装してる時に『俺』って言葉使うの、やめなさいよ」
「何でだよ? 別にいいじゃん。男言葉遣う女だっているだろ?」
「いや、まぁ、そうだけど……」
せっかく綺麗なのに何だか勿体ない気がする――なんて言われても尚は嬉しくないだろうと思い口ごもる。
「それに俺、女装はバレない為に仕方なくしてるけど、言葉遣いまでは流石に無理だから」
「ああ、そう」
そう言われてしまうと、それ以上何も言えない。
それから電車に乗り、席が空いていなかった事もあって二人でドアの近くに立つ。
大学までは三駅、特に話しをする訳でもなく、駅に着くまでぼーっと窓の外を眺めながら立っていた。
「夏子~!」
最寄り駅に着いて電車を降りると、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
(この声は……!)
バッと勢いよく後ろを振り返ると、そこに居たのは大学で知り合い、仲良くなった瀬上 萌那。
「お、おはよ、萌那」
「おはよ~夏子~! ん?」
笑顔で挨拶を返してくれた萌那がふと、私の横に立ってる尚を見る。
(ま、まずい!)
何がまずいか、それは萌那が久遠のファンだからだ。
萌那は熱狂的なファンでは無いし、久遠の中ではハイリの事が好きだし、今の尚は女装しているとは言え、もしかしたらバレてしまうかもしれない。
「夏子、この人は?」
「え? あ、ああ、えっと、この人は私の……親戚のお兄……じゃなかった、お姉さんなの! 理由があって暫く家に居候する事になって……」
萌那に聞かれ、焦りながらも私は咄嗟にそう答えた。
(危ない危ない。危うく男ってバラすところだった……)
それを聞いた尚も私の話に合わせ、「そうなんだよ」と笑顔で口にする。
「私、瀬上 萌那って言います。よろしくお願いします」
「萌那ちゃんね。俺は尚だ、よろしくな」
けれど、萌那が名乗ったことで、尚も自分の名を名乗ると、『俺』と言った尚を前に萌那は眉を寄せる。
「俺?」
「あ、そ、そうなの! 尚ってば、綺麗な顔立ちしてるのに仕草とか言葉遣いが男っぽくてさぁ~。いつもこんなだから気にしないで」
慌てた私は間に入り、嘘を並べまくって説明する。
(もう、だから言ったのに!)
当の本人は全く気にする様子もなく、まるで他人事のようにニコニコと笑顔を浮かべたまま私と萌那のやり取りを眺めていた。
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